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現代資本主義の金融経済(7)

1. 欧米経済とカネあまり
⑦ 金融イノベーションの始まり
 1980年代は「金融イノベーション」が始まった時代であるといわれる。直訳すれば金融の技術革新だが、広い意味で金融の「技術革新」が始まったというならば、商業から金融が分離し始めた重商主義時代や近代的株式が発行され始めたオランダ東インド会社設立(1602年)に遡ることは可能かもしれない。さらに、金融における取引条件が資金の出し手と借り手をよりうまくマッチングされていくように多様化し、証券市場の発達も促してきた。
 しかし、1980年代以降の「金融イノベーション」は大きな問題を孕んだ「イノベーション」であったといえるのではないだろうか。それまでの金融の発達の大きな部分は、資金の出し手と資金の取り手の間の取引を円滑にする、マッチングを行うための工夫であったといえるだろう。それを超えていく「革新」が起きたのが80年代だったといえよう。1980年代半ばに生まれた大きな「新商品」が、「証券化」だった。
「証券化」とは、いったいどういうものなのか、簡潔に概説しておきたい。証券というと株式や債券などの有価証券を指すが、これらは配当を受け取ったり株主総会での議決権を行使したりする権利=株式、利子を受け取り満期に元本を償還(払い戻し)される権利=債券というように権利を明確にしたうえで、基本的には証券を譲渡することによってその権利を譲渡可能とするものである。「証券化」とは、貸付債権など個別の貸借から生まれた権利を証券にすることを指すが、単純な債券に転換するだけでなく、様々な工夫によってさまざまな大きさのリスクと利子率、期待リターンを持った証券を創り出すことを指している。
 住宅ローンの証券化を例にとってみよう。住宅ローン1件、1件の額は住宅の価格より低いのが通常なので、それを個別に証券化してもあまりに小口で意味がなくコストもかかる。しかしながら、多くの住宅ローンをまとめたプールを作り、それを証券化して機関投資家等から資金調達するということは考えられる。住宅ローンは、住宅が担保としてあり、通常は所得が元利を払えるレベルの居住する購入者に貸すものなのでリスクは小さい。これらをまとめたり、そのローンのプール全体の質(信用度)を評価したりして、証券とするわけだ。そして、販売促進のために、そこで一工夫生まれることになる。この証券をさらに信用度の違ういくつかの証券に分けるのである。総額が1億ドルだったとすると、例えばそのうち(1)60%を優先して元利返済される証券、(2)次の優先順位で元利返済される証券、(3)その他で貸し倒れのリスクを負う部分とに分けるといったことを行い、国債に近い安全度で運用したい投資家には(1)を購入してもらうなど、投資家がとれる様々なリスクの程度、狙うリターンの程度にあわせて証券を組成する。さらにそのリスク部分のみを保険のよう切り出した取引など金融派生商品が生まれていった。
 この過程で統計学や数学を駆使した金融イノベーションが進んでいくわけだが、これを支えたのはIT技術の発達である。前述したように、複雑で大量な計算をどんどん短時間で実行できるコンピュータが出現し、かつ低廉なものとなった。また通信は光ファイバー網を利用した高速のインターネット網が発達したことで、通信手順の標準化が進みまた高速化していったので、これを利用した金融サービスや金融派生商品が次々と生まれた。
 金融機関は、新しい金融派生商品を販売すれば、購入者と反対のリスクを負うことになる。それを金融市場でヘッジしながら超過収益を追求するというのが、こうした派生商品ビジネスの基本となった。不動産担保の証券化商品でもそれは本質的には変わらない。金融機関の扱わなければならないリスクが単なる貸し倒れリスクや株式や債券など比較的単純な証券の価格変動リスクからもっとずっと複雑なものに変化した。このリスク管理はかならずしも万全なものとはいえなかったというのが筆者の理解である。その理由は、多くの金融機関でリスクのヘッジが統計的な手法で正当化されているものの、不十分なものであり、それゆえに超過利得が得られるようなビジネスモデルになっていたからである。原理的に言えば、ヘッジが十分に行われるのであれば、リスクはゼロに近くなるが超過リターンは期待してはいけないはずである。会計上、十分でないヘッジのコストは小さく、見かけ上の利益を大きくするが、実際には相対的に大きなリスクをとり続けたままになっていることが多かった。自己資本比率規制などでは、こうした事情は十分には反映されず、これが金融規制の不十分なところでもあったのではないだろうか。金融機関のとっているリスクは過小評価されやすかったと思われる。
 これも背景には貨幣資本の過剰という問題が作用した可能性がある。企業部門が資金余剰状態にあると資金運用のニーズが大きく、運用方法の選択においてもリスクへの許容がリスク評価を甘めに行うという現象になっていたのではないだろうか。
 証券化商品は、資金調達側の「イノベーション」であるが、一方で、資金運用側での「イノベーション」も進行した。やはり、高度の数学、統計学を駆使して資金運用、具体的には証券の売買で利益をあげることに活かすということである。これらを担う人材はクォンツ(数字屋といった意味合いがある)と呼ばれ、80年代から金融機関で活躍するようになった。さらに、少数者で、資金運用会社を立ち上げ、資産家の資金や金融機関の資金を運用する動きがでてきた。この多くはヘッジ・ファンドと呼ばれている。ヘッジ・ファンドの語源は、もともとは、空売りなどを利用してリスクをヘッジしながら運用する資金運用の手法を取り入れた私的ファンドを指していた。単純なポートフォリオ運用(様々な証券の組み合わせ)ではなく、空売りや派生商品なども組み合わせて超過収益を得ようとする運用を行うファンドを指す言葉としてヘッジ・ファンドが定着するようになった。資産家の資金や年金などの機関投資家の資金を合同運用する場合が多い。

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