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19-20 CL Quarter final Barcelona 2-8 Bayern

19-20シーズンCL最も衝撃だった試合、バルセロナvsバイエルン。気づけば90分間テレビの前で釘付けになっている自分がいた。2008年からバルセロナのサッカーに魅了され応援してきた私にとって筆を執らざるを得ない試合だった。試合は今後のフットボール界の展望を示すような展開であり、今までの自分の全ての思考が繋がったような印象を抱いた。本記事ではこの試合の分析から転換期を迎えるバルセロナと今後のフットボールの展開を考察する。

・試合の分析

フォーメーションの解説

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バルセロナは主に4-4-2であり、バイエルンは主に4-2-3-1であった。
まずバイエルンを取り上げる。バイエルンは監督交代後ブンデスリーガにおいても圧倒的強さを見せてきた4-2-3-1を採用した。これは大方の予想通りであった。

これに対してバルセロナ。ラ・リーガにおいてセティエンは良いフォーメーションを見つけられず、試合によって異なるフォーメーションを採用していた。(よく言えば柔軟な対応をしてきた)この試合においてバルセロナは4-4-2を選択。狙いとしてはバイエルンの優秀なサイドアタッカー(ニャブリ、コマン、デイビス)が自由に行動できないようにサイドに選手を配置したと考えられる。

試合はバイエルンの圧勝だった。
結果は8-2。バルセロナをまったく寄せ付けない強さであった。これはバルセロナが弱かったのではなく、バイエルンが宇宙最強の強さであったからであると考える。以下ではその強さの秘訣を考察する。


・バイエルンのハイプレス

このハイプレスこそがバイエルンが試合を支配した理由であると考える。
WGはSBへのパスコースを消しながら、FWとSTはわずかに左から寄せる。MFも連動して高い位置で相手のMFにつき、DF陣は高いディフェンスラインを形成していた。したがってバルセロナが後方でボールを所持するときバイエルンはほぼマンマークであった。

これにより何が起きるか。バルセロナは後方のCBとGKからのビルドアップが阻害される。よって後ろから繋ぐことはほぼ不可能となり、GKまでボールは戻される。これに対してレバンドフスキは左から寄せるためテアシュテーゲンは利き足ではない左足でのロングフィードを余儀無くされ、このパスミスを回収する構図が完成していた。この回収方法は試合中複数見られた。(この日テアシュテーゲンのフィードが精彩を欠いていたのもある)

このバイエルンのハイプレス戦術をバルセロナ側がかいくぐる方法は主に2つあるように見える。一つはトップのスアレスに長いフィードを通し、その落としをメッシが受け、個の能力で打開するという戦術。もう一つは高いディフェンスラインによりできたラインの後ろの広大なスペースでFWやSHが受けるという方法である。ただ両方とも試合ではほとんど見られなかった。前者はテアシュテーゲンが左足でフィードを強いられておりスアレスまでボールが正確に届かず、後者はバイエルン守備陣の対人能力(デイビス、アラバ、ボアテング)と広大なスペースをカバーできる GKノイアーの存在のために実現はほぼ困難であった。(ただRSBのキミッヒは対人に少し不安があり、このRSB裏の広大なスペースにアルバが侵入し、オウンゴールによりバルセロナは1点目を獲得した。)
かくしてバイエルンはバルセロナのビルドアップを実質的に機能停止に追い込んだというわけである。


・バイエルンの素早い囲い込み

バイエルンは前述のようにかなりコンパクトな陣形を敷いていた。これによりボールを失ったとしても、素早く複数人でボールホルダーを囲い込む準備ができていた。(ネガティブトランジション)実際前線の選手のみでボールを奪い切るシーンも数多く見られた。また世界有数のボール保持能力を持つフレンキーデヨングやブスケツですら何度もボール奪取にあっていた。

この素早い囲い込みが見られたのがバイエルンの2点目、4点目、7点目であった。2点目は奪われた直後に3-4人の選手でボール保持者に襲いかかり、奪ったニャブリから大外ペリシッチのゴールであった。4点目はコーナー付近のセメドまでCFのレバンドフスキがプレスをかけボールを奪い、最終的に逆サイドへ展開したのちミュラーのゴールになった。7点目も降りてボールを受けにきたメッシに対して2-3人の選手でプレッシャーに行き、奪ったチアゴを起点にコウチーニョのゴールが生まれた。7点目で奪われた直後棒立ちのメッシと、プレスに協力してボールを奪い、直後にデコイランの動きを見せたレバンドフスキはあまりにも対照的であった。

バイエルンの選手がこれほどまでにボールを奪取できた理由として、前線の選手が守備に積極的に参加するにより中盤以下の選手と連動した守備ができたことが挙げられる。実際試合を通じての走行距離トップはSTのミュラーであり、攻撃も守備も両方において貢献していることがわかる。
また終盤まで高いインテンシティを発揮できた理由としてはバルセロナよりもリーグ戦終了後からの休みの期間が長かったことが考えられる。これに関してはバルセロナに運がなかったか。チーム全体として守備の練度が高く、走力でバルセロナを大きく上回ったという印象であった。


・バイエルンの主な攻撃戦術

バイエルンは攻撃時DFラインにチアゴアルカンタラが落ち、3CB化することで両サイドバックが高い位置を取り、得意のサイド攻撃を展開する狙いがあった。バルセロナの2枚のFW(メッシとスアレス)は高い攻撃能力を保証する代わりに守備免除となっている。そのため後方の3CBのうち1人はフリーでボールを持つことができ自由なビルドアップが可能になっていた。3CBとなるボアテング、チアゴ、アラバは全員が正確なパスを供給することができバルセロナは狙いを定めることができなかった。特に圧巻だったのは3CB化した時に右CBに配置されるボアテングから高い位置を取る左SBのデイビスへのフィードである。このサイドチェンジの効果は凄まじく、デイビスがフリーでボールを受けて超加速を見せるシーンが何度もあった。

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また2人の守備免除者の存在により副次的にバルセロナは間延びし、バイエルンの選手がバルセロナのMFとDFのライン間でボールを受けるシーンが多く見られた。これは守備を免除された2人では捕まえきれないバイエルンの3CBに対してデヨングまたはブスケツのどちらかが迎撃する必要があったからである。これによりバルセロナは中央も人数不足に陥るシーンがあった。大抵このような場合はDFラインを押し上げてライン間で受けられないように対応する。しかしバルセロナのCBのピケとラングレはスピードに優れていないため後方にスペースができることを懸念し、結果的にバルセロナの守備網は間延びしていたのである。
これを突いたのがバイエルンの3点目である。後方でボアテングはチアゴにボールを渡しメッシとスアレスの第1DFラインをいとも簡単に突破した。それに対してデヨングは迎撃せざるを得ず、これによりMFとDFのライン間でゴレツカがボールを受けることができた。そこからワンタッチで見事な浮き玉のスルーパスがニャブリに通ると、これにラングレの対応は間に合わず得点が決まった。


・バルセロナの戦術

この試合ではバルセロナの組織構造の崩壊が大きく取り上げられるが、個人的にはバルセロナは良くも悪くもいつもどおりであったと考える。メッシとスアレスの分まで他の選手が走り、ボールを奪いメッシにボールを渡す。リーグ戦33試合で25ゴール21アシストを記録するメッシがいるならこの戦術を選ぶのは当然である。(メッシはゴール数アシスト数ともにリーグ最多)実際この日もメッシがフリーで前を向いて受けられた時は圧巻のドリブルから惜しいシュートを放っていた。

ただバルセロナにとって誤算だったのはバイエルンの守備のクオリティだろう。バイエルンのハイプレスに対してバルセロナの選手は慌てふためき、いつものようにボール保持はできなかった。これにより頼みの綱のメッシにフリーでボールを渡すことはほとんどできなかった。リーグ戦でも同じような戦術を選んでいるにも関わらずうまくいかなかったのはバイエルンが高いクオリティを発揮してきたことと、リーグ戦においてはバルセロナ相手にハイプレスを仕掛けるチームは少なく、また仕掛けてきたとしても個人の能力でプレスを回避できることが挙げられるだろう。結果的に異次元のクオリティのバイエルンに対して、全ての局面においてバルセロナは敗北していた。


・選手交代とポジションチェンジ

バルセロナは後半から相手の左サイドの高い攻撃力の対策としてビダルを右SHへと移動した。また右SHに入っていたセルジロベルトを下げて、より攻撃的なグリーズマンを投入し左SHに配置した。後半途中でブスケツを下げアンスファティを投入したのは攻撃の強化が狙いと考えられるが、これにより一層の守備崩壊を招く結果となった。

バイエルンは後半からWGのペリシッチとニャブリの左右の位置を交代した。これはニャブリを左WGに配置することで左サイドの攻撃をより一層強化する狙いがあると思われる。またペリシッチを右WGに配置することで右サイドの守備を強化し、バルセロナの唯一恐怖を与えうるアルバの攻め上がりを封じるとともに、攻撃時はアルバとの身長差によるミスマッチを狙い、左サイドからのクロスにヘディングで合わせるという狙いがあると思われる。また後半途中でボアテングとズーレを交代したのはボアテングがすでに警告を受けていたためだと考えられる。


・転換期を迎えるバルセロナ

バルセロナはこの試合において、メッシとスアレスの守備免除に払う代償があまりにも大きく、大量失点という惨劇を招いてしまった。ただ歴史を振り返った時に守備免除の選手を抱えることが必ずしも悪い結果をもたらすとは限らないと証明している。その一つの例がMSN(メッシ、スアレス、ネイマール)の時代である。MSNは14-15シーズンで圧倒的な攻撃力を見せつけCL優勝という偉業を成し遂げている。ただこの時忘れてはいけないのが主力は全体的に若く、体力もあり、ボールを奪われた後の即時奪還が実行できていたことである。またイニエスタ、シャビ、ブスケツ、ラキティッチ、アウベスなど圧倒的な技術を持った選手が中盤に君臨していたために高いボール支配率を維持できていたのである。これによりMSNの守備タスクを深く考える必要がなかったのである。またMSNのクオリティによりたとえ乱打戦になってもそれを制する力を持っていたのである。

しかし現状のバルセロナでこれを再現するのは極めて難しい。全盛期のイニエスタ、シャビ、ブスケツは2010年の南アフリカW杯でスペインを優勝に導くほどの力があった。ただあのティキタカはカンテラ育ちの彼らにしかできない芸当であり、他のチームから選手を引っ張ってくるだけでは埋めることができないものである。つまりこの数年間、バルセロナはいないはずの彼らの代役になるような選手を探しながら、年々メッシへの依存度を高めてきたのである。守備を捨て、攻撃に特化したメッシは極めて特異的な存在であり、バルセロナのシステムは歪んだものへと変化した。

しかしリーグ戦ならまだしも高いレベルのコンペディションにおいて、高い保持率と素早いネガティブトランジションをみせ、なおかつ守備免除のメッシの分までチームメイトが走るという戦術はもう限界であると思われる。それは私とは比較できないほどの優れた洞察力を持ち、フットボールの歴史を作り続けてきたメッシ自身が認識しているだろう。そしてこれはバルセロナがメッシを保有し続けメッシの引退とともに共倒れをするか、それともメッシを放出し新たな時代を切り開くか、その選択が迫られていることも意味する。

試合後ピケは「クラブは全ての面で変化が必要だ。選手や指導者だけでなく、もっと構造的な部分で。」と語った。バルセロナはこれからクラブとしての転換期を迎えると思われる。今年33歳を迎えたメッシとバルセロナの決断から目が離せない。

・今後のフットボール

フットボールは近年、急速な進化を遂げている。ポジショナルプレーやストーミングなど新たな概念が導入され、戦術は複合化していった。しかしどのような戦術においても根底には「走る」という共通要素があり、選手の豊富な運動量が基盤となっている。ここでいう「走る」とはただ長い距離を移動するということだけでなく、ボールを失った後の寄せやこぼれ球への反応など短距離のスプリントも含まれている。実際時代が進むにつれ選手の走行距離は増え、スペースは一段と狭くなっている。また「走る」ことをベースにした攻守における組織力が重要視されるようになった。それゆえ広いスペースで観客を魅了するプレーをみせる選手は減少している。守備を免除された選手などもってのほかであり、組織的な守備に参加できない選手は淘汰されていくと考えられる。そんな現代フットボールはときおりつまらないと評されるが仕方がないことだと言える。スポーツアナリティクスが進歩し、また戦術が高度化したことにより「走る」ことの重要性が高まっているからである。

今後のフットボールでは高いプレス強度とプレースピードに適応し、技術を発揮できる選手のみが生き残っていくと考えられる。また組織としてもチーム全体が「走る」ことに徹することができるチームが大きなコンペディションでは結果を残していくだろう。2018年のロシアW杯優勝のフランスや18-19シーズンCL優勝のリバプールなどがその代表格である。。全員が「走る」ことを前提にその中で監督がどのような戦術を採用し、選手が技術を見せるか。ここに注目してフットボールの行く末を見守りたい。

・統括


バルセロナを応援する私にとって、ここ数年は複雑な気持ちであった。日々進化し続けるサッカーのトレンドに歪みきった「戦術メッシ」で対抗する、いつの日か限界を迎えることに目を背けながら時間だけが過ぎて行った。偉大すぎるメッシの存在を考えれば至極当然な選択ではあるが、バルセロナの不協和音は日に日に大きくなり、チームとしての限界に到達していた。

誤解を恐れずに言えば私は今回の大敗にほっとしている。ついに死んでくれたかと。なぜならチームとしての限界をこれ以上ないほどに示す結果になったからである。バルセロナはメッシが去った時に真の暗黒期に突入するだろう。その時には選手や監督、首脳陣の改革が絶対に必要である。それでもバルセロナの復活の時を待ち続け、もう一度光輝く姿を見たいと、そう思えた夏であった。


最後までお読みいただきありがとうございました。

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