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リモートワーク導入の法的・実務的ポイント

ラクダの上から失礼します。
この記事を執筆時点の2月17日現在、新型コロナウィルス対策としてリモートワークを導入する企業が増えています。
人口過密な上に、多少の体調不良は押してでも仕事を優先して満員電車で通勤する人が多い都心部に所在する企業は、新型コロナウィルスの感染拡大に備えて、在宅勤務や、そこからさらに一歩進んでリモートワークの導入を真剣に検討しなければならない状況になってきています。

リモートワークの導入は決して難しい話ではなく、ポイントさえ押さえれば、そんなに時間をかけずにスタートできます。ただ、法的・実務的なポイントを知っておかないと、法的な問題が起きてしまったり、うまく導入できなかったりします。
そこでこの記事では、リモートワークを導入する際に検討が必要な法的・実務的ポイントを解説したいと思います。とはいえ、両者は密接に関連しているので、法的ポイント/実務的ポイントという分け方ではなく、みなさんが理解しやすい5つのポイントという形で解説していきます。

ちなみに私は、ITサービスを提供する企業の支援を専門とする弁護士をしています。しかも毎年100日以上海外を旅しながらリモートワークで仕事をしているので、リモートワークの導入に関しては、法的ポイントだけでなく実務的ポイントついても解説ができます。

(この記事はサハラ砂漠で執筆しました)

1.従業員の同意を得る

リモートワークと通常勤務の一番の違いは何でしょうか? それはもちろん、「働く場所」です。
会社は、従業員と「労働契約」を結ぶことで、労働を提供してもらう代わりに給与を支払うのですが、労働契約というのは、「どういう条件で従業員に労働をしてもらうのか」という労働条件を定めるものになります。
そして、「働く場所」(=就業場所)というのは労働条件の一つです。それも、労働条件の中でも特に重要な事項になります。

労働基準法は、会社が従業員を雇う際に労働条件を「明示」しなくてはならない、と定めています。この明示に関して、たとえば昇給や賞与に関しては、口頭での明示でも構わないとされていますが、就業場所に関しては、書面で明示することが必要とされています。
当然、皆さんの会社でも、従業員を雇う際に締結する雇用契約書や、交付する労働条件通知書の中で、就業場所を記載していると思います。

リモートワークを導入するということは、この労働条件を変更することになります。初めから雇用契約書や労働条件通知書に、就業場所として「従業員の自宅、その他自宅に準じる場所として会社が指定した場所」といった記載があったり、就業規則に、人事異動としてリモートワークを命じることができる規定があれば話は別ですが、普通そうはなっていません。
そのため、これから初めてリモートワークの導入を検討するのであれば、リモートワークの対象となる従業員から同意を得る必要があります。
「君たちは来週からリモートワークだ。オフィスに来なくていい。」みたいなことは、一方的には決められないので注意してください。


2−1.人事制度を変更する(労働時間の問題)


そもそも、会社には従業員の労働時間を把握する義務があります。これは、所定の労働時間(通常は1日8時間の週5日)を超える仕事が行われた場合に、会社は残業代を支払わないといけないので、その前提として、従業員の労働時間を把握しておかないといけないからです。
これが、通常勤務であれば、タイムカードやパソコンの起動時間、何より上司の目から、労働時間の把握は簡単にできます。ですが、リモートワークの従業員の場合、何時から何時まで働いているのか、その間に仕事以外のことがされていないのか、といったことが分かりにくく、労働時間を把握するのが簡単ではありません。

そこで、リモートワークを採用する会社の中には、対象となる従業員に「事業場外みなし労働時間制」を適用しているところもあります。
事業場外みなし労働時間制とは、会社の外(事業場外)で労働する従業員に関して、実際の労働時間に関係なく(というか、そもそも労働時間を算定しにくい労働に関して)、就業規則などで定めた所定の労働時間、労働したものとみなす制度です。
では、事業場外みなし労働時間制を適用できれば、従業員の労働時間を把握しなくても構わなくなるのでしょうか。
実は、事業場外みなし労働時間制を適用しても、深夜労働が行われた場合は、法律の原則どおり、深夜労働に係る割増賃金が発生します。事業場外みなし労働時間制は、あくまでも労働時間の長さをみなすだけで、始業時間・終業時間までみなすわけではないからです。
同様に、休日労働が行われた場合は、法律の原則どおり、休日労働に関する割増賃金が発生します。
その上、リモートワークだと、ついつい仕事と生活の線引ができずに、深夜労働や休日労働が行われがちです。

それであれば、リモートワークに関して、事業場外みなし労働時間制をわざわざ適用しないでも、クラウド型の勤怠管理システムで始業、終業時間をきちんと把握するようにすればいいでしょう。そして、深夜労働・休日労働は原則禁止、やむを得ずに行う場合は事前に上司の許可が必要、というルールに変える(就業規則の深夜労働・休日労働に関する規定を変更する)ほうが、シンプルでわかりやすいです。
クラウド型の勤怠管理システムは、今は使い勝手の良いものが沢山ありますし、なんなら、メールで始業/終業報告をするやり方でも構いません。
いずれにせよ、リモートワークの導入に際しては、これまで以上に会社として従業員の労働時間の把握を(本当にその時間労働してもらう必要があるのかの判断も含めて)きちんと行う必要があります。


2−2.人事制度を変更する(それ以外の問題)


労働時間の問題以外にも、人事制度で変更する必要がある事項があります。

まず、業績評価の制度は、リモートワークの導入にあたって全体を見直したほうがよいでしょう。リモートワークの従業員は、通常の従業員からその働きぶりが見えにくいので、通常の従業員との間で不公平感が出ないようにするためです。

また、リモートワークの従業員を、通常の従業員とは違う賃金制度にするなら、就業規則の変更が必要になります。就業規則には、通常の従業員の賃金制度に関する規定しかないのが普通なので。

さらに、リモートワークの際に使う機器や通信費等の費用を、会社が負担するのか、それとも従業員が負担するのかも、問題になります。これをリモートワークの従業員に負担させるのであれば、やはり就業規則の変更が必要になります。

人事制度の変更に際しては、就業規則の変更が必要な場面が多いので、社労士や弁護士にやり方を相談するのが良いでしょう。


3.セキュリティ・作業環境を整える


セキュリティ対策済みの業務用のノートブックやスマホを貸与するのであれば、基本的には問題はありません。
ただし、
・Free Wi-Fiは利用しない(会社貸与のスマホでテザリングする)
・自宅外で業務をするときは、覗き見防止シールを貼ったり、他の人から見られにくい場所で画面を見る
という点は気をつけてください。

では、従業員の私用端末を業務に利用してもらう(いわゆるBYOD)の場合は、どうすればいいでしょうか。
BYODには、端末のウィルス感染や紛失、盗難等による情報流出のリスクがあります。そこで、会社所定のセキュリティソフトをインストールしてもらったり、セキュリティに関して常日頃から研修を施した方がよいでしょう。
とはいえ、最近は高性能な端末でも値段が下がってきていますので、情報流出のリスクを考えれば、ノートブックとスマホを貸与する(ネットワークも貸与スマホのテザリングで対応してもらう)方がよいと思います。

また、リモートワークかどうかに関係なく、従業員が機密情報に不正にアクセスしたり、第三者に機密情報を提供したりすることは防がなければなりません。その対策として、会社が端末へのモニタリングを行う必要がありますが、これは従業員の個人情報やプライバシーの問題もあるので、自由にできるわけではなく、就業規則に明記しておく必要があります。

もしBYODを認めるのであれば、会社の許可を得て業務利用される私用端末に対してもモニタリングができる旨、就業規則を変更する必要があります。ただ、私用端末へのモニタリングは、従業員の個人情報やプライバシーの配慮のため、あくまでも業務に関係する通信履歴などの限定された範囲でのみ可能であることに注意してください。


4.チャット・テレビ会議を導入する


リモートワークの場合に、どうやって社内、社外の人とコミュニケーションを取ればよいか、という問題があります。リモートワークでは対面での打ち合わせができませんし、かといってメールは、コミュニケーションツールとして使い勝手がよくありません。ですが最近は、チャットが使われることが増えています。

そもそもメールのメリットは、「非同期」(お互い都合の良いタイミングでコミュニケーションができる)で、「テキストベース」(テキストが残るので言った言わないのトラブルにならない)なところにあります。これがチャットなら、同期ではないものの、会話調でテンポよくやり取りできるので、同期と非同期のいいとこ取りの半同期のコミュニケーションができて、しかもテキストベースというメリットがあり、とても使い勝手がよいのです。

もちろん、対面での打ち合わせが必要な場面もありますが、その場合はテレビ会議を利用すればよいのです。最近は自宅にいても通信速度の速い回線を利用できるので(さらに今後は、超高速の次世代無線通信5Gが普及する見込みです)、ストレスなくテレビ会議を利用できるようになっています。
チャット、テレビ会議の導入に際しては、使い勝手が良くて、利用者の多い(社外の人も使っている)ものを選ぶのが良いでしょう。チャットのおすすめはChatwork(私はChatwork社の顧問弁護士で、長年のユーザーでもあります)、テレビ会議のおすすめはZoomです。どちらのサービスも無料版があるので、まずは試しに使ってみて、導入に問題がなさそうであれば、高機能な有料版を利用すればよいでしょう。

ちなみに、チャットはまだまだ使い慣れている人が多くなく、誤ったチャットの使い方をしている人も多いです。私はマイナビニュースに「ビジネスパーソンなら知らないとマズい 仕事のチャットマナー」という連載記事を執筆していたので、こちらも参照してチャットの使い方に慣れてください。

(ビジネスパーソンなら知らないとマズい 仕事のチャットマナー)
https://news.mynavi.jp/series/businesschat


5.マインドを変える


これまでリモートワークがそこまで普及していなかった理由として、「リモートワークはずるい」「サボっても気づかれない」という根強い考え(偏見)がありました。
ですが、状況は変わりました。新型コロナウィルス対策だけでなく、東京オリンピック、いつ起こるかわからない自然災害、子育てや介護、労働人口が減少する中での生産性の向上、地方の人材の活用など、様々な理由から、リモートワークの導入は真剣に検討しなければならない状況になっています。

そのためには、トップダウンやマネージャー層のフォローによって、「リモートワークはずるい」と社内で思わせないような雰囲気作りが必要になります。
また、「サボっても気づかれない」と思われないよう、業務内容や業務命令の明確化、合理化、納得できる評価制度の構築なども必要になります。これは決して、リモートワークを導入する企業だけではなく、全ての企業にとって必要な話です。

以上の5つの法的・実務的ポイントに気をつけて、ぜひ皆さんの会社でもリモートワークを導入してください。

#リモートオフィス #リモートワーク


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