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東京#1

何かをしなければならないと言い出したのは、友人Aだった。暖色系のライトが灯る居酒屋で、僕は目の前のAの持論を聞いていた。
「俺たちは今は芽が出ないだけで、何かを成し遂げられる人だと強く思い込んでいる。それ故に、何も結果を残せていない現実から目を背け、自分よりも下の人間を探しては馬鹿にする事で、自尊心を守ってきていた。俺らは、何も生み出していない。何も結果を残していない。ただ、平穏な日常を過ごしているだけだ。今までの人生は誰かに課題を与えられて、作品作りに励んできたけど、社会では誰も課題なんて与えてくれない。自ら動かないやつには何も結果は出ない」
僕はそこまで聞いて、トイレへと向かった。
図星とはこの時のために生まれた言葉なのだろう。

用を足しながら、Aの言葉を反芻していた。
「何かを成し遂げられる」確かにそう思い込んでいた。自分が高校演劇をやれば、高校演劇の革命児と称されたし、自分が映画を作れば、映画祭で最優秀新人賞をもらった。しかし、それらはあくまで、課題という土俵の上での才能であった。その自負があったからこそ、自分の才能が「勘違い」で終わることを酷く恐れていたのだ。そこから逃げるために真っ当な理由をつけて、才能と向き合わない1年を過ごしてきたのだ。自信がないフリをしていれば、失敗した時に折り合いも付けられるし、判断を他人任せにすれば、責任から逃れられる。ずるい社会人1年目であった。

僕がトイレから戻ると机の上にはすでにレシートが置かれていた。僕はすぐさま財布から4千円を取り出すも、Aは「今日はいいよ」と言い、僕たちは居酒屋を後にした。

風が街を吹き抜けた。
Aはさみーなと呟き、ポケットの中に手を突っ込んだ。確かに寒かったが、僕は自分への悔しさで体を熱くさせていた。人の身体は嫉妬や妬みで熱くなるんだと思った。Aは別れ際に「さっきの話だけど」と切り出した。「なんもないよりかは駄作をこの世に生み落とした方がいいのかもな。今日は日記の最初の1ページで、録り溜めていたドラマの第1話で、ピン札のシワみたいなもんだよ。踏み出してしまえばあとはなるようになるよ、きっと。だって俺たちは人より優れているはずだから」と言い残し、駅のコンコースへと消えていった。

かかとを返し、帰路に着く。Aの言葉が腫瘍のように胸に残っている。僕は頭の中から何かが溢れそうで、蓋をするようにイヤフォンをした。プレイリストをスクロールするも、こういう時に限って自分の気持ちを代弁してくれるバンドはいない。運に任せてシャッフルを押す。すると、かつて一世を風靡した90年代の音楽が流れた。この曲のように、自分は何かを残せるのだろうか。東京にはそんな人達で溢れている。

「Hey Hey Hey 時には起こせよムーヴメント
がっかりさせない期待に応えて素敵に楽しい
いつもの俺らを捨てるよ
自分で動き出さなきゃ何も起こらない夜に
何かを叫んで自分を壊せ!」

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