塩が出るやつNG

歯医者、それは大人も子どもも嫌がる場所だ。

病院の中でも歯医者は独特な匂いがするし、待合で待っている間の緊張感、名前が呼ばれた時のドキッと感はあそこでしか体験できないものだ。

内科などは早く診てほしいし早く帰ってゆっくりしたいので、一刻も早く自分の番がこないか待ちくたびれるが、歯医者は早く帰りたいのに治療の時が来るのは嫌だ。

それでも私は定期健診を3ヶ月毎に受けている。大変真面目で立派な大人である。
ただ子どもの頃から行っていたわけではない。
歯は痛くも痒くもなく一応健康だったし、歯並びも良いわけではないが人に見せたくないほどコンプレックスではなかったので数年ほったらかしていた。

そんなある日、歯の色がすごく気になった。
私はお茶もコーヒーも紅茶もよく飲むので茶渋が歯と歯の間につきはじめていた。歯磨きを念入りにしてもとれない。

しかも前歯の2本の間にかなり目立つ茶渋がついてしまい、ニッと笑ったときに影に見えてすきっ歯に見えるのがすごく気になる。
ひとつ気になり始めるとふたつみっつと気になるのが人間の性。
他の歯も海苔か何かが挟まっているように見えて仕方なくなった。

これではデートに行くにも歯の茶渋が気になってカフェもレストランも行けない。楽しいお話しなどできやしない。私は乙女なのでとても気にした。

「歯医者に行こう、今すぐにだ」

そう思い私は歯医者を探し始めた。なるべく優しくて上手そうな信頼できるところがよかったので調べまくった。

というのも前に一度、家の近所で日曜日もやっているという理由で特に調べずに行ったのだが、あまりよくなかった。

塩が出る機械で歯をきれいにするのだが、これがからくてつらくて耐えられなかった。
口が乾いて唇もパサパサになり、イスはかなり頭の方に傾いていてより苦しかったし、そして汚れも全然落ちていなかった。

「もうあんな思いはしたくない」
そう強い意志を掲げ家の近所だけでなく広範囲に視野を広げて調べた。

何軒か良さそうなところを見つけ、電車の定期圏内で行ける便利のいい場所にある歯医者に決めた。しかもカード払いもできる。大変便利である。

私はさっそく初診の予約をしすぐに向かった。

院内はとても綺麗で受付の人の愛想もよかった。
問診表を書いたあとすぐに呼ばれて診察台へ案内された。
担当してくれる人と挨拶をかわし今日の流れを聞いてレントゲンを撮り、歯の検査なのだが私はどうしてもお願いしたかったことを伝えた。

「あの、塩が出るやつじゃないやつできれいにしてほしいです」

大事なことである。塩が出るやつの名前なんてわからなかったのでそのまま言った。
担当してくれる人は笑顔で
「わかりました。お水が出るやつでやりますね」
と優しく言ってくれた。

ああよかった。塩が出るやつじゃないならもう大丈夫だ。安心安心。と緊張も解けた。

検査も問題なく、歯もすっかりきれいにしてもらって心もすっきりとした。

ここなら優しいし上手だし信頼できるなと思い定期健診に通うことにした。

2回目の検査のとき、担当してくれる人が1回目と別の人だったので私は念のために

「あの、塩が出るやつは使わないでほしいです」

とお願いした。大事なことなので。
2回目の担当の人もまた笑顔で
「はい。大丈夫ですよ。お水のやつでやりますからね」
と優しく言ってくれた。
口に出してはいないが、「わかってますよ、カルテに書いてますからね」と顔に書いていたので私はちょっと恥ずかしくなった。
どんだけ塩が出るやつ嫌いなんだよと思われたかもしれない。これからは言わなくても大丈夫そうだなと半分ほっとした。

あれからしばらく通っているが、担当してくれる人が誰であれ、検査の前に必ず

「お水の出るやつできれいにしますからね」

と笑顔で言われている。

もしかしたら私のカルテにでっかく「塩が出るやつNG」とマーカーも引いて書いてあるのかもしれない。



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