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【続編】月曜の朝がゆううつな方におすすめ! ○○ して、自由な自分を手に入れよう!

こんばんは。


2つ前の記事
「月曜の朝がゆううつな方におすすめ! 気持ちがラクになる ♪
 かんたん3ステップ!!」



「ゆううつさに点数をつける」っていう
大切なポイントはあるんですが


つまるところ
「人生で一番きつかった時と今とをくらべる」
っていうお話になるかなと思うんです。


その、一番きつかった時というのが
たとえば


学生時代か


学生時代でも
小・中学生の頃か


もうちょっと大きくなってからか


あるいは、
社会に出てから


内容でも
いじめ


人間関係
(親子間・家族間も含めて)


健康のこと


お金のこと


・・・・


等々、いろいろだったとしても。


ただ、そうなると
「それと比べたら今の方がいいんだから
『足るを知れ』っていうコト?」

って思われるかもしれないなと思ったんですね。


ただ、
そう言いたいじゃあないんですね。


あの、人間ってどうしても
「慣れ」の生き物だと思うんです。


それは性格がどうこうとかいうことじゃなくて
生物としての「人間」のもっている性質として。


カタい言葉でいうと
「恒常性」っていうのも
関係あるかもしれません。


恒常性っていうのは
辞書によると


恒常性
生物の生理状態などが一定するように調節される性質。
ホメオスタシスともいう。


と出ています。


すごくざっくり言うと
「その場に慣れるように体を調整する機能」
とも言えるんじゃないかなって思うんですね。


もちろんこれがあることで
いろんな状況でもそれに体が対応してくれて


体の状態が一定に保たれて、命を保持しやすくなる、っていう
すごくありがたい機能だと思うんです。


でも同時に
「今が当たり前」
みたいな感じを引き起こす
機能でもあるんじゃないかなって思うんですね。


逆に、その方が体にとってはいいことだと思うので
体にとってはありがたい機能だと思うんですが。


でも、それによって
どうしても視野が狭くなったり、
よくない意味で「今」に意識が集中してしまう

気がするんですね。


ゆううつさで言えば
「今のゆううつさがすべてなんだ」
みたいな感じになりがちになる、という。


だから、あえて、
「今までの人生」っていうふうに
見る範囲を広げる。


「今までの人生全体を俯瞰(ふかん)して、みる
というか。



「俯瞰」の意味は、
「高い所から物事を見下ろすこと、あるいは、
広い視野で全体を把握すること」です。


それによって
「自分の立ち位置」というか
前提が、いろいろ自由自在にできる

と思うんですね。


「今」に固定してしまうと
今のゆううつさがすべて!みたいになって
ガチガチになって動けない感じになってしまう。


でも、幅を広げて見ることで
今のゆううつさが
「あ、たいしたことないんだ」
と思えてくる。


っていうこともあるんじゃないかなって思うんです。


もちろん、だからって
「足るを知る、で、今でも十分幸せなんだから
これ以上望んではいけない」

とかそういうことではなくて


そうやって、比べてみて
「あ、マシかも、まだいいかも」って思えたら
それを心の灯り(あかり)にして、進んでいく。


「一寸先は闇」なんて言葉もありますけど
暗い夜道でも、灯りがあれば、かなり安心感が違いますよね。


街灯でも、お店の看板の灯りでも。


それと同じで、心の灯りを持ててるかどうかで
かなり、違ってくる
と思うんです。


それに、その灯りをくれたのが
「人生の一番きつかった時」だとしたら
「おっ」ていうか
なんかいい感じ、しません?


いや、しなくても全然いいですし、
ムリにそう思う、とかはしないほうがいいと思うんですが。


何かリサイクル、っていうかリユースっていうか。



でもほんとにこれは、
やりすぎると、っていうか
気をつけないと


「今でも十分幸せなんだから
(これ以上は望んではいけない)」

になりがちな気がします。


なので、ほんとに、一時的というか、
ポイントポイントで
使っていくのが良いかな、と思います。


今がすべてじゃない

俯瞰して、人生全体に視点をひろげよう


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最後までお読みくださり、ありがとうございました。


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「ことばで生きづらさを軽くする」
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