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記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。

山本さほ作、漫画「いつもぼくをみてる」を読む

第1話 あいつが町に現れた(第1巻)

成人して結婚した吉川(きっかわ)は、妻と一緒に子供靴売り場に寄り、これから産まれてくるだろう子供の靴を買う。そこで妻は、子供の頃に姉の靴を隠してそのまま紛失し、それを嘘で誤魔化したことを思い出す。あの時のことを誰かに見られていたら、という妻の言葉に、吉川は、誰かに「見られていた」自分の小学生時代を思い出し始める。

吉川は友人達と遊ぶための資金に難儀していたところ、神社の賽銭箱の手前に百円玉が落ちているのを見付け、誰にも見られていないことを確認して、それを拾って仕舞うが、直後に白くて不思議な生き物に見られていることに気付く。その場から去ろうとする、その生き物に吉川は弁明をしつつ、捕まえて、何か見たのか、と問い詰めると、その生き物は死んでしまう。吉川はその死体を土に埋め、誰にも見られていないな、と呟くと、木陰から何匹も同じ生き物が現れ、吉川をおちょくる。その後、吉川は友人達と合流するが、拾った百円玉を使う気になれず、友人達と別れた後、星野と共に神社に行き、百円玉を賽銭箱に入れ、神様に謝罪する。

第2話 あいつは何を見てたんだ?(第1巻)

吉川は星野と公園に来て、星野にそれとなく、疚しいことを変な生き物に見られていたことについて訊く。星野は、嫌いな給食のパンを捨てたところを、貧乏なことで知られる伊藤に見られていて、捨てたパンが翌日になくなっていた、という話をする。日が暮れて、吉川は帰る時、駄菓子屋で買ったシール付き菓子の菓子の処分に困って、それを公園に捨てて去ろうとすると、あの生き物がまた見ていることに気付く。星野もその生き物を目撃する。吉川は菓子を拾い直して別の場所へ行き、そこにいる鳩に与えて処分する。そこで二人は、鳩に混じって菓子を拾う伊藤に気付く。伊藤は、妹に食べさせてあげるんだ、と二人に言って去る。星野は、吉川と別れて帰宅する途中で、吉川と一緒に公園で目撃した変な生き物に、見覚えがある、と感じる。

第3話 カイテルさん(第1巻)

吉川は星野を誘い、あの生き物のことを親しい大人であるカイテルさんに訊きに行く。カイテルさんは、それは子供だけが見える妖怪かも知れないから、他の子供に訊くといい、と告げる。二人は友人宅に向かい、いつもの面々にあの生き物のことを訊く。その時、カイテルさんについて言及すると森本は、大人らしくないカイテルさんと彼に懐いている吉川を侮蔑しだし、吉川と喧嘩になり、友人宅を追い出される。吉川の真剣さが気になった森本は公園に行き、変な生き物を少しだけ探すが、そこでカイテルさんと鉢合わせる。近所の目を気にした森本は、かつては仲良く遊んだカイテルさんのことを知らない振りをする。そしてその場を去ろうとすると、変な生き物が見ていることに気付く。森本は怯えてカイテルさんに助けを求めると、カイテルさんは森本を優しく気遣い、変な生き物を探してくれる。それを見て森本はカイテルさんへの態度を反省しかけるが、そこにカイテルさんの母が現れ、カイテルさんが小さな子供のように引き摺られて連れていかれるのを見て、森本は反省を撤回する。

第4話 男の子 女の子(第1巻)

学校の演劇の役決めがあり、女子達が共謀して全員で、女子っぽく見られている男子である鳥海を、ヒロイン役に推薦する。鳥海は赤面しながらも、それを引き受ける。主導的な女子が更に、母から口紅を借りて塗るといい、と鳥海を唆す。その気になった鳥海は、母の口紅をこっそり持ち出し、衣装合わせの時間に、ヒロインの衣装を着て口紅を塗って、皆の前に現れる。すると女子達は、鳥海のことを笑い物にする。鳥海は傷付いて教室を飛び出し、近所の川縁に来て泣きながら口紅を踏み付ける。そこへ、川釣りをしに、カイテルさんが現れる。女子の格好をすることに楽しさを感じた自分は変だ、と言う鳥海にカイテルさんは、大人になって学校の外に行けば、そのままのきみを受け入れてくれる場所がきっと見付かる、と教える。そこへ、演劇の衣装を着た、変な格好の吉川が、星野と共に鳥海を迎えに現れる。学校へ戻ろうとする時、持ち出した口紅をボロボロにしてしまったことに気付いた鳥海は泣き出す。すると、あの生き物が現れ、吉川はそれを捕まえようとするが、取り逃がす。

第5話 あの頃のぼくらは…(第1巻)

吉川の同級生の女子二人が登校中の道端で、飛べないらしい小鳥を見付ける。二人は小鳥を箱に入れ、学校裏でこっそり飼うことにする。その様子を、あの生き物が見ている。吉川は給食の時間に、あの生き物の話を星野としている。星野は、あの生き物は嫌な出来事があると現れる、と言う。給食の時間が終わり、吉川は校庭に出ようとするが、靴に仕掛けられた悪戯で転ぶ。それを森本の仕業と思い込んだ吉川は、森本の靴に同じ悪戯を仕掛ける。そして隠れていると、森本が転ぶ音が聞こえたので出ていこうとすると、森本は鼻血を出しており、吉川は思わず姿を隠し、知らばっくれる。そこに、やはりあの生き物が現れる。その生き物は学校裏に走り去る。そこにはあの女子二人がいて、小鳥の様子を楽しみに窺おうとしていたが、箱を開けると小鳥は死んでいた。二人は死んだ小鳥に触れるのを嫌がり、それを放り出して逃げる。その様子を、あの生き物は見ている。

第6話 たよれる男(第1巻)

吉川が森本の靴に仕掛けた悪戯は、吉川の靴に悪戯を仕掛けた別の友人が吉川の靴と森本の靴を間違えた、ということに落ち着き、吉川は密かに罪悪感を抱く。その友人は、間違えたのが井上の靴でなくてよかった、と言い、吉川は同意する。井上は成績優秀、運動能力も優れ、頼れる中学生の兄がいて、女子からの人気も高い。吉川とは反対の子だ。森本が割安で遊べるゲームセンターの情報を持ってくる。近頃はゲームセンターに不良が出没する、という注意があったにも拘わらず、吉川と井上と森本は、そのゲームセンターに行くことを決める。三人が着いた、そのゲームセンターは雰囲気が悪く、三人はそそくさと帰ろうとするが、不良中学生に目を付けられ、金銭を要求される。井上はすっと前に進み出る。中学生に立ち向かうかと思いきや、震えながら所持金を差し出す。そして、残りの二人も差し出すことになる。三人は暗く無言で帰路を行くが、吉川は井上の押す自転車の後部にあの生き物がいるのを見付け、追い払う。井上は小便を漏らしており、井上を尊敬していたい二人は、それを見て見ぬ振りをする。

第7話 ヤツがやったに決まってる(第1巻)

吉川は、自分のアイスを勝手に食べたことを姉に問い詰めるが、姉のホラ話を信じてしまい、丸め込まれる。その後、吉川は自分のお気に入りのゲームカセットがなくなっていることに気付く。翌日、学校でそのことを話すと、関が家に遊びに来ると物がなくなる、という噂を森本が教えてくる。真相を確かめるために、吉川は関の家へ遊びに行く。そこで吉川はなくなったのと同じカセットを見付ける。吉川は自分の物には名前を書いておく癖があり、カセットに名前があるか、確認しようとするが、その部分にはシールが貼られていた。それを剥がそうすると関に断られ、勢いで噂のことを口にすると、疑われたことに怒った関に家を追い出される。吉川は公園に寄ると、噂の信憑性を揺るがす情報を教えられる。すぐに人の話を信じてしまうことと、それで関を疑ってしまった自分を恥じ、吉川は関の家へ戻る。吉川は、こんな時はあの生き物がやってくる、と予感していると、その通りになる。吉川は疑ったことを関に謝ると関は許し、そう言えばこれを拾った、と吉川がなくしたカセットを渡して、すぐに扉を閉める。カセットにはシールを剥がした跡があり、この日、吉川は人を疑うことを覚えた。

第8話 ユカリ先生(第1巻)

吉川達の担任であるユカリは、久し振りのデートの予定で浮かれていた。一方、吉川達の間では山崎の乱暴さが話題になっており、吉川達は、彼とはもう遊ばないことを決める。放課後、さっそく遊びの誘いをしてきた山崎を、吉川達は拒否する。職員室でユカリは、他の教員に、子供の体調が悪いから、と仕事を押し付けられ、直後に山崎の母から呼び出しを受け、うちの子が虐められている、と猛抗議される。予定までに仕事が終わらず、デートをすっぽかす形になり、疲れ切ったユカリは夜の公園で泣いてしまう。そこへ、虫を取りに来た吉川が現れ、彼に泣いていたことを気付かれる。子供のことが分からないので教師に向いていない、と吐露するユカリに、吉川は、先生も昔は子供だった、と言い、更に、どんな子供だったのか、と訊く。ユカリは、大人しく何でも人の意見に合わせる、つまらない子供時代だった、と語る。ユカリは吉川に、山崎を仲間外れにするのは虐めだ、と指摘すると、吉川は驚くが、でもあの生き物が出てこないから悪いことはしていないはずだ、と呟く。人を傷付けたことに無自覚な吉川を見てユカリは、子供同士のいざこざから自由になれると思って早く大人になりたがっていた、昔の自分を思い出す。そして、大人同士でも虐めはある、あなたにはそんな大人にならないでほしい、とユカリは吉川に伝える。無邪気な返事をする吉川を見て、ユカリは安心する。

第9話 カイテルさんの思い出(第1巻)

吉川達と遊ぶカイテルさんは、休憩中にあの生き物のことを尋ねる。吉川は、悪いことをしようとすると現れてじっと見てくる嫌なやつ、と言って、離れたところにいる友人の許へ駆けていく。残った星野にカイテルさんは、あの生き物は子供達が取り返しの付かないことをしないように見張っているのかも知れない、と話す。なぜそう思うのか、と星野が訊くとカイテルさんは、20年前、自分が思いを寄せていた女子がいて、彼女の気を引くために、夜に彼女の家の前で花火を打ち上げ、恐らくはそれが原因で家が全焼し、花火を打ち上げたことは誰にも知られずに済んだが、彼女とはそれ以来会えなくなり、言い出して謝ることもできないままになったことを第三者の立場で語り、あの時、誰かが見ていて責めてくれていたら、一人で抱えて苦しむことはなかったのではないか、と話す。星野は、おれはその気持ちが分かるよ、とカイテルさんに伝えて、吉川達の許へ行く。

第10話 きっちょんと星野(第1巻)

うんこマンの真似をして友人達を笑わせる吉川。しかし星野はうんこマンを知らず、笑わない。吉川は森本に、いつから星野と仲良くなったのか、と聞かれ、ゲーム機の数値を効率よく稼ぐ裏技を教えてもらってからだ、と話す。放課後、吉川は星野の家に遊びに行き、夕飯代として置かれた千円を見付け、それで玩具と駄菓子を買おうと提案する。駄菓子屋でうんこマンの玩具を買うと、吉川はうんこマンの映像を見せようと自宅に星野を誘う。日が暮れて、妹の世話があるから、と帰ろうとする星野に吉川は、録画したうんこマンのビデオテープを貸す。家に帰った星野は、うんこマンのビデオを見たり、夕飯の代わりに駄菓子を買ってきたりしたことを妹に咎められる。そして、悪い友達に影響されて最近変わった、と詰め寄られる。友達を作ってもすぐいなくなるし以前のように問題も起こす、と言い、吉川を繰り返し悪い友達と言う妹に、星野は思わず暴力を振るう。自室に逃げ込んだ妹の泣き声を聞く星野は、背後にあの生き物がいることに気付き、おまえは何者だ、と問う。誰と話しているのか、と言って部屋から出てきた妹に、星野は謝る。すると、あの生き物は消えている。星野は、あの生き物と罪悪感の関係を疑う。

第11話 夏休みが始まった(第1巻)

明日から夏休みだが、友人達は皆、用事があり、しばらくは一緒に遊べない。吉川は親に旅行をねだるが、仕事の都合で叶わない。夏休み中は家にずっと姉がおり、吉川は家にもいづらい。仕方なく野球の壁当てをしようと公園に行くと、灰田がいて壁に落書きをしていた。吉川は壁の空いている部分に向かって壁当てを始めるが、灰田の近くに球を当ててしまう。灰田は無言で吉川に近寄り、平手打ちを喰らわせる。抗議する吉川に灰田は冷たい目を向ける。そこで吉川は、灰田が女子であることに気付く。吉川は、落書きなら他の公園でやれ、と言うが灰田は、ならそこへ連れていけ、と言う。女子との接触に不馴れな吉川は断る。灰田は公園からどかない。吉川は友人達が不在であることを恨む。翌日も、家にいづらい吉川は公園に向かうが、灰田がいる。他の公園に行こうとする吉川を、灰田は呼び止める。少し話すようになったところで灰田は空腹を訴え、駄菓子屋で何か食べ物を万引きしてくれたら公園からどく、と吉川に持ち掛ける。戸惑う吉川は、したことがないのか、と灰田に言われ、思わず、あるよ、と嘘を言って駄菓子屋へ向かう。吉川は万引きしようと駄菓子に手を伸ばすが、その手にあの生き物が大量に絡み付いてきて断念し、購入した駄菓子を万引きしたものとして差し出すが、それは見破られてしまう。駄菓子を食べ満足した灰田は、もう公園に来ない、と言う。そんな性格だからいつも一人なんだ、と言う吉川に、きみもいつも一人だ、という灰田。今は夏休みだから、と吉川は友人達の不在について弁明するが、そこで星野の名が出ると、灰田は知っている素振りを見せる。そして、あいつは刑務所に入ったんじゃなかったんだ、と言う。どういうことだ、と吉川は訊くが、本人に訊け、と返して灰田は帰ってしまった。吉川は、星野がそんな悪い人間なものか、と思うが不安はなくならない。

第12話 ぼくの知らない星野のこと(第1巻)

吉川は読者感想文のための図書を借りるつもりの星野に付き合って、図書館に来ている。吉川も自分の読書感想文のための図書を探していると、灰田を見付ける。灰田を星野と会わせたくない吉川は、星野の用が済むまで灰田を何とか足止めしようとし、先日に星野を悪く言っていたことの、真意を尋ねる。灰田は、転校前の学校で星野は級友を階段から突き落としたり、彫刻刀で刺したり、父親を殺したりした、と話す。そこへ用を済ませた星野が来たので、吉川は星野を連れて図書館を出る。星野に菓子の大きいほうを分けてもらい、その優しさを知っている吉川は、灰田の発言を信じたくない。星野から父親について聞いたことがない、と気付いた吉川は、それとなく父親のことを星野に訊く。星野は、父親はいない、死んでしまった、と話す。それを聞いた吉川は、胸が苦しくなる。

第13話 ぼくたちの秘密基地(第2巻)

夏休みも残り一週間になったところで、友人達が戻ってくる。星野から父親のことを聞いたことで、吉川は星野と顔を会わせづらくなっている。そこへ秘密基地を作る話が持ち上がり、それが完成すれば星野との関係も元に戻るだろう、と吉川は張り切る。吉川が資材の段ボールを運んでいると灰田が現れる。星野のことについて話そうとする灰田に吉川は、やめろ、おまえのせいで星野と気まずくなった、と怒る。灰田は嘘泣きをして吉川を弄び、そのまま秘密基地の現場まで付いてくる。秘密基地が完成して、はしゃぐ吉川達だが灰田は、今夜は雨が降るから、と忠告する。すると雨が降り始め、灰田は秘密基地に防雨処置を施す。皆急いで帰ろうとする中、灰田は帰ろうとしない。吉川は灰田に感謝を伝えて帰ろうとするが、灰田は呼び止めて謝り、星野が吉川にとって大切な友達であることを確認すると、星野が羨ましい、と話す。そして、わたし達はまた会えるか、と訊く。吉川は、知らない、と答えて帰る。翌日、吉川は星野を秘密基地まで案内する。そこで二人は、秘密基地の中で眠っている灰田を発見する。

第14話 お家に帰ろう(第2巻)

灰田を見た星野は、すぐに帰り出し、吉川もその後を追う。星野は吉川に、灰田から何か聞いたか、と訊ねる。吉川が答え倦ねているところに、秘密基地に敷く座布団を持った他の友人達がやって来る。星野は吉川達に加わらず、一人去る。吉川達が秘密基地に着くと、灰田はいない。基地が降雨で傷んでいるのをどうしようか相談していると、灰田が段ボールを持って現れ、基地を修繕する。そして、濡れた服を干すために、皆の前で脱衣する。吉川達は慌てて、鳥海に家から女子っぽい衣服を持ってこさせ、灰田に着せる。灰田と鳥海は衣服のかわいさに意気投合するが、吉川は苛立って、いつまでいる気だ、と問い詰める。灰田は自分が母親に心配されていないことを話し、ここにいたい、と願うが吉川は拒絶し、灰田を追い出す。ここは星野のための場所だ、と気を張る吉川は、乞うように見詰めてくる灰田から顔を背ける。その夜、吉川は寝付けず、あの生き物が出てくる悪夢を見る。翌日、鳥海に借りた衣服を残し、灰田は秘密基地からいなくなっていた。新学期になると、吉川達は秘密基地に代わって、裏山のトンネルにおばけを捕まえに行くことに興味が移っており、こっそり夜中に家を抜け出て皆で集まる約束をする。吉川は約束の夜に家を抜け出すが、隣町の女子児童行方不明事件で警戒中の警察官に見付かり、家に連れ戻される。

第15話 あの子はどこへ(第2巻)

皆で夜中に集まる約束を果たせなかったことで、吉川は仲間外れにされる。そのことを、買い物のお使いのために訪れた酒屋の店番をしているカイテルさんに愚痴る。カイテルさんは隣町の女子児童行方不明事件を話題に出す。それによって吉川は、家に帰りたがらなかった灰田のことが気になり、お使いを放って、灰田と最後に会った秘密基地に向かう。基地の中に灰田はいなかったが、近くの茂みに人の足が見え、恐ろしい事態を想像するが、駆け寄ると灰田が倒れていたが、生きていた。灰田は空腹を訴える。吉川は買い物の食材を分け与え、交番へ行こう、と促すが灰田は強く拒否する。両親との不和を口にする灰田に吉川は苛立ち、おれだって母のことは嫌いだ、と言って腕を引いて強引に連れ出そうとするが、優しい両親がいて幸せなきみにわたしや星野の家のことは分からない、と言って灰田は逃げ去る。吉川は買い物の品がないのを母に酷く怒られることを覚悟して帰宅するが、予想に反して、酷く心配した母に抱き締められて迎えられる。その夜、吉川は布団の中で、灰田の言葉を思い返し、分かっていないかも知れない、と涙する。布団の周りには、あの生き物が群がっている。翌日、吉川は給食のプリンを残し、灰田に会ってそれを渡し、昨日のことを謝り、母は思っていたほど悪いものではなかった、と伝える。灰田は、吉川と互いに名前で呼び合うようになりながら、あの生き物について尋ねる。灰田は、あの生き物を以前はよく見たが、誰に言っても信じてもらえず、最近は見なくなり、いなくなったものと思っていたが、この町にはたくさんいるんだ、と語る。そして、あの生き物の正体を突き止める探偵団を二人で作ろう、と吉川に提案する。吉川は、かっこいい、と心踊らせる。

第16話 うそと隠しごと(第2巻)

吉川は灰田に上げるために、日々給食を残すようになる。それを見た星野は、塾を休んで以前に借りたビデオを返しに行きたい、と吉川に言うが、吉川はそれを断り、灰田に会いに行く。吉川は姉の大事なパーカーを持ち出し、灰田に着せていた。二人は、吉川が最初にあの生き物に遭遇した神社に行くことにし、その途中で、あの生き物と遭遇した状況を互いに教え合うことになり、先ず吉川が話し、次に灰田が話そうとすると、擦れ違った警察官に呼び止められたので、灰田は吉川に後を押し付けて去る。夕食時、姉はパーカーがなくなったことについて嘆き、テレビのニュースは女子児童行方不明事件を報じており、吉川はそれらに知らない振りをし、後ろ暗さを感じる。学校では、給食を残し遊びの誘いを断り続ける吉川に、友人達は不信感を募らせている。星野は一緒に下校する吉川に、今日の予定を聞くが返答が怪しい。星野は、嘘を吐いているか、と訊く。吉川は否定する。星野は、友達だから隠し事はなしだ、という吉川の言葉を口にし、本当か、と問う。吉川は、本当だ、と答え、星野は静かに受け入れ、二人は無言のまま向かい合う。その空気の重さに耐え切れなくなった吉川は、星野も父親を殺したことを黙っているだろ、と言ってしまう。雨が降り出し、吉川は逃げるようにその場から去る。吉川が来るのを待っている灰田は、誰かの気配を感じる。その先を窺ってみると、そこには星野と、異様に大きくなった、あの生き物がいた。

第17話 子どもの事情(第2巻)

あの生き物はどんどん大きくなり、目のような部分が恐ろしい口に変わり、星野を飲み込んでいく。その様子を灰田は隠れて見ているしかない。

吉川はカイテルさんの部屋に来ている。カイテルさんは二本一組の氷菓を分けて差し出すが、吉川は受け取らない。カイテルさんは、何かあったのか、と訊くが吉川は話さない。星野と遊ばないのか、と訊くと吉川はむきになって否定するので、カイテルさんは二人が喧嘩をしていることを察する。吉川は、最近は星野のことが分からなくなってしまった、星野は変わってしまった、と話す。カイテルさんは、星野の家に配達を頼まれていたが誰か代わりに頼まれてくれないか、と二人の仲直りの機会を作ろうとする。吉川は最初は断るが、お駄賃が貰えるから、という言い訳と一緒に引き受ける。星野の家の呼び鈴を押すと、妹が応対する。吉川は、星野に会いに来たわけではない、と言うものの家に上がることになる。家には、星野の家庭の事情を窺えるものが見える。吉川は妹を相手に上手く話ができない。妹は、お喋りな人と聞いていたのに、と言う。吉川は、母が帰ってくると悪いから、と帰ろうとするが、妹は、母は夜遅くまで帰らない、と答える。吉川は妹に家庭の事情を聞かされ、そういうことを星野は話してくれない、と言う。妹は、吉川が兄と喧嘩したらしいことを察すると、兄は不器用だから前の学校と同じように揉めたのだろう、と話す。吉川は、脳裏に灰田から聞いた星野の噂が過って恐くなり、帰ろうと玄関へ来て帰り支度をする。その背中に妹は、何か聞いたのか、と問う。吉川は噂を聞いたことを話し、星野とどう付き合えばいいか分からなくなった、と明かす。妹は、兄から話を聞いたのか、と尋ね、そうでないと知ると、友達ではなく噂を信じるのか、と言いつつ、父が死んだ後に兄が学校で虐められるようになったこと、父のことを図工の時間に揶揄してきた級友の頬を、兄が彫刻刀で切り付けたことを話す。そして、前の学校では暗くて笑わなかった兄が、新しい学校に来てからは、友達の話をとても楽しそうにしていた、と話す。星野のことをよく知っているはずの自分が、なぜ星野を信じてあげられなかったのか、と悔やみ、吉川は星野を探しに走り出す。

第18話 探しにいこう(第2巻)

星野を探して走る吉川の後を、あの生き物達が追い掛けてくる。吉川は星野を訪ねて回るが見付からず、最後に秘密基地へ向かう。そこで吉川は灰田に抱き付かれる。灰田は星野に起きた異変を語り、泣き出す。吉川が辺りを探すと、星野に上げたうんこマン人形が落ちているのを見付ける。灰田は、あの生き物がまた現れたらどうするのか、と訊くと吉川は震えながら強がって見せる。星野を一緒に探す中、灰田は吉川と綺麗な夕焼けを見る。夜になるが、星野の無事は確かめられない。まだ星野を探そうとする吉川だが、灰田は吉川の手を握って隣に座らせ、捜索を中止させる。吉川は、灰田も家に帰るべきだ、と言うが、灰田は、みんなにとって自分はいないほうがいい、と話す。なぜそう思うのか、と吉川が訊くと灰田は、今の母は父の再婚相手であり、二人に可愛がられる妹が羨ましかった、と話す。そして、ある時、妹が死んでしまえば自分が可愛がられるのではないか、という考えから妹を唆し、妹に大怪我を負わせ、その時にあの生き物と初めて遭遇した、と語る。そして、恐いか、と吉川に尋ねる。吉川が否定すると、色々と疲れて眠くなったから、と灰田は吉川に家に帰るように言って寝入る。吉川があの生き物や星野のことを考えていると、灰田の、泣きながら母や妹に謝る寝言が聞こえ、吉川は家には帰らず、朝まで灰田と一緒にいることにする。

第19話 公園の夜(第2巻)

大人達が、家に帰らない吉川を探して回っている。吉川と灰田は見付からないように隠れながら、夜の町内を逃げる。灰田が喘息で苦しがるので、二人は物陰に隠れて休む。すると灰田は、吉川を家出に巻き込んだことを謝る。そして、星野がいなくなったのも、わたしのせいだ、と言う。灰田は、星野を虐めていた連中は最低だ、と思って近付かないようにしていたが、星野が知られたくないことを吉川に話した自分はもっと最低だ、星野が見付かったら謝りたい、と言う。そこへ吉川の母の声が聞こえてくる。母が何を言っているかは聞き取れないが、涙を流して心配していることは窺える。その様子を見詰める吉川を見た灰田は、自分達がいることを大人達に大声で知らせる。二人は警察署に連れられる。そこに吉川の姉が駆け付け、吉川を叱る。なくなったパーカーを灰田が着ていることに姉が気付いたので、吉川は弁明するが、吉川が無事ならいい、と姉は泣きながら言う。吉川の母は姉と吉川を連れて家に帰ろうとするが、吉川は、灰田を一人にしてしまうことを心配する。しかし吉川の母は、灰田の家族がここに向かっていること、灰田の母が灰田を探し回っていたこと、灰田が見付かって泣いて喜んでいたことを伝える。別れ際に灰田は、吉川に、星野をきっと見付けてあげて、と伝える。吉川は、分かった、約束だ、と応える。灰田は笑顔で手を振る。

第20話 いつもの仲間(第2巻)

家出騒動の翌日、吉川の友人達が家の前まで来て、吉川を遊びに誘うが、吉川は外出禁止を言い渡されており、友人達は家に上がることになる。姉が普段とは見違える応対をして友人達の心を掴むのを見て、吉川は呆れる。友人達は、なぜ家出なんかしたのか、と吉川に尋ねる。吉川は、灰田と二人で星野を探していた、と話すと、灰田と付き合っているのか、といった話になり、それを姉が面白がるので、吉川は姉を追い払う。その隙に友人達がビデオを漁っていて、吉川は鬱陶しがるが、そのビデオが星野に貸したものであることに気付き、いつ返してもらったのか、と訝る。吉川は友人達に、星野に会ってないのか、と尋ね、星野の家に電話をしようと部屋を出る。そして電話を掛けるが繋がらない。番号を間違えたか、と連絡網を見るが、そこに星野の表記はない。連絡網が星野の転校前の物だ、と吉川は考えるが、その様子を見ていた友人達は、星野とは誰だ、転校生なんて来たことがない、と言う。吉川は外に飛び出し、通り掛かったカイテルさんに星野のことを尋ねるが、カイテルさんも星野のことを覚えていない。吉川は星野の家があった場所へ急いで行ってみるが、そこは空き地だった。

第21話 あいつがいない(第2巻)

学校の教室にも星野の姿はなく、皆が星野がいなかったように振る舞うことに、吉川は苛立つ。そして周囲に気味悪がられ、孤立していく。家出騒動以来、あの生き物を見なくなり、灰田の言葉を思い出し、星野を消したのはあの生き物ではないか、と考え、吉川はあの生き物にまた遭遇するために、神社に向かう。そして賽銭を盗む振りをし、振り返ってみるが、そこには何もいない。吉川は、もし噂話に惑わされて星野に拒絶するような言葉を言ってしまったから星野がいなくなってしまったのなら、それは自分のせいではないか、と涙ながらに悔やむ。一人歩いていく吉川を見掛けても、友人達は声を掛けようとしない。ただ、鳥海だけは吉川の後ろに何かがいたように感じるが、さして気に止められない。

第22話 何事もなかったように(第2巻)

吉川は学校に行けなくなり、ずっと布団に包まっている。外から小学生達の声が聞こえる。窓から、道行く小学生達を眺めながら、星野がいなくなっても何事もなく毎日が過ぎていくのなら、自分がいなくなっても同じなのではないか、と考える。姉が来て言葉を掛けてくるが、心は晴れない。担任教師のユカリが家を訪問し、吉川の部屋に入って言葉を掛けるが、吉川は応えない。いない星野という子の話をすることについて訊くと、誰にも信じてもらえないけど星野はいた、けど自分のせいでいなくなってしまった、このまま謝れなかったらずっと後悔する、星野にもう一度会いたい、と吉川は答える。ユカリは、時々変なことを言い出すから、子供は嫌いだ、でもわたしが子供の頃、ちゃんと話を聞いてくれない大人はもっと嫌いだった、と話し、吉川の言うことを全部信じるから、その子を探そう、と言う。吉川は驚きと感激で、布団から飛び起きて、何度も、本当か、とユカリに確認する。

第23話 あいつを探して(第2巻)

吉川はユカリに、あの生き物の話をし、それを探すのを手伝ってほしい、と頼む。ユカリは了承した後、吉川に、学校には来るのか、と尋ねるが、友達と気まずいから、と吉川は拒む。ユカリは、事情を友達に話して一緒に探してもらえばいい、と言うが、何を言っても嘘吐きと言われて信じてもらえないから嫌だ、と吉川は言い、明日の放課後に二人だけで橋近辺を探すことになる。翌日、ユカリは夕方からの探索のために仕事を早めに終わらせようとするが、行事の打ち合わせがあるのを忘れていた。年長の教師に、自分を抜きに打ち合わせしてもらえないか、と相談するが、理由を訊かれても、謎の生き物を探すため、などとは言えず、たまには真面目に仕事をしたほうがいい、と詰られてしまう。ユカリは、いつも吉川と遊んでいる三人に、自分の代わりに吉川に付き合ってほしい、と頼むが、最近の吉川は嘘ばかり言うので付き合いたくない、と断られる。その夕方、別の友人と遊んだ三人は、ゲームで不愉快な思いをし、鳥海が、吉川がいてくれたら、と言い出し、吉川がいないとつまらない、という話しになる。橋を通り掛かった三人は、川辺で何かを探している吉川を見付ける。森本は通り過ぎようとするが、鳥海は、吉川が嘘を吐くとは思えない、と言い出す。打ち合わせを終えて、心配しながら急いで橋に駆け付けたユカリは、三人と探索をする吉川を見付け、そこに加わる。

第24話 消えた友達(第2巻)

吉川といつもの三人とユカリは、図書館であの生き物について調べる。吉川達が騒がしくするので、ユカリは吉川達を外に連れ出す。そこでカイテルさんと出会い、皆で公園に行く。吉川はカイテルさんに事情を話し、星野を信じられなかったことを後悔している、と話す。カイテルさんは、吉川は罪悪感に苦しんでいるのだろう、と話し、人には悪いことをしたら自分の心を責める機能がある、子供の頃にした悪いことを大人になっても何度も思い出して後悔する、と話す。吉川は、カイテルさんもか、と訊くとカイテルさんは、勿論だ、と答える。更にユカリにも訊くとユカリは、そうだ、思い出す度に自分が嫌いになる、誰も見ていない、誰も覚えていないことなのに、それで自分を傷付けるなんて不思議だ、と答える。吉川は他の子らに呼ばれて駆けていく。二人の大人は、子供達を静かに眺める。ユカリは、それは大人になっても苦しむ呪いのようなものだ、と呟く。その夜、吉川は布団に入って、あの生き物のことを考えている。誰もいないし自分しか知らないことなのに、あいつはいつも見ている。自分の心を知っているなら、あいつは自分ではないか。そう思い至ると、吉川はこっそりと家を抜け出し、もう壊れて潰れてしまった秘密基地まで来て、もう悪いことはしないから星野を返してほしい、と願う。そして、ゲームは一時間でやめるし、家の手伝いもするし、姉と喧嘩もしないし、宿題も毎日する、とその代償に引き受けることを挙げていると背後に巨大な、あの生き物が立ちはだかり、吉川を見下ろしていた。

第25話 忘れていた記憶(第2巻)

吉川は巨大な、あの生き物に向かい、星野をどこにやった、おまえは何者だ、と問う。すると、あの生き物は恐ろしい勢いで吉川に迫り、何本もの腕を伸ばして吉川を捕らえて体内に取り込む。吉川は気付くと、吉川の希望とは違った玩具を買ってきてしまった祖母を、責めて困らせた記憶の中にいた。その次に、隣の席の女子とのことを囃し立てられ、その女子のことを本人の前でブスと言って泣かせた記憶に飛び、更に次々と、自分が忘れたかった嫌な記憶を辿る。吉川は、やはりあの生き物は全てを見ていた、と確認する。やがて吉川は、星野を傷付けた記憶に辿り着く。去っていく星野の背中に吉川は、違うんだ星野、と叫ぶと星野は振り返り、吉川を見る。すると景色が、星野が前の学校で級友を切り付けた場面に変わり、吉川は自分が星野の記憶の中にいることに気付く。

第26話 言えなかったこと(第2巻)

吉川は、どこにいたんだ、探していた、と星野に言うと星野は、ずっとここにいた、と答える。周囲には巨大な、あの生き物達が立っている。星野は、ここはあいつの中だ、と言う。吉川は、もう帰ろう、と言って星野の手を取るが、星野は手を離し、自分は帰れない、吉川だけ帰れ、と言う。なぜだ、と問うても星野は答えるのを拒む。吉川は、隠し事はなしだ、灰田とのことを黙っていて悪かった、星野に話を聞かず、星野を傷付けるようなことを言って後悔している、と伝え、ごめんなさい、と謝る。すると、周囲のあの生き物達が少し小さくなる。星野は、吉川に話していなかったことを話し出す。両親の仲が悪く、父の酒癖が悪く、母が仕事で帰りが遅く、家にいるのがつらかった。家で酔った父と二人きりの時に、父に暴行を受け、逃れるために突き飛ばしたら、父は机に頭を打ち付けて倒れた。母が帰ると救急車を呼んで待つ間、父は一人で転んだことにする、このことは誰にも言うな、と言い付けられた。その後、しばらくして、級友と互いの秘密を言い合うことになり、そこで父とのことを言ってしまい、相手に人殺しと呼ばれ、秘密はばらされ、学校で虐められるようになった。妹も虐められるようになり、母も仕事をやめて、引っ越すことになった。それは全て自分のせいで、もう友達はいらない、と思っていたが吉川に出会って嬉しかった。でも吉川が自分の秘密を知ったらどう思うのか、と考えると胸が苦しくなった。苦しくなるほど、あの生き物は大きくなった。あいつは自分の罪悪感だ、と気付いた。だから自分には吉川の友達になる資格がない。そう語る星野に吉川は、馬鹿野郎、そんなわけない、早くここから出よう、と言って再び星野の手を取る。星野は、自分がこの世から消えたいと願ったから、あいつがそれを叶えてくれた、あいつに助けられた、と言い、吉川がいないと皆心配して悲しむから、吉川だけ帰れ、と言う。吉川は、星野がいないとおれが悲しい、星野と一緒じゃないと帰りたくない、と泣く。星野は、おれが恐くないのか、と訊く。吉川は、何でそんなことを思うんだ、と答えると、あの生き物達は消えていき、二人は現実世界に戻る。吉川は、母にまた怒られるだろうけど帰ろう、と言って手を差し出す。星野は、その時は一緒に謝る、と言って、その手を握る。

最終話 言いたかったこと(第2巻)

吉川は中学生になり、身に馴染まない制服を着て、学校の始業式に向かう。その途中、公園で小学生達に話をしているカイテルさんを見掛けるが、吉川は声を掛けることもなく、思いを断つように、その場を通り過ぎる。星野を取り戻してから、あの生き物を見ることもなくなり、誰もそのことを話さなくなっていった。吉川も忘れつつあり、一連の出来事は夢だったのではないか、という気がしてきている。だが、たまにあの生き物に会いたくなる気持ちが湧く。始業式を終え、いつもの三人と一緒に帰途を行く吉川だが、同じく帰途を行く新中学生達の中から、女子の姿を気にしている。友人達が食事の予定を話し合う中、見覚えのある女子の姿を見付けた吉川は、友人達と別れて、その女子を追い掛けて声を掛ける。振り向いた女子の顔を見て、吉川は頬を染める。吉川は、成長した灰田との距離に迷いながら、相手が灰田であることを確かめるが、灰田は吉川を覚えていない振りをする。落ち込む吉川に、灰田は笑いを堪えられない。灰田は改めて、また会えたことを吉川と確認し合う。そして、とても言いにくそうに、星野の存在を問おうとするが、その足元にあの生き物が現れる。それに気付いた吉川は、走り去るあの生き物を追い掛け出す。吉川の後に続く灰田は、あいつは悪い妖怪ではなかったのか、放っておこう、と言うが吉川は、違う、あいつはいつも見てくれていて、犯した失敗を一人で抱えて押し潰されそうな時に現れて、謝る機会を作ってくれていた、と言う。そして、おれ達は助けられていた、と言う。曲がり角で、あの生き物と入れ違いに、星野が現れる。吉川は、あの生き物を見失う。灰田は星野に、噂を吉川に話したことを謝る。そして、ずっと後悔していた、と伝える。その様子を、あの生き物が物陰に隠れて見ている。星野はじっと黙っている。灰田は、許してもらえない、と思って泣き出し、吉川は何とか二人の間を取り持とうとする。星野はようやく口を開くと、そんなことを気にしていたのか、と驚いていた、と言い、おかげで吉川との仲が深まったのだから気にするな、と言う。灰田は許してくれたことを星野に感謝する。その時、もうあの生き物は消えている。星野は、あの生き物を探すのなら付き合う、と申し出るが吉川は、あの生き物のことはもう探さないつもりであることを伝える。そして感謝を伝える。三人は、食事の予定を話し出し、あの生き物のことは忘れていく。

第1巻

出産を控えた妻の言葉で、吉川は忘れていた記憶を呼び起こす。小学生の少年時代、吉川は神社で不思議な生き物を見て以来、その生き物を気にしながら日々を送るようになる。隣町からやって来た星野の暗い過去を知る、同じくその隣町に住む灰田という少女が、友人達と会えない夏休みの時間に現れ、吉川は彼女に振り回される。そして、彼女の言葉によって、星野との関係が不安定になっていく。

第2巻

星野との関係の回復を願って立てられた秘密基地は、灰田の手が入り、灰田の影響力が付き纏う。秘密基地に星野の居場所はない。町は、行方不明の灰田のために雰囲気が変わり、そのせいで吉川は友人達との約束を守れず、そのことが更に灰田との関係を深めさせる。吉川は家族や友人達との関係よりも、灰田との関係を優先するようになり、そのことを問い詰める星野を吉川は拒絶し、星野は不思議な生き物に消される。カイテルさんの計らいで星野の妹と話した吉川は、星野を探そうとするが、灰田はそれを阻止し、更に吉川を家出に巻き込む。しかし家族を惜しむ吉川を見た灰田は、家出を終わらせ、吉川に、星野を取り戻せ、と告げて去る。星野が消えた町で、吉川は学校での居場所を失うが、ユカリの手助けで学校外の居場所を得て、大人になり切れない大人二人の言葉を聞き、夜、家を抜け出し、壊れた秘密基地に向かい、不思議な生き物に会い、そこで星野を見付け、和解して取り戻し、日常に帰還する。その後、吉川達は少し大人に近付き、不思議な生き物が絡んだ一連の出来事を忘れていく。同じく少し大人になった灰田に見惚れながら、吉川は灰田と星野の和解を見届け、不思議な生き物との関係を終わらせる。

全体

吉川の日常の世界の中に、非日常を隠し持つ星野が紛れており、それを知る、同じく非日常を持つ灰田が現れて、吉川と仲良くする星野を羨み、自分や星野の隠し持つ非日常を引っ張り出して、吉川の日常の世界を侵す。そして星野を排除し、吉川を家族や学校と切り離して非日常の側へ引き込もうとするが、吉川を悲しませたくないことに気付いた灰田は、身を引く。吉川は壊れかけた日常の中で、ユカリとカイテルさんに支えられて星野を見付け、日常を回復する。灰田は星野と同じように、吉川と日常の世界の中で生きていくようになる。

作品冒頭に現れる、吉川の妻は誰か。

作品を通して見れば、髪型が似ていることから灰田であるように思えるが、妻は姉との出来事を話している。作中には、灰田に姉がいる話は出てこない。それは灰田に姉がいないことを意味しないが、いるとすれば、その話が出てこないのは不自然だ。

灰田には妹がいる。もしかしたら、吉川は灰田の妹と結婚したのかも知れない。あるいは、単に初恋の相手である灰田に似た女性と結婚したのかも知れない。いずれにしても、吉川の妻が誰なのかを断定することは難しい。

しかしそのことは、あまり重要ではないだろう。ここで重要なのは、吉川の子供がもうすぐ産まれることと、それが吉川が忘れていた記憶を呼び起こす切っ掛けになっていることだ。吉川の少年時代の物語は、これから産まれようとする子供と結び付いている。

この作品の要は、吉川達の周辺に出没する、あの不思議な生き物だが、その正体は最後まで明確にされることはない。この作品の正体を知るには、やはりあの不思議な生き物の正体を知らなければならないだろう。

あの不思議な生き物は、吉川達の前に現れ、黙って彼らを見る。その身体は白く、手足の他は、顔に相当するだろう部分に瞳孔のような黒くて艶やかな丸い器官がある。それは、時に恐ろしい口となる。星野はそれに飲み込まれ、世界から消されてしまった。

鳴き声のようなものはないが放屁をする。移動に伴ってすることもあれば、吉川に尻を向けて侮辱するようにすることもある。何らかの感情は持っているようだ。

あの不思議な生き物は、何の目的を持って吉川達の前に現れ、彼らを見るのか。見て何を感じているのか。何かを伝えたいのか。不明だ。

あの不思議な生き物には、表情も鳴き声もなく、吉川達に直接接触しようとする気配もない。寧ろ吉川達のほうから近付こうとすると逃げる。だから、その正体を掴む材料に乏しいが、あの不思議な生き物の振る舞いだけではなく、あの不思議な生き物に対する登場人物達の振る舞いにも注目することで、その正体に迫れるように思われる。

あの不思議な生き物を見るのは、子供達だけだ。大人達は一人も見ていない。そして、もし子供達が誰でも見るものなのであれば、子供達だけの公然の秘密のようになっているはずだが、そうではない。あの不思議な生き物は、吉川の周辺でだけ見られる。

あの不思議な生き物を見ているのは、主役の子供である吉川、星野、灰田の三人に加え、脇役の子供である森本と鳥海だ。しかし森本と鳥海は、吉川達のようには、あの不思議な生き物に深く囚われない。

そもそも吉川と星野の、あの不思議な生き物に対する態度は妙だ。最初にあの不思議な生き物に気付いた時、吉川は「おい、何見てんだよ」と言っている。そして、あの不思議な生き物に対し誤魔化しや弁明をする。まるでそれが自分と同じような一人の子供であるかのように。

星野もまた、吉川と共に見た、あの不思議な生き物に対して、特に驚くこともなく平然としている。あの不思議な生き物を見て驚き怯え、自身が直前に冷たく切り捨てたはずのカイテルさんに助けを求める、森本の姿と比べれば、その差は明らかだ。

吉川と星野にとって、あの不思議な生き物は日常の範囲だ。と言うより、吉川と星野も、あの不思議な生き物と同質な存在ではないのか。

そこで、吉川の目の形状とあの不思議な生き物の形状の類似にも注意しよう。あの不思議な生き物の形状は、見ることが主な役割であることから、目を元にしているようだが、普通ならそれは写実に近い眼球の形にされるはずだ。それは普遍的な目を表すためだ。

しかしあの不思議な生き物の形状は、そうではない。この作品の登場人物達は、それぞれ目の表現が強く描き分けられているが、その中でも吉川とその家族らの目の形状に、あの不思議な生き物の形状は似せられている。

あれは自分ではないのか、という吉川の直感からも、あの不思議な生き物は普遍的な目を表現しているのではなく、吉川の目と関わる何かを表現している。そして、その吉川と特別な関係となる、星野や灰田も、吉川の目と何か関わってくるはずだ。

そうであれば、あの不思議な生き物の正体を知るには、吉川、星野、灰田、この三人の正体を知らなければならないだろう。

この作品は、冒頭で、それが吉川が忘れていた過去の出来事であることが提示されつつ、小学生男子の戯画化した日常の物語として始まっている。しかし、その物語には最初から、あの不思議な生き物という奇妙な存在が付随している。

その奇妙な存在は、小学生男子の戯画化した日常を、その一部となって支えながらも、やがて、日常を侵食する、非日常を象徴する不気味な存在となっていき、吉川を脅かすことになる。

その転換点はいつか。その予兆は、吉川があの不思議な生き物の出現条件を理解し始めた辺りだ。そしてそこから、あの不思議な生き物が出てこない、夜の公園での吉川とユカリの会話があり、これもまたあの不思議な生き物が出てこない、昼の公園での星野とカイテルさんの会話を経て、星野がカイテルさんの気持ちに理解を示し、その後、星野が吉川の悪口を言った妹を殴り、そこに現れたあの不思議な生き物に、星野がその正体を問い、その後日に灰田が現れ、吉川の日常は揺らぎ始める。

ここで注意すべきは、当初、星野はあの不思議な生き物のことを、見覚えがありながらも忘れていたことだ。それが、吉川を悪く言う妹を殴ったことで、星野はあの不思議な生き物と(再び?)向き合うことになる。恐らくは、ここがあの不思議な生き物が変質していく転換点だろう。

ここで更に注意しよう。星野も灰田もあの不思議な生き物には覚えがある。灰田は妹に大怪我を負わせた時、あの不思議な生き物を見ている。星野も妹を殴った時に、あの不思議な生き物を見ている。この二つのことを考えれば、星野が父を意図せず殺してしまった時にも、あの不思議な生き物を見ることになりそうなものだ。しかし、そうはなっていない。

星野の過去の告白は、あの不思議な生き物の中の不思議な空間で、あの不思議な生き物に囲まれながら、行われている。父を殺した時にあの不思議な生き物を見ていれば、そこでそのことを吉川に話さないはずがない。星野は、その時にあの不思議な生き物を見ていない。

しかし星野は、あいつは自分の罪悪感だ、と言っていて、更には、吉川に自分の秘密を知られたら、と思うとあいつは大きくなった、とも言っている。星野は吉川と知り合った後に、あの不思議な生き物の存在を意識していた。星野は、あの不思議な生き物のことを忘れていたのではない。忘れた振りをしていたのだ。

では星野は、いつ最初にあの不思議な生き物を見たのか。いや、そもそも見る必要など、なかったのではないか。星野の言葉通り、あいつは星野の罪悪感、あの不思議な生き物は星野の心そのものだった、ということではないか。

しかしそう考えると、吉川の出した答えと齟齬が出てくる。吉川は、誰も知らないはずの自分のことを知っている、あの不思議な生き物は自分(吉川自身)の心だ、と理解した。そして吉川は、あの不思議な生き物を通じて、自分の記憶を見て、しかし更に星野の記憶も見る。もし星野の記憶だけだったなら、状況は星野の言葉と一致した。なぜそこに吉川の記憶があったのか。

考えられるのは、あの不思議な生き物は、星野の心でもあり、吉川の心でもある、ということだ。

あの不思議な生き物は複数いて、更には複数の子供達の前に現れ、そして彼らを見ていた。吉川達と関係の薄そうな女子達のことも、彼女らの前に現れはしなかったが、見ていた。

もしあの不思議な生き物が星野の心なら、それは星野の前にしか現れないだろうし、吉川の心なら、吉川の前にしか現れないはずだ。しかし実際には、あの不思議な生き物は、星野のいないところで吉川の前に現れ、吉川のいないところで星野の前に現れ、星野も吉川もいないところで、他の子供達の前に現れている。

あの不思議な生き物は、仮に誰かの心だとするなら、独立した、それぞれの子供達の心だ。しかし、にも拘らず、あの不思議な生き物の中で、吉川は自分の記憶を見て、星野の記憶も見た。あの不思議な生き物が子供達個人それぞれの心だとするなら、吉川があの不思議な生き物の中で見られるのは、自分の記憶か星野の記憶のどちらかだけのはずだ。

ここで考えられるのは、一つは、あの不思議な生き物は子供達個人それぞれの心でありながら、底のほうでは全てが繋がっている、ということだ。しかしそれなら、吉川があそこで自分と星野の記憶だけしか見ていないのは、少しおかしい。

もう一つは、あの不思議な生き物は子供達個人それぞれの心であり、底のほうで繋がってはおらず、しかし吉川と星野だけは繋がっている、ということだ。二人は現実では独立した存在だが、あの不思議な生き物を通した時、二人は何らかの形で繋がった存在となる。

さてここで一旦、あの不思議な生き物と星野についての考えは置いておき、灰田について考えたい。というのも、この作品の転換点以降、吉川の前に現れ、その日常の侵食を主導するのが彼女だからだ。

灰田は、星野と同じ場所からやって来て、星野の知られたくない過去を吉川に話して、星野との関係に亀裂を入れ、吉川が星野との関係回復のために建てた秘密基地に入り込んで、その邪魔をし、星野を吉川から遠ざけ、行方不明事件の影響を以て星野以外の友人らも遠ざけ、その隙に付け入って関係を深め、吉川に対する、かつての星野の位置を奪い取る。星野は吉川の異変に気付き、吉川との関係を修復しようとするが既に時遅く、吉川は星野を明確に拒絶する。

その後、灰田の前で星野は、不思議な生き物に飲まれて消され、その時の恐怖を語りながらも、灰田は吉川に抱き付き、吉川は無理して灰田を安心させるような態度を取り、星野捜索という名目で二人はデート紛いの時間を過ごす。夜の公園で、灰田は吉川の手を握って隣に座らせ、星野捜索を中止させ、寝言で吉川の心を引き寄せ、吉川を日常から引き離すことに成功する。

恐らく決定的になったのは、秘密基地の傍で、灰田が吉川に自分の死をちらつかせてからだ。灰田は、その出会いから、吉川に平手打ちを喰らわしている。そして秘密基地では、吉川の目の前で脱衣している。灰田は、吉川に身体性を植え付け、吉川の日常に身体性を持ち込もうとしている。

身体性とは、肉体の生々しさであり、現実性とも言える。それは具体的に言えば、暴力と死とセックスのことであり、それらは吉川の日常から、作者によって意図的に排除されているはずのものだ。

吉川の日常には、暴力と死とセックスがない。それは吉川がまだ小学生ということもあるが、それだけではない。吉川の日常は、吉川という(架空の)小学生男子の、特定の時間を切り取ることで成立している。切り取るとは、加工のための準備であり、加工とは、吉川の身の周りに起こる、小学生男子らしい出来事を、面白おかしく戯画化することだ。

吉川の日常とは、本来は小学生男子らしい出来事を面白おかしく戯画化するために、作者によって設計されているものだ。そして、それを妨げるものは、作者によって排除されている。その妨げるものが、暴力と死とセックスであり、更に、ここに「成長」を加えてもいい。

作者が描こうとする小学生男子らしさを脅かすのが、暴力と死とセックスと成長だ。この小学生男子らしさとは、何も風紀的な意味ではなく、創作の題材としての意味だ。

作者が描きたいのは、友人と遊ぶ資金の工面に四苦八苦することだったり、奇妙な同級生や、奇妙な大人の知り合いとの交流だったり、友達とのよくある衝突や喧嘩だったり、演劇を巡る騒動だったり、何気ない悪戯が思わぬ流血騒ぎに発展して気まずくなったり、憧れの男子の格好悪いところを知ってしまったり、大事な物を盗られたと勘違いして先走り、友人を傷付けてしまって反省したり、じつは勘違いが勘違いではなかったり、といったことであって、陰湿で深刻な虐めや、刃物が飛び出すような衝突や、子供に対する親からの暴力や、意図しない父殺しや、妹の死を願っての悪意に満ちた唆しや、性の芽生えではない。

作者が描くつもりだった世界は、「サザエさん」に代表されるような、時間を大きく動かさない、そのために登場人物が成長しないし、死にもしない世界だ。怪我や病気はするかも知れないが、それは一つの挿話を描くためのものであり、それが描き終われば翌日にでも完治する。別の挿話に何も影響を与えないように、一切の傷跡や後遺症を残さない。

勿論、作者が登場人物に新たに設定を付け加えるつもりなら、その限りではないが。

基本的に何も加わらないし、何も欠けないし、何も変わらない。精々、事件が起こっても、憧れの男子が小便を漏らすことくらいだ。しかしそれも、その人物の、元々あったが隠れていた、意外な一面を見せることでしかないだろう。それが起こっても、登場人物達の関係は、何も変わらない。

その異様に安定した時空間で、吉川らに日常を演じさせ、それを戯画化して、安定して読者に見せ続けるのが、漫画家としての作者の、本来の意図であり仕事だ。そして、その異様に安定した日常を象徴するのが、主人公である吉川だ。

しかし作者は、そういった意図を込めながらも、それと同時に、その意図とは異なるものを、作品に潜ませ、この作品を始めた。その、異なるものとは、星野および灰田だ。

この作品は、既に書いているように、吉川の日常が壊され、それが修復されていく過程を描いている。その日常を壊すのは灰田だが、灰田は途中で心変わりし、星野を取り戻せ、と吉川に告げて退場する。ここで重要なのは、日常の破壊者が去っても、日常は回復しない、ということだ。吉川は灰田も星野もいなくなった後で、日常の欠損に苦悶し迷走することになる。

単に灰田の存在が吉川の日常を邪魔していただけなら、その灰田が去れば、日常は回復するはずだ。しかしそうはならない。吉川の日常は、吉川一人だけでは成立していない。灰田は、吉川と共に日常を成立させている何かを、吉川から奪うことで、日常を壊してしまったのだ。

その何かとは、明白だ。星野だ。更に、ここには他の友人らと家族が加わる。しかし灰田は、家族を眺める吉川を見て、家出を中止し、吉川を家族の許に返し、自身も家族の許に帰っていく。灰田は、吉川から家族を完全に奪うことはできなかった。と言うより、灰田は家族を完全に否定することができなかった。

灰田は家族に敗北した。灰田は家族への不信を吉川に話し、吉川は後日、灰田に家族の悪くなさを話す。その吉川を家族から切り離そうとした灰田は、家族の悪くなさを否定し、家族に代わる、より良い何かを得たかったのだろうが、灰田は同時に、吉川と一緒にいたい、とも願った。

誰かを愛し、誰かに愛されたい、という気持ちは家族の起源だ。灰田は、結局は、自分は家族を欲しているのだ、と思い知って身を引いた。灰田は、家族の価値を確認するために、一連の騒動を引き起こしたのだ、と言える。

さて。吉川の日常は、星野と他の友人らと家族で成立していた。灰田は去り、吉川は家族の許に帰り、他の友人らも戻ってくるが、吉川は以前のようには、家族とも他の友人らとも、上手く関係することができなくなっている。星野がいなければ、吉川の日常は壊れたままだ。

これは少し奇妙な事態だ。星野が親友だった、とはいえ、家族も他の友人らもいて、日常が機能しないとは、どういうことか。それは、少し物足りない日常などというものではない。吉川は明らかに病んでいる。吉川にとって星野は、家族や他の友人らでは埋め合わされることのない、特別な存在であることが判る。

灰田はその特別な存在を消すことで、吉川と家族の関係を揺るがそうとした。灰田にとって星野は、吉川と家族を巡る問題だった。だが吉川にとっては星野は、家族とは違う問題だ。だから吉川は、夜中に家を出て、家族から離れて、壊れた秘密基地まで行って、一人で星野に会う必要があった。そしてそこには、あの不思議な生き物もいる。

灰田は吉川を手に入れたかった。そのためには吉川を家族から切り離す必要があり、だから灰田は、吉川と家族を結び付けている日常の鍵となる星野を、吉川から奪う必要があった。

あの不思議な生き物は、星野を飲み込んで世界から消した。世界から消えることは星野自身の願いでもあったことが、星野自身の口から語られる。灰田の願いと星野の願いは、不思議なことに、ここで一致する。しかし、吉川の願いとは一致しなかった。

灰田は星野を世界から消そうとした。それは、繰り返すが、吉川を家族から切り離すためだが、果たしてそれだけか。

灰田は、吉川にとって星野が特別な存在であることを知り、星野が羨ましい、と言った。その後、灰田は、星野がいた、その特別な位置を奪う。その時、灰田は吉川に、かつて自分が妹の死を願って行動したことを告白し、恐いか、と訊く。

灰田が身を引いて、吉川が星野を見付け出し、星野を連れ帰る時に、星野は自分が父を死なせてしまった過去を、吉川に告白した上で、灰田と同じようなことを、吉川に訊いている。どちらの時も吉川は、恐くない、という態度を相手に取っている。

灰田も星野も、死の匂いの漂う暗い過去を持っており、それに対して吉川に、恐くない、と承認されることが、吉川にとっての特別な存在となることを表しているようだ。

灰田は吉川にとっての特別な存在になりたかったから、星野を消し、吉川と家族を切り離そうとしたが、だとすれば、そこまでする必要があったか。星野を消さずとも、星野と一緒に暗い過去を告白し、星野と一緒に吉川にとっての特別な存在になればよかったはずだ。実際に、物語はそのような終わりを迎えている。

しかしその展開は、一度星野が消えなければ、ありはしなかった。もし吉川が、何事もなく、最初から二人の暗い過去を承認できるのであれば、そもそも灰田は、星野の過去を話すことで、吉川と星野の関係を壊すことはできなかった。星野の過去は、吉川と星野の関係を壊してしまう。それはなぜか、と言えば、吉川は暗い過去を知ることを恐れているからだ。吉川は暗い過去を承認することが、その時点ではまだできない。

しかし吉川は、星野の過去を承認できない一方で、灰田の過去は承認してしまう。この承認の後に、吉川は灰田と探偵団を結成し、星野を拒絶し、星野は世界から消える。ではこの承認の前には何があったのか、というと、灰田が空腹で倒れている自身を吉川に見せている。それで吉川は灰田の死を予感した。

その前には、目の前での灰田の脱衣があり、更にその前には、灰田からの平手打ちがある。吉川はここまでで、灰田に身体性を徐々に植え付けられている。その仕上げに、究極の身体性である死を、灰田は吉川に意識させた。

吉川が、星野の過去は承認できず、しかし灰田の過去は承認した差異は、ここにある。平手打ちも、脱衣も、空腹による衰弱も、それらが吉川に衝撃を与え身体性を植え付けるのは、灰田自身が既に強く身体性を帯びているからだ。そしてその身体性を、灰田は吉川に、隠すことなく、繰り返し主張している。

それは、灰田が星野の暗い過去を露にし、自身の暗い過去を露にすることとも繋がってくる。灰田は身体性を隠さないし、暗い過去を隠さない。ここで身体性と暗い過去は結び付いている。

暗い過去を知られたくない星野は、灰田と同じように身体性を持ちながらも、それを隠している、と言える。二人の差異は、身体性を露にするか、しないかであり、それが吉川が暗い過去を承認できるか、できないかと繋がってくる。

吉川は星野の暗い過去=身体性を恐れていた、というより、星野が暗い過去=身体性を隠すから、吉川はそれを尊重して、承認することができなかったのだ。その一方で吉川は、暗い過去を=身体性を露にする灰田は承認する。吉川自身は暗い過去=身体性を嫌っているのではなく、寧ろ強く惹き付けられてしまう存在なのだ。吉川は、だから暗い過去=身体性を隠したがる星野に、一層慎重であろうとした。

だがそこに灰田が現れ、隠されたものを露にしようとするので、当初は吉川は腹を立てる。しかしそれが吉川への欲求の故だと分かってくると、段々抗えなくなる。

裸を隠したい者。裸を見てもらいたい者。裸は見たいけど、無理に裸は見たくない者。星野と灰田と吉川だ。

それだけなら、吉川は灰田の裸だけを見て、星野の裸を見ない、という関係に落ち着くことで、丸く収まりそうなものだ。しかし、「裸」が身体性を指しているとなると、そうはいかない。漫画に於ける身体性とは、そこで描かれる現実性の水準のことであり、異なる現実性を持つ者が、一つの漫画に同居することはできない。漫画の現実性が狂ってしまうからだ。

勿論、漫画というものは、そのような狂った奇抜な表現も許容可能なのだが、この作品は、そういう奇抜さを志向していない。というより、二つの異なる現実性を持つ人物を描いてしまって狂いそうな現実性を、狂うことがないようにどう決着させるかを、この作品は志向しているように思われる。

何にしても、星野と灰田は一つの漫画内に両立しない。吉川は灰田に魅了され、彼女を選んでしまった以上、星野は漫画内から消えなくてはならない。しかしそれは吉川の望みではなかったし、吉川の望みを顧みないことは、灰田の望みではなかった。

灰田は、ただ自分のことを吉川に知っていてほしかった。その望みは叶ったので、灰田は「身」を引き、星野を取り戻せ、と吉川に告げる。しかし、灰田に植え付けられた身体性を引き摺る吉川は、帰ってきたはずの日常と齟齬を起こし、苦しみ悩む。

その背負ってしまった身体性を、どうしたらいいのか。しかし吉川は、身体性を持ちながらも、それを隠して上手く日常に溶け込んでいた人物を、よく知っている。そういう意味でも吉川は今こそ、星野を見付けて、彼と和解しなければならない。

この作品は、異なる身体性を巡る葛藤を描こうとしている。それを象徴するものの一つとして、空腹が出てくる。この作品には、二つの異なる空腹が描かれている。一つは、星野や吉川が捨てた食べ物を拾って家族を養う(?)貧乏な伊藤の空腹と、吉川に死を予感させる灰田の空腹だ。

伊藤の空腹を、吉川と星野は笑いにする。二人が笑うわけではなく、読者に対して伊藤の抱える空腹を、二人は笑いにして提示している。捨てられた食べ物を子供が拾って食べなければならない境遇は、相当に悲惨なはずだが、吉川はそこに死を予感しない。

一方で、灰田も家出中は、ゴミ捨て場を漁って生きていた。目の前で捨てられた食べ物を拾うことに比べて、食べ物があるかも分からない所で、食べられるかどうかも分からない食料を探し求めることは、悲惨さの度合いがだいぶ違うものの、伊藤の場合のようには、吉川は灰田の空腹を笑いにできない。

この作品の食べ物は、この作品の扱う現実性の行方を象徴している。それを笑える空腹に繋げるか、笑えない空腹に繋げるか。灰田が吉川に駄菓子の万引きを指示するのは、その転換への前段だ。吉川は万引きをやり遂げないが、灰田にすれば、吉川が自分に食べ物を与える用意がある、と確認できただけでも満足だ。

やがて吉川は学校の給食の一部を残して灰田に分け与えるようになり、小学生にとって高価値のプリンを分け与えるようになり、母に頼まれた、家族のために買った食べ物までも、灰田に分け与えるようになる。

吉川は空腹に対する二つの態度の間で迷う。空腹を笑うか笑わないか。というより、空腹を笑えるものとして位置付けるか笑えないものとして位置付けるか。空腹を笑えるには、それがいかなる場合も死に結び付かないことが保障されている必要がある。吉川は死の可能性を、菓子のようには容易に捨て去ることができない。

星野も灰田も、その死の可能性を漂わせた子供だ。吉川が星野の家に遊びに行った時に、星野の夕飯代を駄菓子屋で使わせるのは、吉川の、この時点での空腹に対する態度が、死の可能性よりも笑いの可能性が優位であることを示している。しかしその後日、吉川は灰田に、灰田が死なないための駄菓子を要求され従ってしまう。ここで吉川は灰田に、空腹に死の可能性があることを意識させられ、星野との間にあった駄菓子の意味を変質させられている。

死の可能性を帯びた星野は、空腹に死の可能性を感じない吉川に敬服していた。だが、灰田によって、空腹に死の可能性を感じるようにさせられた吉川は、星野と上手く関係できなくなっていく。

星野も灰田も共に、死の可能性を帯びた子供だが、星野は吉川に死の可能性への意識を薄められ、逆に灰田は、吉川に死の可能性への意識を強めさせた。この違いは何か。そこには性別の違いが関わってくる。

吉川は女子に弱い。それは女子であって女性ではない。大人の女性である母やユカリは吉川に優位だが、吉川に死の可能性を意識させる力はない。姉も、もしかしたら女子の内には入るかも知れないが、吉川と同年の女子達ほどの力はないだろう。

吉川達が靴の悪戯による流血を巡って騒いでいる裏で、小鳥の死骸を巡って小さな挿話を演じていた二人の女子がいたことを、思い出そう。この作品では、女子は男子より死に接近した立場にあり、それが吉川達男子との距離を生んでいる。その女子達は概して、男子達、特に吉川には冷たい。星野の妹も、吉川には辛辣な態度を取る。

現実の小学生女子も、現実の小学生男子にはしばしば冷たいものだろうが、この作品では、ここに特別な意味が付与されている。そのことは、男子である鳥海が女子に唆されて張り切って女装をし、その姿を笑われたこととも関わってくる。

どんなに張り切ろうとも男子は女子にはなれない、ということを女子達は鳥海に残酷な形で突き付けたが、それを以て逆の意味を、女子達は何者かに向かって突き付けている。即ち、どんなに張り切ろうとも女子は男子にはなれない、と。

男子は基本的に馬鹿で能天気だ。それは、何よりも吉川の属性であり、死の可能性を感じないことの象徴でもある。そして女子は基本的に死に接近した立場だ。死とは身体性の究極であり、身体性とは成長可能性のことでもある。男子達が流血に怯える裏で、二人の女子は死を箱に放置して去る。ここでは流血と死は象徴的に対置されている。

男子達にとって流血はいずれ収まり忘れ去られる出来事だが、女子達にとって死は、箱に放置して去ろうとも、いつまでもそこにあり続けるものとしてある。男子は流血=死を忘れることができるが、女子はそれを忘れることはできない。女子は、いずれ一定周期の流血をその身に繰り返すことを、宿命付けられているからだ。

ここに、吉川が女子に弱い、吉川が女子(灰田)に死を意識させられてしまう、その根拠がある。吉川は架空の小学生男子であり、その男子を作り出し、それを作中で演じるのは、女性である、この作品の作者だ。

吉川とは流血=死を想像の力で忘れた女性としてあり、同時に作中の女子達にそのことを批判される者としてある。その女子達の筆頭が灰田だ。そして、その作中の女子達もまた、作者が作り出し演じる者であることから、作者は作者自身を、この作品で批判しようと試みている。

なぜそのようなことをするのか。

この作品は小学生男子の日常を描こうとしているが、その日常は恐らくは作者の実体験に根差しており、なら本当は小学生女子の日常として描くべきなのだが、戯画化が目的である場合、その限りではない。

小学生女子を主人公とするなら、女子にだけ起こり得る「流血」の経験を描くか否かを迫られる。それも成長途上の、馴れない「流血」を。「流血」に馴れているはずの大人の女性達は、だから吉川に強い力を持たない。馴れない「流血」は成長途上の女子にとっては、日常を脅かす、非日常の経験なのだ。

もしそれを描くのであれば、この「流血」の経験を戯画化しなければならない。恐らく、それは容易ではない。小便を漏らすことは面白く描きようがいくらでもあるが、この「流血」はどうか。子供から大人への身体的成長であることを免れ得ない、この、女性特有の生理現象は、戯画化ととても相性が悪い。

もしそれを描かないなら、日常を偽ることになる。そこにあったはずの出来事を、それがなかったかのように。だが、それが許されるなら、そもそも女子であることさえ偽ってもよくなる。そうして、かつて女子であった作者は、日常を切り取り面白く描くために、小学生男子としての、本当は経験したことのない日常を作り出すことになる。

作者はここで迷いを感じる。作者が日常を作品にしようと思うのは、その日常がかつては本当にあって、その時間を自分の身を以て生き、その時に本当に感じたり思ったり考えたり悩んだりしたことを、恥ずかしく思ったりしながらも懐かしみ愛し、その時の種々入り交じった複雑な記憶を、誰かに届けて知ってもらい、分かる、わたしも同じような経験をした、などと共感したり楽しんだりしてもらいたいからだ。

作者は自身の記憶と経験を売る。しかし、売り物である以上、多少は商品らしく加工しなければならない。作者はそこで性別をも加工した。女子であったことが、日常の面白さに不要だったり、邪魔だったりしたからだ。そのことに、他ならない、その日常を生きてきた作者自身の記憶と経験が、抗議した。それが本当にあなたが描くべきものなのか、と。

吉川は、女性であることを偽った、作者の分身であり、それを批判しに、吉川の住む町とは分けられた隣町からやって来たのが、灰田だ。となれば灰田とは、偽らざる女性としての作者の分身か。

これは、そうだ、とも言えるし、そうではない、とも言える。というのも、偽らざる女性としての作者は、創作者として、日常を偽りたい欲求を抱えると共に、それを肯定したくもあるし、否定したくもあるからだ。その水準でいえば、吉川も星野も灰田も等しく、偽らざる女性としての作者の、迷える分身だ。

隣町とは、身体性を強いられる領域であり、だからそこに住んでいた星野も灰田も身体性を持たされ、そことは違う町に住む吉川(達)は身体性を持たない。星野は問題を起こし、隣町にいられなくなり、吉川の住む町に来る。吉川は星野を歓迎し、星野はそれに疚しさを感じながらも救われる。

身体性を忘却することを、二人の男子は肯定している。その二人の仲を引き裂こうとしたのが灰田だが、もし灰田が身体性を忘却することを本当に否定したいのであれば、二人の仲を引き裂くのではなく、その身体そのものを引き裂くべきだった。究極の身体性は死であり、それを彼らの身体に刻み付けることが何よりの、身体性を忘却することへの否定になる。

しかし灰田は、そうはせず、代わりに吉川を誘惑し、星野を失脚させる。これが何を意味するか。灰田は身体性の忘却を単純に否定しているのではない。身体性の忘却に対する、二人の半端な態度を否定している。本当に身体性を忘却したなら、身体性から自由になれるはずだ。身体性にまだどこかで囚われているから、性別を偽り、死を箱や隣町に置き去りにしようとする。

身体性から真に自由になれ。女性であることを恐れるな。死を恐れるな。虚構の世界が既に偽りなのだから、そこで更に偽りを演じるな。正直な欲望を表現しろ。自分の欲望を偽るな。

隣町とは身体性を強いられる領域だったが、そこが既に偽りの上に成立している。そしてそこに、相反する志向を持った二人の人物が成立する。偽りの世界に正直な欲望を表現しようとする灰田と、偽りの世界に正直な欲望を表現することを躊躇する星野だ。

灰田と星野よりも吉川は、隣町から離れた、一段深い虚構にいる。死から離れているからこそ、偽りの世界にいることを意識しなくていい、馬鹿で能天気でいることが許される領域だ。そこはより深い虚構だから、正直な欲望のことなど考えなくてもいい。

深い、とは、表現の方向性が強く決まっている、ということだ。吉川の領域は、小学生男子の面白おかしい日常を表現することに特化しており、死を厳密に扱えないなどの制限があるが、その不自由さが作者の煩悶をも制限してくれる。とにかく馬鹿で能天気な虚構を表現することだけを、考えていればいい。それしかできないのだから。

そうはいっても、この作品は、吉川の住む町とその隣町があり、隣町からやって来た星野と吉川が親しい状態から始められる。もし作者が馬鹿で能天気なことだけを描きたいなら、隣町など設置してはならないし、吉川を星野と付き合わせてもいけない。

作者はそのどちらも破る。それは当然、作者が馬鹿で能天気なことだけを描いていたいわけではないからだ。かといって、正直な欲望を描いてもいいものか。

この問いに、正直な欲望は描いてはいけない、と答えているのが星野で、正直な欲望のことは忘れて馬鹿で能天気なことだけ描こう、と答えているのが吉川で、正直な欲望を正直に描け、と答えているのが灰田だ。

先程から言っている、この、正直な欲望とは何か。それは恐らく、漫画という表現技術を使って自身の思うままに虚構世界を作って動かしたい、ということだ。

作者は自身の幼馴染みに取材した作品で、漫画家としての経歴を始め、以降も、時に企業の商品やサービスの宣伝も含む、自身の実体験や趣味などを漫画にして発表している。作者にとって漫画とは第一に、虚構よりは現実を表現する手段としてある。

星野や灰田よりも吉川は一段深い虚構にいる、と以前に書いたが、より深い虚構でこそ、より現実に近いものが表現される、という逆転が、漫画で虚構を表現する経験の少ない作者の仕事では起こっている。(身体性を持つ)星野や灰田やその家族は(一般の)現実に近い存在でありながらも、(身体性を持たないはずの)吉川やその家族はそれ以上に(作者の)現実に近い存在だ。

作者にとって漫画が現実を表現する手段である時、漫画で虚構を表現してしまうと、これまで描いてきた、恥ずかしく思ったりしながらも懐かしみ愛した現実までもが、虚構になってしまうような感覚があるのではないか。灰田が吉川を家出に巻き込みながらも、しかし吉川の、家族への未練を目の当たりにして、家出を中止して吉川を家族の許へ返したのは、そのことを表している。

この作品は、虚構の中にこそ現実を描いてきた作者が、その現実が虚構と混じり合って変わってしまわないように、虚構が花開くことへの関心を持ちつつも、時間を止めたまま、虚構を蕾のままにしておくことを選択する過程を描いている。

作者にとって漫画という表現手段は、虚構を利用した記念写真や記念撮影動画のようなものだ。その映像を変質させないためには、虚構の使い方を変質させてはいけないのだ。

作者にとってはこの作品も、記念写真や記念撮影動画の一つだ。写真や動画を撮る道具は、カメラだ。カメラとは、機械的な目だ。目を象った、あの不思議な生き物の正体の一端が、ここで見えてくる。

だが、これだけでは、あの不思議な生き物の正体を全て説明したことにはならない。事態はもう少し複雑だ。

吉川は神社で落ちていた百円玉を人目を忍んで拾ったところで、あの不思議な生き物と遭遇する。そして色々あった後、使う気になれなかった、その百円玉を、星野と共に賽銭箱に入れて神様に謝罪する。

その後に灰田が現れ、引っ掻き回され、星野と切り離され、星野を消され、星野の妹と話して、吉川は星野を探しに行こうとする。その時に追い掛けられたのを最後に、吉川はあの不思議な生き物と会わなくなる。

そして吉川は、あの不思議な生き物と再び会うために、神社で賽銭を盗む振りをするが、あの不思議な生き物は現れない。神社で吉川が経た、この二つの時間の違いは、灰田以前と以後の、あるいは星野消失以前と以後の違いを示す。

星野がいないと、あの不思議な生き物は現れない。それは後に星野が言う通り、あの不思議な生き物と星野は何らかの形で連動しているからだろう。しかしここで重要なことは、それとは別にある。

星野消失以前であろうと、あの不思議な生き物が現れるのは、何か心に疚しさを感じることをやらかした時だ。吉川はここで賽銭を盗む振りをしただけで、実際には何もしていない。盗む振りをするのだって、星野を探す手掛かりを求めて、だ。疚しさを感じるようなことは何もない。

だからこの時にあの不思議な生き物は現れなかったのだ、とそのことから言いたいのではない。もし吉川があの不思議な生き物と会おうと思うなら、ここで本当に賽銭を盗むところまでやるべきだった。吉川はそこまでやらないで、後ろを振り返ってしまうし、それ以上のことはやらない。

星野消失以前と以後の違いは、ここにある。吉川は心に疚しさを感じることを、星野がいないと、やらかすことができない。それが、吉川が星野消失以後に家族や他の友人らと上手く関係できなくなった原因でもあるだろう。

吉川の日常が機能する鍵である星野の役割とは、馬鹿で能天気なことや、心に疚しさを感じることを吉川がやらかした時に、吉川の傍にいて見守り、あるいは突っ込み、それらを笑いに変え、それを以て、吉川を免罪したり、反省の代わりにしたりすることなのだ。

それは作品の最後の、吉川の、あの不思議な生き物に対する結論でもある。虚構を利用したカメラである、あの不思議な生き物は、子供の頃の出来事を再生すると共に、そこに大人になってからの作者の釈明等を付け加えることを可能にし、子供の頃は上手く処理できなかった過去を、大人になった現在までの経験を駆使して処理を全うさせてくれるものだ。

あの不思議な生き物の役割は、ここで明確になった。というより、この作品自体が、あの不思議な生き物の役割を明確に位置付ける過程を描くためにあった。明確にしようとするからには、そこには不明確さ、つまり吉川の結論に対する迷いがあったことになる。それを象徴するのが灰田であり、作品の最後の、灰田の、あの不思議な生き物に対する理解だ。

灰田はあの不思議な生き物を、悪い妖怪ではないのか、と言った。ここで更に、吉川に「あいつたんていだん」の結成を持ち掛けたことも思い出していい。これは灰田が、あの不思議な生き物を、つまりは虚構の力を、過去の出来事の再処理にではなく、どう使おうとしていたかを表している。

妖怪とは物語上の、究明すべき謎のことであり、捕まえて打倒すべき敵や悪のことであり、またそのための冒険やロマンスのことであり、つまりは非日常のことだ。虚構の力を、日常の再現と回顧と反省ではなく、ありもしない、あるいは、そうありたかった、非日常の構築のために使おう、と灰田は目論んでいた。

しかしそれは、家族や友人らへの思いの前に頓挫し崩れ去った。吉川、星野、灰田の本体である作者は、虚構の力を家族や友人らとの思い出を媒体に焼き付けることに捧げよう、と決心した。

あの不思議な生き物とは、虚構を利用して現実や日常を表現するためのカメラを、作者が非現実や非日常の表現に使ってみたくなったところ、カメラ自体が、現実を非現実たらしめ、日常を非日常たらしめる、妖怪と化しかけたものだったのだ。

さて、灰田はあの不思議な生き物を妖怪と理解したが、同じ見解を示していた人物がもう一人いることに、この作品の読者はすぐに思い至るだろう。カイテルさんだ。

カイテルさんは大人でありながら、世間の冷ややかな視線も気にせず、子供達に交じって話し遊ぶ。それを森本のような子供は軽蔑し、吉川のような子供は尊敬する。

カイテルさんは、小説を書いている、と言うが書けていない。では、その能力がないのか、といえばそうではないだろう。カイテルさんは昔の小説家などを引き合いに出すなどして、子供達に色々な話をしたり、自分の過去の出来事を小さな物語にして、星野に聞かせたり、ということができる。

教養があり、人間の機微を掬い取ることができ、それを誰かに、適切な言葉にして伝えることができる。小説家あるいは文筆家の能力としては手堅いところだ。ただ、カイテルさんはそれを作品に繋げることができない。

より正確に言えばカイテルさんは、自身が書きたいと考えている作品を書くことができないだけなのだろう。カイテルさんはエッセイや批評の分野でなら、ある程度は活躍が可能なように思われる。しかし、それはカイテルさんが書きたいものではない。カイテルさんは、自身が書きたいものしか書こうとしない。

それがカイテルさんが燻り続ける理由だろうが、ではそのカイテルさんが書きたいものとは何か。

カイテルさんは「昔」や「過去」を、目の前にいる現在の子供達に語ることを得意としている。カイテルさんは、自分が書きたいものが、得意ではなく苦手だから、作品をいつまでも書けない。だとすれば、カイテルさんが書きたいものとは、「昔」や「過去」や現在から離れたものであるはずだ。

それは、ありもしないもの、あるいは、そうありたかったもの。未知のもの。非現実や非日常。カイテルさんは、昔いた、好きだった少女がいなくなってしまうまで、を語ることはできるが、その少女がその後にどうなったかを(原稿用紙の上で)語ることができない。

カイテルさんは、あの不思議な生き物を妖怪と考えながら、カメラとして過去の再処理をさせてくれるもの、とも考えている。しかし、いずれにしてもカイテルさんは、あの不思議な生き物と出会うことはできない。カイテルさんはもう大人になってしまったからだ。

この作品にとって大人とは、子供を見守る立場であり、子供達、つまり過去の自分達に、カメラを向ける立場のことだ。あの不思議な生き物は吉川の目に似せられていた。この作品は、大人になった吉川の、自分の過去の回想として始まる。大人になった吉川は眼鏡を掛けていた。

この眼鏡はカイテルさんの眼鏡とも重なり、それを掛ける吉川の立場は、当時に子供達を見守る立場だった、カイテルさんとも重なり、更には、いつも吉川達を見ていた、あの不思議な生き物とも重なる。

言うなれば、あの不思議な生き物は、大人になった吉川が過去の自分達を回想するに当たって現れた、虚構のカメラであり、虚構のカメラを意識していた吉川達の過去などというものは、大人になった吉川が妻の発言によって着想し、その場で作り出した、架空のものだったのかも知れない。

この作品は、虚構を使って架空の現実を表現する作品を作ってみたいが、難しい、書けない、というカイテルさんの苦悩を克服するものとしてある。そしてそれが達成できるかどうか判らないまま、この作品を連載し描いていた作者こそが、本当のカイテルさんだった、と言える。

描いてる、描いてるよ! と連載中に作者が言っていたかは知らないが(絶対、言ったよね)、それはともかく、吉川は大人になり、カメラが見えなくなる。カメラに見られなくなる。そしてその代わりに、子供達にカメラを向ける立場になる。そこから改めて作品は始まる。

吉川とは架空の小学生男子であり、大人になった吉川とは、作者が架空を描き切れた未来の象徴であり、それが自身の過去を回想する形で、まだありもしない、あるいはそうありたい架空を語り出す。架空はまだ産まれていない。これから産まれてくる架空を、大人になった吉川の目の前にいる、出産間近の妻は象徴している。

架空の子供を描く、この作品にとって、子供とは「架空」の象徴だ。結婚しておらず、恐らくは恋人もいないだろうカイテルさんは、大人だけれど子供を持つことができない。「架空」に基づいた作品を完成させることができない。動かない時間の中で、いつまでも。

吉川は子供を持つ大人になろうとしている。吉川はあの不思議な生き物との関係を解決し、止まった時間を抜けて成長し、カイテルさんを置いて、やがて彼を越える大人になる。中学生になった吉川が、小学生を相手に相変わらずのカイテルさんに声を掛けず、思いを断つようにして通り過ぎるのは、そのことを意味している。

これは、架空を描けない作者の自身の焦りを題材に、なぜ架空を描けないのかを、作者が自身の過去に基づいた一つの架空を描く試みの中で考え、やがて架空に対する、これまでの自身の創作態度を自覚すると共に、その過程自体を一つの架空として完結させ得て、そのままでは描きにくい現実を架空を以て表現する、という、架空を描くことの意味を経験した作者の現実を架空を以て表現した、とても意義深い作品なのだ。