【創作】ビロウ・ザ・レストルーム

【お読みになる前に】

 この文章は、
・創作小説
・スペースオペラ
・トイレ
 などの成分を含んでいます。

 あまり直接的な内容は含みませんが、なにせ題材が題材であるため、読んだ方がご不快な思いをされる恐れもあるかと思います。
 申し訳ありませんが、ご不快に思われたとしても責任は負いかねます。上記を踏まえ、問題が無いと思われた方のみ、以降を閲覧頂くよう、お願い申し上げます。

<1>

 外宇宙に人類が雄飛し、無数の異星人達が織りなす文化圏に迎えられて幾星霜。
 鮮やかなる星のフロンティア、革新の世紀の最中。人類は新たな問題に直面しつつあった。
 ぶっちゃけ、トイレがないのである。

 出自も生態も全く異なる異星人達が、一つの広域文明を整える。そのために、解決しなくてはならない問題は無限にある。
 文化の違い、価値観の違いは永遠の問題だ。だがそこに辿り着く以前、辿り着く前提として、生物として共存するために、解決すべき問題がある。呼吸するための大気。温度に湿度、圧力それに放射線。代謝のために欠かせない水や食物。
 そして、排泄物。

 ある生物の排泄物は、同種族にとっても衛生的ではないし、もちろん快適なものではない。それが異星の異種族ともなれば、生命どころか、惑星環境を危険を晒しかねない。危険なのだ。
 希にだが、ある種の生物の排泄物が、別の種族にとっては非常に魅力的な存在や嗜好品となるケースもあった。それはそれで、別種の無視しがたい問題を引き起こした。

 排泄物そのもの。そしてその処理の問題に加えて、排泄する場所の問題もあった。
 無数の種族、地球人で言うところの性差、それぞれの星の文化に特有の区別。広域文明において、厳密な区分のもとにトイレを設置の目論むとすれば、その労力たるや、煩雑を通り越し、算出不能にも近しい。
 そして無数に近いその区分を、無数の星々、無数の都市、無数の建築物に適用し、設置しようとするのだ。
 一つの惑星の生物に必要なトイレの数は、その惑星の居住可能な面積に数倍する。こんなジョークが真剣な試算と受け取られる程度には困難であり、端的に言って不可能だった。ましてや、設置するのみならず、それを管理するのだ。

 ここまでだけでも充分過ぎるほど厄介なのに、このうえ経済的な問題までもが絡んでくる。トイレの設置や運営費用は、一体誰が負担するべきか、と言う問題である。

 トイレを含む、公衆衛生の問題を解決することは、政府や政体の仕事である、と言う事自体は、広域文明内でもある程度コンセンサスは取れていた。
 もちろん他星人に言われるまでもなく、自星種族、あるいは関係の深い種族についてであれば、それぞれの惑星や人工天体に、それぞれの多星文化の様式に応じた、対応するトイレは概ね存在した。地球の都市に、地球人用のトイレがあるように。
 だが、それはもちろん彼等自身のために用意されているものだ。わざわざ他の星からやってきた、基本的には競争相手である他文明、要するに新参者の地球人のために、わざわざ都合のいいトイレを用意してくれるような気前の良さは、広域文明の中でも、求めるのは難しかった。

 政府に所属しないような、よくあるタイプの人工天体。あるいはこれもよくあるような、そもそも帰属があいまいな惑星では、その手の問題に対処する主体が、そもそも存在しなかった。
 脱法企業かそうではないかに関わらず、企業がこの手の問題に熱心になる理由も、また乏しかった。
 最低限、自分達の従業員にある種族にのみ対応していればいいし、企業の業績に、あるいは名声に帰さない問題についてまで、衛生面に配慮するような企業は希であり、そうして生き残る企業はさらに希だった、

 惑星ですらそうなのだから、大小個別の宇宙船に、それらの対応を求める事は、もはや根本的に不可能だった。

 つまるところ、こういうことだった。
 新参者であり……
 そして急速に勢力を拡大しつつあり……
 しかも大量のトイレを宿命的に必要とするのが、地球人だった。
 彼らに対して、それらのサービスを無償で提供してくれる文明など、宇宙のどこにも存在はしていなかった。
 無料のトイレなどない。
 地球から飛びだした人類は、宇宙では自明の事実に打ちのめされたのだ。

 とはいえ、現実にはどうしていたか。解決策は、実に古典的な方法だった。
 個人の宇宙服に、排泄物の処理機能を組み込む。それは最も合理的な方法ではあった。場所を増やすのではなく、移動する主体の方に組み込めばいいのだ。
 大気や温度、圧力の管理も同じ方法で行っているのだから、代謝系の処理も、個人の機能を、言わば拡張することで対処を行う。
 合理的であり、効率的である。有限のリソースでこの問題を解決できる、唯一の解決策ではあったが。
 選ばれたスペースマンや、訓練された軍人だけではなく、ビジネスマンやその家族が、宇宙に進出し、定住していくには、些か窮屈で、適応しにくい解決策でもあった。
 地球人は、トイレに行きたいのだ。たまには一人でくつろぎたいのだ。
 たとえ、他になんの存在もない、超空洞のさなかの宇宙船にいたとしても。

<2>

 ラストリゾート社は当初、非常に小さな企業に過ぎなかった。
 誕生のきっかけも些細なものだった。スペースマンの仲間内でくすぶる不満を、ほんのちょっと快適にしようと、そう思い立ったに過ぎなかった。
 出先でトイレが欲しい。そんなスペースマン達の声に、引退した元スペースマンの実業家が、それならば、と手を上げた。
 大小の中古の貨物宇宙船を改造し、移動可能なトイレを作り上げると、それらを惑星に設置したり、宇宙船に接続して使用できるよう、技術的な、あるいは法的な手続きを、ひとつひとつ骨を折り、苦労しながら整えた。
 それらの地球式トイレは、一種の定額サービスとして提供された。利用者は故郷を遠く離れたスペースマン、あるいは彼等を雇用する企業たちだった。懐かしい地球人式のトイレは好評を博し、徐々に評判を広げていった。

 ささやかに、静かに始まったこのサービスは、徐々に地球人以外からの接触が増え始めた。
 地球人と関係の深い異星の政体や企業から、取引先へのサービスとして、契約を締結する。そんなケースがいくつか出始めた頃。最初のブレイクスルーは、向こうからやってきた。
 とある異星種族が、自分達に対応した「地球式トイレ」の開発を打診してきたのだ。

 開発は難航したが、それは経営陣や技術陣が、その先に起きることを見据えて作業を進めていたためだった。
 訪れた顧客の要求に合わせ、ほとんど瞬間的に、形状や環境を変形させることが可能なトイレの開発。これからも増え続けるだろう異星種族の要求に対応するため、トイレそのものを再発明したのだ。
 こうして、「地球式トイレ」は「地球式(多星人対応)トイレ」となった。

 契約条件は、適宜、見直しが行われた。従来の定額サービスの提供に加え、それぞれのトイレが獲得する成果物(ラストリゾート社内では、その用語で呼ばれていた)も、社の貴重な収入源となっていった。
 地球人に限って言っても、たとえば、それらは単純に再処理可能な水資源であり、まずもって有機物であり、そして地球式の環境を生み出すのに不可欠な、細菌や微生物の群であった。
 母性である地球ではありふれたものだが、宇宙の果てでは入手困難なものだ。種族別に得られる、それら成果物を管理・再処理して販売することは、社の収入の柱となっていった。
 そしてもちろん、冒頭に述べたように、ある異星種族の成果物は、別の異星種族にとって魅力的な嗜好品と成り得たのだ。
 原材料について言及されることは、どの文化圏でもほとんどなかったが。

<3>

 二つの収入の柱を得て、無数の異星種族と契約を結び、予期せぬ規模拡大を果たしたラストリゾート社だが、またも試練と変革の時代を迎えることになった。
 奇妙な契約の増加と、その不履行による訴訟と言う問題が、時をおかずに出来したのだ。
 
 奇妙な契約の増加、と言うのは、たとえば生態的にトイレを必要としそうにない種族からの、あるいはすでに無数のトイレがあるはずの、異星種族の主星への設置契約だった。
 トイレを必要としない存在、あるいは場所が、なぜ地球式トイレを必要とするのか? うっすらと芽生えた疑問は、すぐに相次いで起こされた訴訟によって、嫌が応にも明らかとなった。
 彼等は地球式トイレを、トイレとはまったく違う存在として捉えていた。彼等は地球式トイレを、とりわけその「個室」を、プライバシーが完全に保護された、非常にコンパクトでセーフティな空間と解釈していたのだ。

 なるほど。なによりまず、そこは個人で利用する個室だった。プライバシーを守るためのセキュリティは、地球人からの視点に限られてはいたが、それでも社の方針として非常に重視され、厳格に運用されていた。
 トイレにおけるプライバシーの侵害は、地球人が地球だけにいた未開の時代から、決して解決することなく続いている問題だ。
 ラストリゾート社は、最新のセキュリティ機器で顧客のプライバシーを守る半面、そのセキュリティ機器そのものが、顧客のプライバシーを侵害しないよう、細心の注意を払っていた。
 なにしろ場所はトイレである。監視カメラで顧客を映しっぱなしにして、それを警備室で監視するようなわけにはいかないのだ。
 その矛盾するセキュリティ方針が作り出したのが、プライバシーが完全に保障された、少なくとも顧客層にそう受け取られた「個室」だったのだ。

 だがそのセキュリティレベルは、あくまで近年の技術を悪用した程度の、未開時代の犯罪者のたぐいを想定したものだった。
 社の法務部は、トイレの個室で最高機密の軍事作戦のデータが展開される事など予想もしていなかったし、ましてや敵対勢力のスパイがそれを見越して、隣の個室で監視装置を作動させ、作戦中の戦闘艦への行動命令を傍受していることなど、思いつきもしなかったのだ。

 かくして膨大な訴訟に対処することになり、大きく体力を損ねたラストリゾート社だったが、これがどうやら大きな機会であると、そう捕らえる冷静さを失ってはいなかった。
 すべての契約書を細心に見直し、責任分岐点を明らかにする。その作業と並行し、これまでのセキュリティ水準を遙かに超えた、政治・軍事レベルのセキュリティを備えたハイグレードトイレが開発された。

 それはもはや、トイレではなかった。トイレの機能を備えたシェルターだった。
 いや、移動機能を備えていることを考えれば、個人用の移動司令部とでも言うべき存在だった。
 これまでのものと区別するため、「保安型(セーフティ)地球式トイレ」と呼ばれたハイグレードモデルは、すぐに「セーフティ」とだけ呼ばれて、定着していった。

 しかし「セーフティ」がハイグレードである真の由縁は、その機能ではなく、その契約条件であった。
 それは、言うなれば武装保険契約だった。トイレの中から要請があった場合、顧客の安全を確保するため、ラストリゾート社は必要とされるすべてを、即座に派遣することを約束していた。
 すべてを、ありとらゆる、すべてを。戦闘艦を、戦闘機を、戦車を、戦闘員を、そしてもちろん配管工を。どこで、いつ要請があろうと、即座に展開し、提供する。それが「セーフティ」の契約だった。
 膨大な人員と予算を費やして、ついにラストリゾート社は、独自の武力を整えたのだ。

 当初この契約は、言わば下請けの民間軍事会社を派遣する形態だったが、すぐに社は自社で装備と人員を整える方針に切り替えた。必要なサービスレベルを確保するには、むしろ小規模で、効率的に運用出来る、統一された人員と装備が望ましかったのだ。

 これらのサービスは、本来、セーフティを契約した顧客に提供するため、計画されたものだが、精鋭の警備戦闘部門は、むろんラストリゾート社そのものを守るためにも、大いに活用された。
 その活動範囲は、そして、社の思惑を大きく超えたところまで広がっていった。

 この頃には、田舎の星でも普通に見かけるようになった「地球式トイレ」は、ハイグレードサービスの副産物として、安全な避難場所であると拡大解釈されていた。現実にも、そのような運用がなされていた。
 たとえば、何かの事情で…… 地元の犯罪組織に追われていたとか、そんな理由だ…… 命を狙われていた人物がいたとしよう。
 逃走している彼の目的地は、星が契約し、設置した「地球式トイレ」だ。そこに逃げ込み、個室の鍵をかけて立て籠もる。襲撃者は、どんな装備を持とうと、どれだけの数を頼もうと、そのトイレに殴り込むことも、個室の鍵を壊そうと試みることも、最早できない。ましてトイレを、中の人間ごと破壊しようなどと企んだなら。

 そんなことをすれば-- してしまえば。追い詰められた彼は、どの個室にも備えられた「非常」のボタンを押してしまう。
 ボタンが押され、受け付けたAIに、彼が生命の危機を訴えてしまったら。ほとんど即座に、殲滅力を満載し、後詰めに訴状と最高の弁護士を従えた、ラストリゾート社の戦闘艦が突入してくるのだ。

 誰もがラストリゾートの、その警備戦闘部門の無慈悲な介入を恐れていた。たとえ悪戯にでも、非常ボタンが押されることはなかった。
 ラストリゾートは純粋な軍事力であり、星の政治にも経済にも介入せず、決して買収されることもない。
 彼らはただ守る。自社の顧客と、自社のトイレを。
 トイレは、もはや抑止力となったのだ。

 ラストリゾート社、正式にはレストルーム・オブ・ラストリゾート社は、こうして広域文明の安全保障にさえ関与するような、独自の武力を擁する存在へと、進歩を遂げたのだった。
 地球式のトイレを、仲間内のスペースマンに提供したかっただけのサービスは、気がつけば広域文明において、もっとも成功した、地球起源の多惑星企業となっていた。

 地球の、英語圏の、それも多数ある表現の一つでしかなかった「レストルーム」は、もはや宇宙のほとんどの地域で通用する言葉となっている。
 今となっては、もともとが地球の言語であることを知らない者さえ多いだろう。

 今や、多くの星で多くの者が、気軽に、あるるいは畏怖しつつ、その部屋の名を口にする。
 レストルーム。遠い星からやってきた概念。
 小さな安息を与えてくれる、小さな部屋の、その名前を。

 尾籠なお話でございました。

【終わりに】

・きのう出先でおなかが痛くなり、体調が戻らない中、これはなにかの題材にならないかな、と思い、書き上げてみました。
・試しにノートでなにか書いてみよう、と前々から思っていたのですが、最初の一本がこの題材なのかと。我ながらどうなのだろうと思っております……。

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