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ケーキ屋

僕らは、テラス席に通された。店内から、窓の張られた扉が開かれ、4つあるテラス席のどれが良いかと店員に尋ねられる。4席あるうち、1つの席は、既にカップルが利用していたため、実質、空いているのは3席だ。
「一番、右側の席で良いよね」妻に尋ねると
「良いよ」と、どこか、おどおどした感じで回答があったため、店員にも右側で良いです、と僕からも念押しに伝えた。
「本日のメニューですが、既にショートケーキ、メロンケーキ、洋ナシミルフィーユは売り切れとなっております。それ以外のメニューからお選びください。間も無く、水をお持ちします」
メニューを置いて店員が席を離れる。僕は、メニューをマジマジと見る前に、店員の言葉につられ、メロンケーキに興味を抱いてしまったが、結局それは売り切れだという何とも味気のない結末にウンザリしながら、妻の方を見て話しかけた。
「メロンケーキ食べたかったのに、売り切れなんだって。あーあ、って感じじゃない」
「そもそも、私はメロン食べると舌が痺れるんだよね」
あ、そういえば妻はメロンが苦手だった。最近、いろいろと記憶力が落ちている気がする。歳のせいだろうか。おととい、自分のパジャマを履く時に、自分のパジャマでは無いような気持ちになり、妻に、「これ僕のだっけ?」と質問していたりするくらい、記憶障害が起きている。もしかしたら、アルツハイマーなんじゃないのか?なんてことを不安に思いながら、
「あー、そっか。そーだったよね、なら丁度良かったね。で、何にしようか」妻の機嫌を伺う。
「売り切れてるの多かったね。よく聞いてなかったんだけど。チョコクリームケーキは売り切れていないんだっけ。売り切れていないなら、それを食べようかな」妻はメニューを眺めながら、自分の好みを指定してきた。
「いーね。美味しそうじゃん」僕はつられやすいので、妻の言葉でチョコレートにも興味を惹かれていた。
「チョコは私が食べるから、みぃは、ミルフィーユを食べたら」
僕のケーキは、こうやって僕の意志なくして、決められるのだ。

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