人間のタイプ

『ユング心理学入門』を読んでいて、人間のタイプは箱におさめるようなものではなく、もっとゆるいものだと書いていました。

実際、完全に内向とか完全外向とかいったひとは、(少なくとも正常者においては)言えることができない。類型学を一つの座標軸と考えると、むしろ軸上に存在したり、ずっと静止していたりするひとはまれであり、軸からのずれや、軸を一つの基点としてその動きを追跡することによって、個人の特性をみてみようとするものであって、この点はるかに実際的である。

『ユング心理学入門』河合隼雄 P.38

河合は、ユング心理学を理論と実際の狭間の揺れ動きに心理療法士のあり方を見ているのではないか、と思う記述が散見されました。

領域の限定と拡大、この葛藤の中に、我々の困難さが存在している。

同書P.10

物質と精神とのどちらかに割り切ることなく、矛盾をもったそのままを心の現実として受け取ってゆこうとの態度である。

同書P.11

つまり筆者は、現象学的接近法といいつつも、それは、「何らかの枠組みをもたず」に行うのではなく、ある程度の体系化された知識をもって接するものであることを認めたい。

同書P.15

この、どちらでもある、とか、固定的でない、というのは、河合隼雄のエッセイの姿勢にも表れているのかなぁ、などと思ったりしました。答えているような答えていないような、ふわっとしているようですとんと落とす、そういう文章だと、勝手に思っています。

そして、僕も、その影響を知らず知らず受けているのかもなぁ、なんて、少し思いました。

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私の個人的な身辺雑記

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