見出し画像

妹を虐めないの!

アメリカで生き抜くための自己主張


自己主張ってどんな時にするんだろう。
自分を「好き」や「面白い」を伝える為?自分の意思を表示する為?

これはレストラン行ったらもらったアヒル達、可愛い〜!


自己主張の形や色は人それぞれで個性が出ます。私は色んな人の主張を聞いたり聞き流したりするのが楽しいなって思います。
アメリカに滞在している間はアメリカの事が書きたくなりますね。そんな訳で、今回もこちらでの気づきを私の小学校エピソードと共にここに残したいと思います。

「あなた妹虐めてるでしょ!」

小学5年生の私は1年生になった小さな妹と一緒にバスに乗ってelementary school(現地の小学校)に通っていました。ある日から1ヶ月弱位の間だったかなぁ、妹がバスから降りた途端学校が嫌だって泣き始めるようになっちゃって。私も学校好きじゃなかったしこっちだって泣きたいよとか思いながらどうして良いか分からないなりに妹をなんとか教室まで連れていってました。
そんなある日、泣いてる妹と妹を引き連れてる私を見た職員の方が私に向かって 
”Stop bullying your sister!” ー「妹を虐めないの!」
的な事を叫んだのを覚えています。
私と妹は大人達によって軽く引き剥がされたのですが、私を離れても妹はずっと泣いているし私が必死に拙い英語で「妹が学校を嫌がるから一緒に来ただけ!」と弁明したお陰で誤解は解けました。
子供が姉妹同士で支え合うという概念が向こうにはなかったのか、本当に虐めているように見えたのか、日本語を喋っていたから怪しかったのか。原因は色々ありそうです。

「誤解されない為の自己主張」

自分の立ち位置や考え、また行動を誤解されない事は自分が普段いる国や地域を離れると結構大変だったりします。文化や立ち振る舞いの違いから来るかもしれない誤解を解く、また誤解される事を防止する役割を「自己主張」が補っていると考えます。

「この細かなニュアンス、きっと読み取ってくれるよね」

はアメリカでは通じないと思った方が生きやすいです。手段こそ問われないですが、発信してなんぼ、主張したものだけが権利を得る世界です。裏を返せば自分の立ち位置を自分で設定できるので慣れると楽だな〜って思えます。
逆に発信さえしちゃえば真っ向に否定される訳でもないし、違和感を感じながら生きることもないし、いいかも。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?