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連載 Fantasy Action 1 『夢あわせ~理学療法戦士サリー~ 』

理学療法・武者修行の名目で始まった世界をまたにかけた旅は、いつしか、悪から世界を守る行脚へと変わっていったーー。


お別れに、ギターを弾き語るサリー

 房総の南部、森の女王ブナの林に囲まれた地に、コーニギン修道院は瀟洒なたたずまいを見せていた。
「ああ、サリー。明日あなたは旅立ってしまうのね。寂しくなるわ……」
 修道院長キャサリン•ヘッジはハンカチを頬にあて、涙を隠そうともせず近づいた。いくぶん丸くなった背をいっそう屈めてサリーを抱きしめる。
 九十近い修道院長のふくよかな身体から  、嵐を思わせる鼓動とぬくもりが伝わった。
「長い間ありがとうございました」
「いいのよ、サリー、わかっているわ。あなたは理学療法士としてもっともっとレベルアップして、高みに昇れる人なの。だれもが納得している」
「ごめんなさい。わが儘ばかりで……」
 実は「サリー」は愛称で、本名は「風巻紗里」という。故郷の修道会ゆかりの整形外科病院で理学療法士として八年間間働いていた。ひと月ほど前、オランダの修道会本部から緊急要請が入り、急遽、ベテランの女性療法士一名を派遣することとなったのだ。将来にそなえ、幹部療法士を養成する必要があった。今、なぜ急ギ当たらねばならないかは、明らかにされなかった。
「遅れてしまい、本当に申し訳ないのだけれど、今日こそ贈りたいの。愛を積み重多くの隣人を癒し、救った功績にふさわしい《ネーム勲章》を」
「まあぁ、偉大な〝ハムストリン〟を!」
「さあ、あなただけの〝マイ・ハムストリングス〟を詩ってちょうだい。一応、認定資格ですから。理学療法を学び始めて、最初に覚えるのがこの言葉。簡単だけど奥が深い。あら、釈迦に説法だったわね」
 修道院前の広場に、サリーと腰の曲がったキャサリン修道院長が、掌をかさね、ことばを交わした。
 (ずいぶんお歳を召して······) と指先が感じたとき、、‥祝福のファンファーレが鳴りひびいた。シスターがギターをかかえて、サリーの前に歩み出た。
「サリー、あなたの想いのたけを吐きだして、人の筋肉、骨格の素晴らしさを謳歌してください。よろしくお願いいたします」
かろやかろやで優しいメロディーラインが流れだした。周りを取り囲んだ、シスター、修道女、神父らから拍手が湧き起こった。  
  
  ♬¨ ♪
  そっと さすってごらん
  幸せが息づいてる
  腿裏 筋肉 ハムストリングス ♬¨
  腿の裏 筋肉のオール 
       すてきな名前 
       仲良し半腱様筋と半膜様筋
       外側は大腿二頭筋
  ハム君 骨盤 膝下つないで
  足向き姿勢にリンクック ♬¨

        怪我で悩む みんな聞いておくれ、  
  ハムストリングス
  ハム ハム ストリングス
  柔らかく前屈いいね
  股関節や膝関節グッド、グッド ♬¨
  疲労回復 血流良行 疲労物質もサリーゆくのぉ
  暮らし素敵にムービング
  骨盤正して、背中キリリ腰痛予防
  ハートもシャキッと 恋にそなえてる
  旅ははじまる ストレッチ終えたなら
  ららら らっ らっ らっ……
        大好きな人、きっと見つけるわぁ
  わたしたち 施術の戦士なのォ       ♬¨♬¨

   こうしてサリーは、修道院の仲間たちに送られ、翌日早朝、オランダに向け旅立ったのである。                                                                                                              

アムステルダム郊外の修道会欧州本部に着いたのは、空が紫から群青色にかけて寂しげなグラデーションを描きはじめる、すこし前、尖った屋根の上で十字架が茜色に染まるころだった。
 建造物のなかに入ると、サリーを出迎えたのは、身の引きしまるほどに張りつめた空気の淀んだ重なりであった。三百年の歴史をもつゴチック風の建築は、眼の前にひろがる威厳の印象にもかかわらず、わが国の江戸期における、石川島人足寄場、もしくは、小石川養生所といった老朽化と、健全ではない人たちの汗や手あか、排泄物の沁みこんだ薄暗い陰を連想させた。五月も半ばだというのに、心が凍えるのをサリーは祈るような思いで耐えた。
「サリー・ハムストリン。ようこそ、おいでくださいました。今回〝Physical Therapy〟の武者修行という話をお聞きと思いますが、実際はさらに重いミッションになるかと考えます。ご承知おきください。」
 ゼネラルマネージャーと名のった五十がらみの顎髭を伸ばした男が、濁った声を出した。
 サリーは、話の詳細、事の成り行きに、大きなギャップが生じるのではないか、と危惧した。不安げな光彩を瞳に浮かべ尋ねた。
「いったい、何を信じたら、よいのでしょうか」
 サリーの声が沸騰しかかっていた。
 察したGMはすばやく相好をくずし、猫なで声をだした。
「落ち着いてください。その代わりと言っては何ですが、サリーさんには、バディをご用意させていただきました。Mrハンロック、Come in」
ドアが開き、ひと利の日本人青年が入ってきた。
「まあ、ハンロク!」
 サリーは目を丸くして叫んだ。懐かしい顔であった。
                                                                              20240717

 
 
 
 
 
 

 


 













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