「進化する戦術の最先端。次の戦術のトレンドはどこだ。」

・補足記事の目的

 今節のヴェルディのサッカーは次世代の戦術のトレンドに成り得ると筆者は分析した。そこでそう考える根拠を考察し、マッチレビューとは別の形で「記事化」を試みることにした。

・考察

 現代サッカーはインターネットの発展により、急速に発達している。今や、どこにいても海外の試合を見ることができ、戦術についての情報を得ることもできるからだ。そんな中、昨今、「言語化」の重要性が叫ばれている。目の前の事象に対してチームや選手がどういった狙いを持ってプレーしていることを言葉で表現することが求められるようになった。解説者の戸田和幸さんは徹底的にプレーの「言語化」を追求することで解説業におけるカリスマの地位を確立したり、「戦術クラスタ」と呼ばれるブロガーが登場したりすることでサッカーを戦術的な観点から見るという概念が浸透しつつある(本ブログもヴェルディのサッカーの「言語化」を試みている)。

 このサッカーの事象を徹底的に「言語化」するというアプローチ、すなわち「合理的」なアプローチは「ポジショナルプレー」の基本概念にあたる。11人が攻守に渡って、敵の動きや配置に応じて、複数のタスクの中からすべきことを選択し、実行する。選手達は状況を「認知」し、複数の原則の中から適切な「判断」を行い、「実行」することが要求される。原則を予め示しておくことで判断のスピードを高める。コンパクトな守備組織の構築によりプレースピードが高速化していく現代サッカーの特徴に対して、「ポジショナルプレー」はまさに一つの解決策であった。「ポジショナルプレー」の最先端、マンチェスターシティのサッカーはまさに洗練されたサッカーであり、その美しさは「合理的」に機能していることに起因している。故に求められるのは、かつてのような司令塔といった「スペシャリスト」ではなく、複数のポジションを高いレベルで実行する「ポリバレント」かつ状況に応じて複数の原則の中から適切な判断ができる人材へと変化した。

 一方、「合理的」とは対極のアプローチで確立されたスタイルが「ストーミング」である。「ストーミング」はサッカーにおいて予測をすることができない局面「トランジション」に焦点を当てている。サッカーの局面が切り替わる「カオス」な局面を意図的に作り上げ、ピッチから秩序をとりあげ、混乱をもたらす。「合理的」に予測できない場面にパワーを使うことで、よりサッカーの本質である速さ、強さが求められダイナミックで迫力のあるサッカーが展開される。リバプールはトランジションの局面を磨くことでプレミア随一のクラブへと進化した。

 一見、アプローチは異なり対極ではないかとされるこの2つの概念だが、実は共存は可能である。この2つの概念は攻守を一体と捉え、11人が90分間ハードワークを行うという点においては共通しているからだ。事実、リバプールはリーグ戦において、昨シーズンはトランジション局面をなかなか作ることができない下位相手の取りこぼしが多かったが、今シーズンは「ポジショナル」な局面を整理したことでリーグ戦では首位、CLでもベスト4に進出した。(本稿執筆時点)マンチェスターシティもボールポゼッションがよくクローズアップされるが、実はトランジションの局面、特にカウンターの精度は著しく高い。

 筆者はこの「合理的」と「カオス」という2つの相反する概念が融合したサッカーがまさに次世代の戦術の新たなトレンドになるのではないかと考える。その戦術のロールモデルとなり得るクラブがある。それはアヤックスだ。育成年代から一貫したサッカーを展開し、優秀な若手をビッグクラブに売るというまさに育成クラブのお手本であるクラブだが、今季はCL2回戦からの出場にも関わらず、優勝候補でもあるレアル、ユベントスを倒し、準決勝まで進出し、台風の目となっている。そのアヤックスの不変ともされるサッカーの哲学に微調整が行われた要因は育成組織の改革にある。(*1)サッカーの本質を探し求めると「個」にたどり着くという考えから「組織」的なトレーニングではなく、「個」にフォーカスしたトレーニング改革を行ったのだ。この「個」と「組織」のバランスにおいて、より「個」にフーチャーするサッカー、つまりストラクチャーの中で自由度の高いサッカーが今後のトレンドになるだろう。

 アヤックスのサッカーの特徴はボールを前進させ、前進させた後は積極的なポジションチェンジによる同サイドでの近い距離でのパス交換を行うこと、ボールを失っても素早く切り替えアグレッシブな守備を行うことが挙げられる。つまり、ボールを「ポジショナル」な立ち位置をとって最終ラインから前進、すなわち「合理的」な前進を行い、積極的なポジションチェンジかつ意図的に選手の距離感を狭くすることで「カオス」な局面を作り出し、「個」での打開やコンビネーションを頻繁に用いて攻撃を行う。一方、守備では「カオス」な局面では相手に襲い掛かり、より「個」にフォーカスした守備を行う。「ポジショナルプレー」や「ストーミング」のように11人が攻守一体においてサッカーをすることを前提とし、そのうえで攻撃の自由度を高め、守備では「個」にフォーカスしていく。原則を基準としたプレーではなく、選手のアイデアや個人技をベースにしてサッカーを行う。

 マンチェスターシティは機能美に満ち溢れたサッカーを行う。リバプールは凄まじい速さで迫力のあるサッカーを展開する。しかし、サッカーの本質は何なのだろう。それは、予測不能なことであり、何が起きるんだろうというわくわく感である。機能性でもなく、速さでもなく、選手のアイデア次第のサッカー。観客はもちろん、監督も選手も試合が始まるまでは何が起こるのか分からないサッカー。そこからは信じられないようなプレーが生み出されるかもしれない。

 サッカーの進化はまだまだ続く。

参考文献

*1