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タイザン5作、漫画「同人政治」を読む

この作品は「政治漫画賞 佳作」ということらしい。その賞がどのような性格のものか、よくは知らないが、この作品が政治漫画などではないことは確かだ。

作品は、政治BL漫画から始まり、それからその頁を描く主人公へと、表現の水準が移行する。そして主人公の紹介が行われ、その趣味が、現職総理大臣を主人公にしたBL漫画を描くこと、と明かされる。

物語は、主人公がその「政治漫画」を描くことを巡って展開する。だからこの作品は、言うなれば「政治漫画」漫画なのだが、その主人公の「政治漫画」を描く趣味は、作品を通して、恥ずかしい変態的なものとして、ギャグ的に扱われる。

なので、この作品は寧ろ政治漫画を茶化すものとしてある。では、これは政治漫画を風刺批判する漫画なのか、と言うと、そうではない。

作品の主だった内容は、大学の漫画研究部の部長を騙った、曰く付きの政治サークル代表である宝島に、主人公が漫画の特訓を受け、夏のコミックマーケットに向けて、共に一つの作品を描き上げる、というものだ。

途中で宝島の正体に主人公が気付き、漫画制作を中断するが、宝島の熱意に心動かされ、主人公は漫画制作の再開を決める。

その際に宝島は政治について語りはしているものの、最終的に宝島が語るのは、政治を面白くするための、漫画の力についてだ。

この作品は、政治論を語ることを装って漫画論を語っている。だから本当は「政治漫画」漫画ですらなく、単に「漫画」漫画なのだ、と言える。

そしてその中で政治とは、漫画の題材ないし主人公の描きたいものと宝島が描かせたいものの共通項、といった程度の意味しか持たない。物語の中心に、政治漫画の「政治」はない。

日活ロマンポルノが、女性の裸さえ出せば後は自由であるのと同じように、この作品は、政治さえ出せば後は自由という感じで成立しているように思われる。

この作品の「政治」は入れ換え可能だ。それは麻雀でもラーメンでもいい。漫画さえ成立すれば、漫画さえ語れれば、それは政治でも政治BLでも、何でもいい。

主人公は当初、断るならおまえの恥ずかしい趣味を世間にバラすぞ、と半ば脅される形で、宝島に付き合うことになる。しかし、宝島から漫画を褒められ、漫画制作技術を教育されるに連れて、主人公は彼を敬うようになっていく。

だが、宝島の正体を知り、漫画や自分の描きたいものを愚弄されたと感じた主人公は、宝島から離反する。その時、主人公は「漫画のこと バラすなら 勝手にどうぞ」と言い捨てる。

主人公は何よりも、宝島が自分の描いた漫画を褒めてくれたことが嘘だった、ということに傷付く。それは自分の趣味を世間にバラされることより屈辱だった。ここで主人公と宝島の行き違いが生まれる。

宝島が主人公の漫画を褒めたのは、主人公の漫画家としての才能を評価したからだ。それを主人公は、自分の描きたいものへの評価、と取り違えた。

しかし実際には、宝島は自分の描きたいものへの関心はなかった。それを知った主人公は、宝島は自分の活動に利用できるから漫画を褒めたのだ、と理解した。

作中での宝島の役割は殆ど、期待の新人漫画家の育成を受け持つ、豪腕漫画編集者だ。彼に手解きを受ける新人漫画家である主人公は、宝島の態度に、彼は自分の描く漫画を商売の道具としか見ていない、と感じ、それに反発している。

ここには漫画家と編集者の、漫画制作に対する姿勢の差異がある。漫画家の目的は、自分が描きたいものを誠実に漫画にすることだが、編集者の目的は、読者に読まれる漫画を漫画家に描かせることだ。

編集者はとにかく、多くの読者に漫画を、その手に取って欲しい。そこでは良くも悪くも、漫画家が何を描きたいか、には関心がない。それは編集者が、漫画という表現を愛しており、その漫画を生み出す漫画家達を敬い、支えたいからだ。

漫画家が何を描きたいか、は漫画家自身の問題で、編集者はそこに介入しない。漫画家がその問題に集中して取り組めるよう手助けし、漫画家と読者の間を、漫画と読者の間を、橋渡しするだけだ。

しかしそれは、見様によっては、ただ漫画が売れさえすればいい、漫画で金が儲かればいい、というようにも捉えられる。主人公はそう捉えてしまった。

宝島の熱弁により、二人は和解して漫画制作が再開されるが、夏のコミックマーケットまで時間が足りそうにない。そこで宝島は、泣きつつも「〆切は金で 買える」と親指を立てて見せる。

印刷料の割増金を払ってでも、漫画を読者に届けようとすることで宝島は、金儲けのための漫画、という、主人公に抱かせた疑念を払拭する。二人が真に和解し、漫画制作に対して一心になれた瞬間だ。

二人は共に漫画制作に打ち込み、〆切当日に間に合わせる。満身創痍の状態で二人は握手を交わす。「よし 行くか」と言う宝島に、「はい!」と答える主人公。一体どこへか。

主人公は、趣味として緩く自分のために漫画を描いていたはずだったが、今や読者に届けるために、〆切をどうにか延ばしつつ、徹夜をしてまで漫画を描くようになった。

修羅場を潜り抜けて描く漫画は、もう仕事だ。二人が行こうとしているのは、そのような道だ。