2022年度政府予算案と成長戦略  ― 日本資本主義の強さと弱さ、そしてその矛盾

月刊「社会主義」(社会主義協会)2022年3月号所収

2022年度政府予算案

2022年度予算案は、一般歳出を前年度当初予算比4723億円増の67兆3,746億円としている。増加のほとんどが社会保障費の増加4393億円である。一方の歳入では税収が65兆2350億円と7兆7870億円の増加を見込んでおり、特例国債の発行を30兆6750億円に抑える歳入案となっている。当初予算としても、前年度に対して、かなりの緊縮方向を向いた予算案であると言える。

一般歳出について、「成長戦略」として、「科学技術立国」を掲げているが、過去最⾼の科学技術振興費(1兆3788億円、150億円の増額)を確保し、デジタル・グリーン・量⼦・AI・宇宙・次世代半導体等の研究開発を推進するとしている。150億円の増額でどれだけのことができるのであろうか。また、博⼠課程学⽣の処遇向上に向けた⽀援を充実(約1,000⼈の拡充)させるとしているが、これは産業界(独占資本)にすぐに応用できるような分野の理系技術者づくりという観点だろう。

社会保障に関しては、これまでに決定した制度改⾰(後期⾼齢者医療の患者負担割合の⾒直し・被⽤者保険の適⽤拡⼤等)を着実に実施するとしており、実質的には切り下げの内容である。

「分配戦略」の目玉は、「新型コロナ医療対応等を行う医療機関の看護職の⽅、介護、保育、幼児教育などの現場で働く⽅について、診療報酬等による対応を通じて、給与を3%引上げ」というものだが、これは診療報酬への国費292億円の追加の一部を使うという話に過ぎず、賃上げも僅かであるばかりか、その実効性も担保されていない代物である。

高市自民党政調会長が2倍論をぶち上げた防衛費は1.1%増となった。岸田内閣としては2倍に向けた防衛費拡大方針は取らないということだろうが、文教予算など他の多くの予算が削減されている中で、「防衛力強化加速パッケージ」を掲げ、G D P比1%超えの予算である点は厳しく追及されるべきであろう。

「科学技術立国」

昨今、T V番組などでの「日本スゴイ」論や、それに反発する論客の「日本衰亡」論が喧伝されるようになった。我々は、政治の腐敗や労働者、一般市民の経済生活の苦境という現実に、日本経済の問題の酷さを見る思いだ。資本主義における窮乏化法則が、明確にあらわれている一方、日本資本主義の強い面も同時に把握しておくことが必要である。その上で、その矛盾を捉え、労働運動、政治運動の理論に活かしていくべきなのではないだろうか。

岸田内閣は、日本経済の衰退論にも乗る形で、成長戦略としての「科学技術立国」というスローガンを掲げている。科学技術振興で日本の産業の国際競争力を高めようという主旨であろうが、予算案にも見る通り、掛け声ばかりで真剣な財政政策によるテコ入れで科学技術振興を図ろうとしているようには思えない。しかしながら、産業政策など関連する分野で科学技術立国という軸を通そう、あるいはそれに便乗しようとする動きは強まるであろう。そのシンボル的な存在が、「新しい資本主義実現会議」で出てきた10兆円規模の大学ファンドの創設である。すでに2020年度補正予算のうち5000億円と財政投融資4兆円によって4兆5千億円の規模からスタートさせようとしている。

大学への科学技術研究への援助は直接的に国が財政支援すればよいだけだ。そのほうがコストも明確になるのではないだろうか。大学ファンドなるものを立ち上げて、運用機関を儲けさせるためのものは必要がない。

かねてから、ベンチャー企業の育成には「死の谷」問題の解決が不可欠と言われてきた。これは、ベンチャーが当初の資本でスタートアップしてから、収益を得られるまでに投資が必要になる期間が出てくることが多いが、そこで資金調達ができずに終わってしまうという問題である。日本の多くの自称ベンチャーファンドは実際にはこの死の谷をうまく切り抜けたベンチャーにしか投資していない現実がある。岸田政権による大学ファンドも、こうした大学発ベンチャーに投資して支援しようというわけではなく、証券運用などの運用益を大学の研究費に使うということでしかなく、大学初ベンチャーの支援にもならない。

日本独占資本の競争力

日本の国際収支動向から世界市場における日本国内産業の競争力を捉えてみよう。まず、モノの貿易であるが、財務省国際収支統計でみると、2021年(速報値)の輸出額82兆2724億円に対して輸入額80兆5186億円であり、1兆7538億円の黒字であった。ほぼ貿易収支は均衡状態と見てよいだろう。1980年頃から2008年リーマンショック頃まで日本は大きな貿易黒字=輸出超が続いていたが、その後いったん2015年まで赤字となり、その後再び2年間ある程度の黒字となったが、2018年以降はほぼ均衡している。

リーマンショック以前と比較すれば輸出入の対地域別構造は大きく変化した。対米では黒字の幅は大きく変わらないものの、輸出の伸びよりも輸入の伸びがやや大きいが2020年6兆8465億円の黒字を確保している。対ヨーロッパでも、黒字が続いており、2020年は。対アジアでは2016年以降黒字となり2020年は3兆4278億円の黒字となった。対中国では赤字が恒常化しているが、2020年は1兆8516億円の赤字に縮小した。ただし対香港で4兆1015億円の黒字であり、このかなりの部分が実際には対中国の中継貿易ではないかと思われる。

最大の貿易相手国となった中国との貿易関係を見てみよう。日本から中国への輸出は17兆9845億円(2021年)、中国から日本への輸入額(同)は20兆3534億円の規模となっている。中国への輸出で大きいのは半導体製造装置などの一般機械や半導体などの電子製品であり、中国からの輸入で多いのは携帯電話機やパソコンなどの電気製品を中心とした消費財となっている。日中の貿易関係は日中だけで完結するわけではなく、その多くが国際分業関係でその他のアジア諸国や欧米と結びついている。

資本輸出国になってくると、産業構造は資本財を中心に技術集約的な産業に傾斜していくのが常である。米国の場合は、航空機産業が良い例であり、ドイツは一般機械に強さを持っている。日本の場合は、半導体製造装置や半導体・電子部品の材料、ロボットや工作機械、建設機械などが輸出産業として国際競争力を示す産業となっている。日本企業の世界シェアで見ると、半導体製造装置22%、シリコンウェーハー(半導体材料)56%、ロボット52%、工作機械12%、建設機械19%などとなっている。そうした機械類を物理的に動かすためのモーターにおいては、日本電産が10%以上のシェアを持つようになった。高い世界シェアを持った企業はトランスナショナル化している企業が多い。

日本産業の特徴としては、自動車メーカーの競争力が一定程度あることも指摘しておきたい。自動車輸出は2007年の14兆3169億円をピークに、減少したり増加したりを繰り返しているが、2021年も10兆7223億円のレベルを維持している。かつての成長の勢いはないが、米国やアジアでの現地生産を拡大し、「日本車」のシェアは維持している。。

趨勢的に利益率が低い、あるいは事業リスクが大きく、「コモディティ」化してしまった半導体素子・電子回路は輸出超ではあるものの大きな競争力は発揮していない、一方半導体素子・電子回路を製造するための製造装置や材料で大きな世界シェアを取るようになっている。最近になって国内半導体産業の再興を唱える向きが出てきているが、それが競争力強化につながるのかは疑問である。80年代に輸出の主力であった家庭電化製品は大きく競争力を失い、国内市場も中国や韓国製品に席捲されるようになった。電気機械の輸出構成(2020年)をみると、その81%は電子部品・デバイス、16%が産業用であり、民生用はわずか3%になっている。

サービス収支は恒常的な赤字が続いているが、その構造はかなり変化してきている。旅行については2014年まで赤字だったが、2015年以降、黒字に転換した。日本への観光旅行が増加したためで、コロナ禍で双方向に旅行が制限されている現在はほとんど均衡に近いが、コロナ禍が収まれば、大幅な黒字に回復するものと思われる。また、知的財産権等使用料が大幅な黒字拡大となった。これについては後述する。

一方で、通信・コンピュータサービスや種々の業務サービスが大きく赤字になってきている。前者はインターネットの発達により海外のサービスを受けやすくなったこと、日本のI T産業が国際競争力を持てていないことが大きな要因だろう。後者は日本企業が様々な業務を海外に委託したり、海外で提供されるサービスを使うようになったりしていることを反映している。

経常収支段階で見ると、日本は投資収益を中心とする第一次所得収支の大幅な黒字を主な要因として、経常収支の黒字を維持している。2021年についてみると、第一次所得収支(ほとんどが投資収益の収支)は20兆3,811億円の黒字であり、第二次所得収支(贈与・移転など)や慢性的赤字のサービス収支を含めた経常収支は15兆4,359億円の黒字となっている。2007年のピーク24兆9,341億円から減少しているものの大きな黒字を維持しているということができる。

 2021年の投資収益の内容を見ていくと、受け取り額31兆1055億円の内訳は、直接投資の収益が13兆8365億円、証券投資の収益が15兆4170億円となっている。このうち、直接投資の収益の伸びが大きく、10年前との比較では2.65倍、額にして8兆6221億円の増加を示している。証券投資の収益も10年前との比較では27%、額にして3兆2364億円増加しているが、直接投資の収益、すなわち他国の労働者の直接的な搾取の増大の勢いが勝っている。2、3年内に直接投資収益が証券投資の収益を追い抜くと思われる。製造業の現地生産比率は2014年に38%を超えてからはほぼ横ばいに推移していて、日本の製造業の海外現地生産化は成熟期に入っていると思われる。今後は、製造業の直接投資の増加が限られてくると思われるが、非製造業の展開が直接投資の主流となっていく可能性がある。これは端的に国民経済としての日本経済の停滞とトランスナショナル化した「日本」企業との乖離を示していると言えるのではないだろうか。

科学技術収支にみる日本企業の技術力

「技術貿易」は、特許の使用料など技術の使用を外国企業にさせて使用料を受け取る(輸出)、外国の技術を利用して使用料を支払う(輸入)というサービス貿易を指す。これが黒字であるか赤字であるかということは、国内で生まれた技術の外国での通用度が、輸入技術以上のものとなっているかどうかを判定することができるわけで、日本企業の技術力を評価する一つのモノサシになるだろう。

「2021年科学技術研究調査」(総務省統計局)によると、2020年度の企業の技術輸出額は3兆1009億円(うち子会社向け2兆1789億円)、技術輸入額は5598億円となっている。技術貿易において、輸出は確かに子会社向け輸出が大きいことが要因だが、それを除いても1兆円弱の技術輸出がある。技術輸入額よりもかなり大きい額であることわかる。

技術輸出のほとんどは製造業であり、3兆167億円と全体の97%を占めている。第3次産業で特許権料やロイヤリティー収入などが少ないのが日本の産業の弱点であるかもしれない。ただし、第3次産業でも技術貿易が赤字となっている主要産業はない。

ちなみに現在統計が見られる1991年度は技術輸出が3705億円、技術輸入が3946億円と赤字であった。黒字に転換するのは1993年度からである。この黒字転換の大きな要因は日本企業の海外進出増加に伴う子会社への技術供与のライセンス料の増加だった。これは形を変えた直接投資収益と見做せないこともないし、また必ずしも市場での選択によって購入されたサービスでもなかったかもしれない。注目されるのは医薬品で、技術輸出が増加して3000億円規模になる一方で、医薬品の輸入が増加している。技術を輸出し、安価または税負担が小さい外国で製造し、輸入するという構造が広がっている。

しかし、技術貿易黒字の拡大は、その後も続き、現在は、上に見た通り親子会社間を除く取引でも黒字となった。このことは、日本の製造業を中心にした技術の実力が、国際標準的にもかなりの競争力を持った存在になっていることを示している。

忘れてならないのは、こうした技術貿易輸出は、技術の提供による相手国企業の労働者の搾取の一部であることだ。企業会計上は技術料(ロイヤリティー)の支払いは費用として計上されるが、本来の利潤の一部であり、技術という形態における資本の投下に対する利潤分配が本質である。

所得格差問題

日本は全人口も労働人口も減少しており、趨勢的な経済成長が低くなっているにも拘らず、企業の利潤率は不均等に高めに推移している。経済成長が低いため、利潤は生産手段の蓄積(純設備投資)にはほとんど使われず、株主への配当後の内部留保の多くが金融資産の増加か外国への投資、あるいは企業買収に充てられている。

上場大企業の多くの企業が、自己資本利益率(R O E)を8%以上にすることを指標としている。これは、株主に帰属する資本額に対して税引後の純利益が何%になっていているかという利益率の指標であるが、外国人、特に機関投資家の株式保有が増大したことから重視されるようになった。また経営側がコスト削減と称して賃下げ、人員削減攻撃を行う際の理由づけにも使われる。

経済が高い成長をし、設備投資の資金が必要であれば、借入れに頼らずに自己資金を用意するために、必要設備投資資金に見あった自己資本利益率が必要になる。マクロ的に見れば、成長経済では経済成長率と企業の自己資本利益率の間には相関があることになる。しかし、日本ではその相関は崩れている。企業は内部留保を設備の増加にはあまり使わず、金融資産の蓄積に向けている。設備投資が停滞し、経済の需要サイドを財政が公的需要で支えて経済バランスを保っている姿である。企業や富裕層はますます金満になり、労働者は低賃金に苦しみ、国家財政は赤字累増が構造的になっているのである。この構造が取りも直さず、日本における所得格差拡大の本質的な要因である。

所得格差の現実は如何なるのだろうか。国税庁統計年報(令和3年版)で、所得税の統計から、日本における所得格差がどのようになっているのかを推計してみた。

2020年度の所得税は源泉徴収分で18兆,8654億円、申告分で3兆1663億円であった。1年を通じて働いた民間給与所得者は5,245万人で、平均給与(年額)は433万円(男532万円、女293万円)となっている。

申告所得税と源泉税の所得階級別人数から、重複をのぞき、おおよその所得階級別人数を推計してみた(図表3)。


大多数を占める年間所得1000万円以下の労働者、自営業者層95.6%と、数千万円の所得をえている中間層4.4%、そして1億円超の高額所得者0.03%、22,589人とに大きく分けてみることができるのではないだろうか。大まかな推定ではあるが、この上層の0.03%が得る所得は全体の所得の3%程度を占めているのではないかと思われる。100億円超が29人(2019年は16人)いるというのも日本には特別な大金持ちはいないと思われている常識とは異なるのかもしれない。中間層4.4%が全体所得の17%程度を占め、残りの8割程度を95.6%の労働者、自営業者層が得ているという構成であろう。

所得者別内訳から推測すると高額所得者の所得は事業所得、不動産所得、給与所得、雑所得には分類されない所得が大きな部分を占めており、つまり利子や配当所得、あるいは信託からの収入の部分が非常に大きそうである。富裕層の貨幣資本保有から生じる所得であり、労働者の搾取の「果実」というわけだ。ちなみに開示されている2020年度の有価証券報告書の大株主の記載から推定すると、孫正義の配当収入はソフトバンクグループからだけで202億円。ユニクロの柳井正のファーストリテイリングからの配当収入は105億円。このレベルの資本家・高額所得者が他に27人。個人的運用会社を持ち信託銀行を経由するなどで分配金を得て、株主名簿には載せずにいる人々もいるのだろうと推定される。

また、株式などの特定口座における配当、譲渡益や、預金の利子から得る収入は源泉所得税のみでこの統計には入ってこないため、そうした財産所得も多額に得ることができる富裕層は高額所得者層と重なるわけで、実際の収入になるとさらに格差がある。また企業収益のうち配当とならずに内部留保となっている部分は株式を保有している富裕層に帰属している。この点も所得格差を論じる場合に考慮しておくべきだろう。

労働者や一般庶民の生活が悪化し、様々な負担が増える一方で、超高額所得者が生まれ、企業が金あまりになっている状況は、資本主義の腐朽化が進行している姿であると言っていい。一方で日本独占資本は、資本財の一定の分野で技術力を高め、世界市場でも寡占的な地位を固めているのである。


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