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タイザン5作、漫画「タコピーの原罪」第13話を読む

開幕、しずかに乗り換えることを、まりなに伝える東。あまりに脆過ぎる、そして早過ぎる。

しずかについて「身寄りも ないのに たった一人で 地元に 戻ってきて(後略)」と東は言う。身寄りがない、とは地元に身寄りがないだけなのか、それとも地元外にも身寄りがないのか。もし後者を指すのであれば、しずかの父と母はどうしたのか。

もしや、しずか、おまえ、殺ったな?

まりなが東に去られたその日の内のことなのか、二人の関係が破局したことをまだ知らない、まりなの母は家でご馳走を作り、まりなの好物を作り、久々のお洒落をして、まりなが東を連れてくるのを待っていた。

まりなと東の話し合いに立ち合っていながら、二人の関係が破局したことを理解できていなかったタコピーは、一人で東を呼びに行く。

その間に、事情を知ったまりなの母は、泣くまりなの髪を掴み、床に引き倒し、食卓にあったガラス瓶が割れたものを手に、まりなに襲い掛かる。

まりなは母の期待に応えることができなかった。だからまりなは、母から罰を受ける。しかし、まりなはそれに必死の抵抗をする。

東はしずかと、いつもの公園で逢っていた。タコピーはしずかの暗く冷たい瞳が恐くて、東を連れてくることはできず、一人でまりなの家へ戻ってくる。まりなは抵抗の末に、母を殺害していた。

まりなは、床に横たわる母の死体に謝る。そして、小学生の時にしずかをちゃんと殺しておくべきだった、と殺人しなかったことを悔いる。しずかさえいなければ、父とも東とも、この家で一緒にいられたはずだった、と。

まりなは、自分を傷付けようとしたはずの、死んだ母の顔に「一人に しないで」と血塗れの手で縋る。まりなもまた東と同じく、母に傷付けられてもその期待に応えようとし続けてきた子供だったのだ。

タコピーがいることに気付いたまりなは、「こんな ことなら 名前くらい つけとけばよかった」と言う。

そして、タコピーに手を差し出し、助けを求めて何かを言おうとするが、その前にタコピーは、過去に戻ってしずかを殺す、というまりなの願いを了解し、ロケットに乗って母星に去る。

この時、タコピーはまりなの期待を背負う「子供」となった。まりなはそのことで、タコピーの「母」になった。だからまりなは、名前を付ければよかった、と言うのだ。

まりなは、母を殺した、割れて鋭くなったガラス瓶を手に、自らの髪を掻き上げ、その頸を露にする。母の後を追うつもりなのだろう。

タコピーは母星に着くと、大ハッピー時計を使って過去に戻り、しずかを殺すつもりだ、とハッピーママに告げる。それを聞いたハッピーママは、全ての記憶を消し去って、タコピーを元のハッピー状態に戻すことを決める。

それは、タコピーが一人で帰ってきたからであり、それがハッピー星の最も大切な掟を破ることであり、そうした者は二度と星に戻ることは許されないからだ、とハッピーママは言う。だが、全てを忘れて生まれ変われば、それは許されるらしい。

その掟の詳細は分からないが、誰かを連れてこなければ許さない、とは、まるでまりなの母のようだ。そして、タコピーはそのハッピーママの期待に応えることができなかった。それを許されるには、まりなとの記憶を忘れなければならない。

タコピーはハッピーママの要求を、強く触って拒絶する。もうタコピーは、まりなの期待を背負った「子供」になっているからだ。

タコピーはハッピーママを振り切って、大ハッピー時計を使って時間を跳躍するが、既にハッピーママの放った記憶消去の光を浴びてしまっている。タコピーは一体誰に笑って欲しかったか、忘れてしまう。

しかしタコピーは、ハッピー星人としての掟や使命は覚えていた。全ての記憶の消去とは、異星での活動や経験の全ての記憶を、ということのようだ。

ハッピーママは、異星での記憶を忘れれば、期待を裏切っても何度でも許してくれる。だがそれは、いずれその期待に応えなければならないことと引き換えだ。

その母は、何度裏切っても、何度でも許し、何度でも生まれ変わらせてくれる。しかし、そこには常に掟と期待が付いて回る。だから、それは生まれ変わりなどではない。

母は、掟を守り、期待に応えるまで、その子供を何度でも生まれ直させる。母の無限の許しとは、母の無限の支配のことに他ならない。そして、それこそをタコピーは拒絶した。

タコピーはハッピーママを捨てて、まりなの「子供」になった。その代償として、まりながまりなの母にしたようなことを、タコピーはまりなにしてしまう。タコピーはまりなを殺害した。

その後、しずかの暗く冷たい瞳を見て、タコピーは全てを思い出す。そして、ハッピー星人らしからぬ狂気の形相で、しずかを殺害しなければ、と繰り返す。

しずかの殺害は、まりなの期待だ。タコピーが考える、しずかをそうしなければならない理由も、まりなの主張そのままだ。タコピーはハッピーママの期待から離脱した代わりに、今度はまりなの期待に縛られてしまう。

だが、それはすぐに解ける。

タコピーはしずかの瞳を見て、自分は本当は誰の「子供」であるかを思い出した。そのことで、ハッピーママの影響である記憶消去も無効になる。しかし、そうなるとタコピーは、自分が本来はハッピーママの子供であることも、思い出すことになる。

加えて、タコピーは先程まで、しずかの期待を背負っていた、しずかの「子供」でもあったのだ。タコピーはこの時、複数の「母」を持つことになり、唯一の権力を振るう唯一の母は、いなくなる。

そこで、しずかが悪であり、全ての不幸の原因、という、「母」であるまりなの主張を、タコピーは疑い始める。先程まで、しずかこそが、タコピーの信じる「母」だったからだ。

タコピーは、腹を空かせた自分にパンを与えてくれた、しずかの優しさを思い出す。タコピーは一体何が悪か、判らなくなる。

そこへ東が現れる。その眼差しは、まるで東の兄のように憂いを帯び、その瞳の奥には小さな光が宿っている。

今回、東がさっさとしずかの許に行ってしまったのは、少し拍子抜けだった。

まりながしずかの心の支えであるチャッピーを奪う様が、劇的に描かれたのであれば、しずかがまりなの心の支えである東を奪う様も同じく、劇的に描かれるだろう、と思っていたからだ。

しかしそうならなかった代わりに、別のことが劇的に描かれる。母の殺害だ。そしてそれが、まりなの死の原因でもある。

まりなにとって、東がしずかの許へ去ってしまったこと自体は、それほど致命的なことではない。それが致命的だったのは、まりなの母にとってだ。そしてそのことで、またもや母というガラスは割れた。そのことが、まりなにとって致命的だった。

まりなの死の原因は、母である。

東としずかが結び付く描写が簡素になることで、そのことが強調されている。しかしそれは、東の薄弱さを免罪してしまっているようにも思える。

しかし、なぜまりなの母は、まりなが東を連れてくることに拘ったのか。

まりなの母は、東を家に招き入れることができれば、夫との関係も修復される、と期待していた。では、まりなの母は夫を取り戻し損ねたことに腹を立てているのか、と言えば、少し違う。

彼女にとって、夫が家に戻ることは重要ではない。東が家に来ることが重要でもない。それは、夫でも東でもいい。男が家にいてくれることが、彼女にとって重要だったのだ。

彼女が求めたのは、家の中の夫の位置の空白が埋まることだ。その空白とは家族の空白のことだ。そこに空白がある限り、家族は成立しない、とまりなの母は感じている。まりなの母は、家族を取り戻し損ねたことに、腹を立てている。

まりなの母もまりなも、家族の不成立に怯えている。まりなにとっては、母さえ笑っていてくれるなら、空白があっても家族は成立するのだが、まりなの母は空白がある家族を認められない。

だからまりなは、家族を成立させるために、母の笑顔を邪魔するものを、家族に空白をもたらすものを、排除しなければならない。ここでまりなと、まりなの母は一体化する。

まりなの母は、東の母と違って、あまり美しく描かれない。まりなの母は自分が美しくないと知っていて、だから男に愛される自信がなく、自分の代わりに男を家に招き入れてくれることを、自分と違って美しい、まりなに期待している。

まりなもその期待を背負う。しかし、ささやかに東と手を繋ぐことさえ難しいまりなは、男に愛されることも、男を家に招き入れることも難しい。だからまりなはその代わりに、男を奪っていくかも知れない、美しい女に対して凄まじい敵意を向けることになるのだ。

この作品の中心には、まりながいる。そして、まりながもう割るまいと必死に守ろうとしているガラスがある。しかし、それはまりなの努力も虚しく、割れ、まりなの心と身体を切り裂き、まりなを殺した。

まりなを殺さないように、ガラスを割らないように、というのがこの作品の物語の目指す方向だ。そのために、まりなの「子供」であるタコピーは、「母」の殺される未来を拒否し、時を遡って右往左往する。

「母」は一度、殺された。「子供」は時を遡ったが、しかしもう一度、「母」は殺されて、今に至る。なら「子供」はもう一度、時を遡ることになるだろう。「子供」は「母」が殺される未来を許さない。そのためには、何度でも生まれ直すことを望むだろう。

タコピーは頭が悪くてダメダメかも知れないが、しずかを遠い東京へ送り出した知恵を、これから東が貸してくれるだろう。

タコピーは恐らく、東の説得で、大ハッピー時計を使いに、再びハッピー星に戻ることになる。タコピーは、もうハッピーママだけの子供ではない。その掟にも期待にも、もう縛られることはないはずだ。

果たして、東はタコピーと何を話すのか。まりなが殺されない未来は、やって来るのか。子供達が安心して笑い合えるようになるのは、いつか。次回の配信を待ちたい。