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ほなお前、誰やねーん!

ある日、夫が遠い場所に出かけて暇だったので、私は気になっていたカフェに行ってきました。

昔ながらの素敵なカフェで、扉を開けるとカランコロンと心地よい鐘の音が私を迎え入れてくれます。

席に着き、注文をしようと店員さんを呼ぶと、奥から女性の店員が出てきました。
つり上がった目にやつれた頬、私はその店員の顔が妙に印象に残りました。

「ホットコーヒーを一つ」
私は店員に注文を告げました。

「ミルクとお砂糖はお付けしますか?」

「じゃあミルクをお願いします」

「かしこまりました。では店員を呼んできますね。」

「いやほなお前誰やねーん!!」

私は大声で突っ込みました。

びっくりした…。こんなベタなコントみたいなことが現実に起こるなんて。そしてそれ以上に、自分からこんな関西弁でキレキレの突っ込みが出たことに驚きました。


それにしてもさっきの女性は誰だったんでしょうか。気味が悪いです。

コーヒーを飲みながらそんなことを思っていると、急にお腹に激痛が走りました。

実はこの時私は妊娠9か月目でした。
予定日はまだ先だったので油断していましたが、どうやら陣痛が始まってしまったようです。
私は救急車を呼び、病院の産婦人科に運ばれました。


すぐに分娩が始まりました。

「急いでここに寝かせて!」
助産師のリーダー的な女性が周りの助産師に的確に指示を出します。

お腹の痛みに耐えながら分娩台に上がった時、ちらっとその助産師の顔が見えました。
どこかで見たような顔だと思いましたが、お腹が苦しくてそれどころではありません。

「大丈夫ですか!しっかりしなさい!!」
助産師が私に言います。

「苦しいです!痛いです!」
私は叫びました。

助産師は
「弱音吐いてんじゃないよ!」
そう言って私の頬をビンタしました。

「あなたの子どもでしょう!ほら、ひっひっふ、ひっひっふ!」

なんてたくましい、頼りになる助産師なのでしょう。
私は痛みに耐え、必死にお腹に力を込めました。意識が飛びそうです。

「頭が出てきましたよ!もう少しです!男の子ですよ!」

「あああーー!!」

「よし、じゃあそろそろ助産師の人呼んできますね」

「いやほなお前誰やねーん!!」

私はまた大声で突っ込んでいました。叫んだ途端にお腹に力が入り、スポーンと赤ん坊が飛び出しました。

こんなことが1日に2回も起きるなんて、信じられません。
そういえばあの助産師の顔、つり上がった目にやつれた頬、さっき喫茶店にいた女と全く同じ顔です!本当に誰なのでしょう。

しかし、産まれた我が子を胸に抱くと、そんなことはどうでもよくなりました。かわいい私の息子。私は健やかに育つように「健太」と名付け、一生大切に育てると心に誓いました。


そんな健太も今年で小学1年生です。その日は授業参観でした。
授業は「親への手紙」をテーマに作文を書いて発表する、というもの。

健太の番がやってきて、作文を読み始めました。

「『僕のお母さん』。僕のお母さんはとっても優しい人です。ちょっと頑張りすぎなところもあるけど…」

その作文では日々のクスッとした話や私への感謝が子供らしい真っ直ぐな言葉で綴られていました。
私の目からは自然と涙が溢れてきました。

そして作文の最後の文が読まれました。

「以上が僕のお母さんの好きなところです。
って、健太くんが言ってました」

「いやほなお前誰やねーん!!」

私は叫びました。そして今読んでいた男の子を見ると、首を異常な角度にねじり、やつれた頬の上のつり上がった目でこちらを凝視していました。

ゾクッと背筋が凍りました。こんなことが数年前にもあった気がします。
それよりも、じゃあ健太はどこに…?
私は教室を見渡しました。ここで、初めてこの異様な光景に気づきました。

生徒たちも先生も授業参観に来ていた親達も皆、教室のすべての目線が私に集中しているのです。
そしてその全員の顔が、つり上がった目にやつれた頬の全く同じ顔だったのです!


私は恐怖と混乱で
「ほ、ほ、ほなお前ら誰やねん…」
と言いながら教室を飛び出しました。

気が動転しているからか、学校全体がグニャグニャと歪んで見えます。私はもつれる足で必死に走りました。

すると爆音で校内放送が流れ始め、担任の先生の声が聞こえてきます。

『こらこら、廊下を走っちゃいけません。担任の先生に言いつけますよ』

ほなお前、誰やねん!

『というかそろそろ学校に行ったらどうですか?』

ほなここ、どこやねん!!


もう訳がわかりません。私は吐き気を催し、トイレに駆け込みました。洗面台に嘔吐し、息を切らしながら鏡を見ました。

私は絶句しました。そこに写っていたのは、不敵な笑みを浮かべた、つり目女の顔でした。

「ほな私、誰やねん…」

私は膝から崩れ落ち、そのまま意識を失いました。



と、ここで目が覚めました。
すごく長い、嫌な夢でした。汗でシーツがぐっしょりです。

僕は主婦ではありません。今年32歳になる、仕事もしていないただの男です。

僕はベッドから起き上がり、顔を洗おうと部屋を出ました。


部屋を出ると、目の前に、つり上がった目にやつれた頬の女が立っていました!





夢の中では恐ろしい顔でしたが、今はそんなことありません。長年見慣れた母の顔です。

「おはよう、健太。今日は早いのね。朝ごはん出来てるわよ」

母は30歳を過ぎても仕事をしていない僕にも、こんな風に優しく接してくれます。
僕が生まれる少し前に親父が死んで、家計もきついはずです。心労からか、すっかりやせ細り、頬もやつれてしまっています。でもそれを押し殺して、一人息子の僕を愛してくれているのです。

僕も心の中では常に後ろめたい気持ちがありました。だからこそ、さっきあんな夢を見たのでしょう。

いつまでも母に辛い思いはさせられません。僕は決心しました。

「お母さん、今までごめん。俺、仕事探すよ。お母さんに楽させてあげられるよう、俺、頑張るから!」

母は一瞬びっくりしていましたが、すぐに笑顔になり、言いました。

「あらあら、急にどうしたの、らしくないこと言って。まるで別人みたいじゃない」


別人、か。
僕は心の中でつぶやきました。

「ほな昨日までの自分、誰やねん」



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