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38階建てには夢があるか。

160mの高さから、真下を眺めたことはあるだろうか。

ぼくの住むまちは、人口200万人の政令指定都市だが、150mを超える建物は多くない。というか今のところ、2つしかない。山はある。でも、山から見る景色で、真下は見えない。ほぼ直角に見下ろす景色は、現代の特権なのだと思う。10年近く前に登った展望タワーは、ついこの間まで、このまち最上の特権階級だった。

夜景とは言えないくらいの、夕景のまちを見下ろす。国道5号線を、はたらくくるまが走る。その手前。ビルのふもとの屋外駐車場で、車があちこち動いていた。あれらも、はたらくくるまなのだろう。ふと、むかし夢中になった玩具があった。駐車場から赤い車を取り出すスライドパズル。真下の駐車場には、赤い車は見当たらなかった。

青とか黒とか白とか緑とか、色とりどりの車たちが機敏に動き回る。けれど、たかだか30cm四方の世界を右往左往しているだけだ。まるでコマ割りのあらいアニメーション。ぼくは特権階級の立場からカートゥーンを見ていた。たぶん1.5倍速だった。たった160mの距離で、時空はゆがむ。

このときいっしょにいた友人と、数か月前、久しぶりに食事をした。彼女の人生はおおきな変化がぬるりと起きていて、ぼくもそれを認識してはいるのだけれど、遠くのものは案外せせこましく見えてしまうのだ。

聖地の駐車場はもうなくなった。新しい時代には少しだけ、人との隔たりを感じることがある。ぼくは、ゆっくり生きていこうと思う。

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