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タイザン5作、漫画「タコピーの原罪」第9話を読む

就学前の頃、ビデオ・ゲームに興じる兄に東は、明日の試験の結果を心配するような言葉を掛ける。それに対して兄は「かあさんが うつったな」と返す。東の言葉は母の普段の振る舞いを真似たものなのだろう。

そんな東を母は「キミは まじめで えらいねぇ」と可愛がる。そして、就学すれば兄を抜くかもしれない、と東に期待の言葉を掛ける。

しかし、就学後の東は、自分の力では兄を抜くどころか、兄の背中に追い付けもしないことを、思い知る。兄は常に試験で100点を取るが、東はいつも90点台で、100点は取れない。

それでも充分凄いことのはずだが、それでは母を満足させることはできない。母は「(兄と)同じように育てて(中略)同じもの着せて 同じもの 食べさせてる のになぁ」と、兄のようになれない東に不満を漏らす。

しかし、兄に追い付けないことで「いいこともあった」と東は言う。

兄に追い付くために、より多くの時間を勉強に費やしたことで、東は視力が下がり、そのことで母から眼鏡を買い与えてもらう。何もかも兄のようになることを期待される中で、初めて東は、母に兄との違いを認めてもらえた、と感じる。

東の兄は眼鏡を必要としない。勉強を要領よく片付けられるからだろう。ビデオ・ゲームを合間に遊ぼうが、成績も視力も下がらない。東は眼鏡を掛けるようになっても、相変わらず、100点を取ることはできない。

東の眼鏡は、兄より努力しても兄のようにはなれないこと、母の期待に応えることができないことの象徴となる。そんな東を差し置いて、兄は、母に似た美しい髪を染め、母の反対を押し切ってバイトを始める。

兄は母離れをしていく。それを見た東は、これからは母の関心を独占できる、と考えるが、そうはならない。兄は母から離れながら、同時に母の期待にも応え続けるからだ。

東は母の関心が欲しいが、母の期待には応えられない。兄は母の関心を欲していないが、母の期待に応える。母の関心を、兄は一身に受けている。東は兄に追い付けなければ、欲しいものを手に入れることができない。

そんな中で東は、母に似た美しさを持つ少女しずかに出会う。

しずかはまりなに、執拗に苛めを受けている。母の名誉のために、また兄のようになりたい気持ちで、学級委員長である東はしずかに関わろうとするが、しずかは東に期待をしない。そのことに東は傷付く。

しずかにはチャッピーがいる。しずかは東よりもチャッピーに期待している。もし東がしずかの期待を求めるなら、東にとってチャッピーは邪魔な存在となるだろう。

だとすれば、東にも、まりなと同じく、チャッピーを消し去る動機があることになる。やはり、東とまりなが繋がっていた可能性は否定できない。

やがて、しずかはタコピーと共にまりなを殺害する。その隠蔽のために、しずかは東に助力を期待する。東がそれを断ることはできない。

美しい母の期待に応えたくて、母に似た美しい少女の期待に応えて、人命を救う医師である母の道に、東は背くことになる。

母の期待に応えることができた報酬としての、パンケーキ。少女の期待に応えるための、血塗れのカメラ。今、東の目の前には血塗れのカメラがある。そして、それを背景に自身の手を握ってくれる、母のように美しい少女がいる。

東は、本当に僕のことを諦めないでくれるのか、としずかに問う。しずかは東の頬に唇で触れ、「大丈夫」と繰り返して東を抱擁する。まるで、不安がる子供を宥める母親のように。

しずかの言う「大丈夫」は、東の問いに対する答えであると共に、これまで母によって傷付けられてきた東の心を慰撫するようでもある。そして、初めて女性と性的に交わろうとする相手の気を楽にさせようとしているようでもある。

ここでのしずかは、とても性的で、とても母性的だ。二人は小学生だし、手を握り、唇で頬を触れ、抱擁する以上のことはしていないはずだ。それでもこの時の二人の精神は、性的に交わった、と言える。

東は、母に抱き締めてもらえたのが、就学前のあの時が最後だったことを思い出す。それから東は、早朝、しずかの期待に応えるために、血塗れのカメラを抱えて家を出ようとする。そのことに気付いた兄は、東を呼び止める。

しずかの期待に応えることは、母の期待を裏切ることでもある。東もまた、兄と同じく、しかし兄とは別の形で、母と離れようとしている。だがその選択は、東をただでは置かないだろう。

兄は母の期待に応えることが上手くでき、だから母から離れることも上手くできる。東は母の期待に応えることが上手くできず、だから母から離れることも上手くできない。

兄は東のことを想っている。だから東の選択を、兄は黙って見過ごすことはできない。東も兄のことを想ってはいるだろうが、それ以上に恐れ憎んでもいる。母の期待に応える力を持ち、母の関心を独占する相手だからだ。

もし兄がいなければ、母の関心は否応なく自分に注がれていたかも知れない。東にとって兄は、しずかの関心を独占するチャッピーのように、邪魔な存在となる。

東の手には血塗れのカメラがある。もしかしたら、東はまりな殺害の罪を兄に被せることができるのではないか。

果たして、兄は東にどんな言葉を掛けるのか。その時、東は兄に何を思うのか。そしてタコピーは今回どこへ行った。おまえがいなきゃ話が始まらねえだろ、このタコ。次回の配信を待ちたい。