見出し画像

【ある百姓の開拓記録】白雪牧場 - 耕作放棄地から生まれた幸せの牧場

白雪農園では小さな牧場を営んでます。親子二頭のポニーがいて、普段は近所の人が遊びにきて親子馬をのんびり眺める「白雪牧場」です。最初にその場所を手がけた時、そこは草が生い茂る耕作放棄地でした。そこから、さまざまな縁や小さな出来事が重なって少しずつ牧場へと育ってきました。今回綴ったのは、2017年にその土地に農園を定めてから、現在までの歩みです。長いですが、ご興味のある方はお読み頂けたら幸いです。

2017年 原っぱを買う

​2017年の3月、一年間学んだ農業カレッジを卒業し、いよいよ本格的に農園を開く準備がはじまりました。農業は何よりも土地です。農園とする場所を定めなければなりません。

前年から住んでいる家の近くにいくつか候補となる土地を見つけてましたが、その中で一つ気になる場所がありました。家から歩いて六、七分の所にある大善寺畑と呼ばれる土地です。そこには、サル・イノシシといった獣が出るため、集落の殆どの人が耕作をやめており、原っぱが広がっていました。また、東に立山連峰、西に富山平野を見渡す開放的な立地。人家から離れた何もない原っぱは、誰からも文句を言われることなく好きにできる自由なフロンティアのような感じがしました。

しかし、耕作放棄されたその土地は、獣達の楽園であり、現実は獣害の出る農業の不適地です。放棄されるには、訳があります。それでも、いろいろ人の話しを聞くと、地中にある芋類は、獣害に遭いにくいとのこと。実際にその辺で対策をしながら小さな面積で芋を育てる集落の人もいました。芋類を中心に植えることを考えながら、その土地に目星をつけました。

その年の9月、東京時代に娘が通っていた保育園の園児たちが、お父さん、お母さんに連れられ、30人の大軍団で家に遊びに来ました。ありがたいことに、農業を新たにはじめる我が家の応援で、旅行の幹事をしたAさんがカンパを集めてくれました。たまたま、集まったカンパと土地の金額はちょうど同じくらい。年末、地主さんと契約をまとめ、カンパのお金で譲渡してもらったのが、3,000平米の原っぱでした。

2018年 獣と草に悩まされる

春になって雪が解けてから開墾が始まりました。まずやったのが、野焼きです。耕作放棄地には、方々に伸びた雑草や雑木が我が物顔で地面を埋めてました。できるだけ燃やしてしまってから、何日かに渡って刈払機で草を刈りました。ある程度草がなくなると、今度は近所の人からトラクターを借りて畑をおこし、作付け。じゃがいも、さつまいも、里芋を植えました。

幸先よく、当時長女が通っていた保育園からさつまいも堀り遠足のお話も頂きました。しかし、さつまいもの苗を植えて数週間。植えた苗が所々なくなっていました。サルです。多少覚悟はしていたものの、早速の被害。でも、秋のいも堀りを楽しみにしている園児たちに、芋がないとは絶対に言えません。急いで、自然保護センターの専門家・A先生を訪ねてサル対策の教えを乞い、採算は度外視して厳重に対策をしました。

一方、獣害の他にも困ったことがありました。草刈です。厳重な囲いで畑ができるのは一部のみで、大部分は草地のまま。広大な草地を刈払機で刈る日が続きました。でも、雨が降るとたちまちに草は勢いを盛り返してくる。ほかの農作業も入ってくると、手が回らず、草の勢いに負けるようになってきました。

家畜の構想

ある日、家の納屋を整理していると、かつて住んでいた人が記した昭和はじめの日記が出てきました。そこには、飼っていた馬のお世話記録が書いてありました。よく見ると、家にある一つの納屋が、家畜小屋だったこともわかってきました。「家畜を飼って草刈りを手伝ってもらえないか」と、ふと浮かびました。

秋になり、保育園の芋掘り遠足がやってきました。対策の甲斐あって被害もなく、さつまいもを無事収穫。収穫のあとは、100人ほどの園児たちが、虫を捕まえたり花や草を集めたりと、原っぱで走り回って遊んでいます。遊ぶ子供たちを眺めながら、「動物がいたらもっと楽しくなるのでは」と思いました。 草刈だけでなく、楽しみを与えてくれる存在として、家畜を飼えないか考えるようになりました。

2019年 ポニー親子がやってくる

馬飼いへの道のり

2019年の春、家畜を飼うために本腰を入れて動くことにしました。

ある時、町の施設で羊を飼っていたことを知り、役場の農林課に話を聞きに行きました。その時、町の羊プロジェクトに一人の獣医さんが関わっていたことを知り、紹介してもらうことになりました。富山県内で動物を往診する個人事業を始めたばかりのT先生です。

フットワークの軽いT先生は、数日も経たないうちに農園にやって来ました。家畜を扱ってきた豊富な経験から、牛・馬・羊・ヤギとそれぞれの家畜ついて特徴を教えて貰いました。そして、数ある候補の中で、一番自分の中でしっくり来たのが馬でした。馬であれば心を通わせる相棒になってくれると思ったからです。

また知人にたまたま馬の話をした所、富山市でフリースペースを営み自宅で馬を飼うMさんを紹介されました。市内の住宅街にあるMさん宅を訪問すると、自宅ガレージを改造した小屋でポニーが一頭飼われていました。Mさんも飼った経験はなかったそうですが、何とかなっているとのこと。個人で馬を飼う先達がいたことは、気持ちの上で大きな後押しになりました。

気持ちが固まれば、あとは行動です。3月末、故郷である福岡に帰省した際、実家近くにある乗馬倶楽部を訪ねました。何のツテもなく訪ねましたが、素人ながら馬を飼ってみたいとトレーナーのJさんに相談すると、「飼う馬をしっかり見極めて選ぶことが大事」と親切にアドバイスしてくれました。

富山への帰り道、とある馬牧場を訪ねました。牧場で売り出し中の馬を事前にインターネットで見ていて、気になる馬が一頭いたからです。見に行くと、カモミールと名づけられたその馬は、牛のようにおなかがぽっちゃりして馬としてはやや不格好。でも、群れのボスで、とても落ち着いたかしこい馬でした。飼うならこの馬だと直感しました。

素人馬を飼う 

5月の連休すぎ、カモミールが農園にやってきました。もちろん、それまで馬を飼った経験もないため、扱い方を知りません。カモミールも言うことを聞かなかったりで、こちらもパニックに。そのような中、助けてくれたのは、近くの集落にいる木こりの友人R君です。馬の扱いを見せてもらうと、かつて馬牧場で修行した経験もあって、魔法のように自在に馬を動かせる。R君には馬飼いの先生として、いろいろ教わることになりました。

また、ほどなくして、馬業界の経験豊富なプロである金沢競馬のT先生や装蹄師のMさんも近くに来た時に訪ねてくれ、つながりができました。こうした先生達にも教わりしながら、少しずつ馬の飼育にも慣れていきました。

仔馬の誕生

5月末の朝、馬小屋を覗くと、見慣れない白い姿が見えました。最初は捨てられたヤギかと思いましたが、よく見ると生まれたばかりの仔馬。カモミールのお腹が大きく妊娠の可能性を聞いてはいたものの、仔馬が前触れもなく生まれたのには、まさに仰天。さらに重なるときは重なるもの。その日は偶然にも、新規就農希望者のSさん一家が民泊に泊まりに来る予定があり、テレビの取材がやってくることになっていました。Sさんのインタビューと並んで、生まれたばかりの仔馬が元気に歩く姿が、ニュースに流れることになりました。

さて、生まれた仔馬はクローバーと名づけられました。体毛がクローバーの花のように白く、また農園に幸運をもたらす予感がしたからです。仔馬が生まれたことが噂で広まると、仔馬クローバーを見に、近所の子供たちが集まってきました。バンビのように跳ねるクローバーは早速人気ものです。

一方、仔馬が生まれたことは、母馬カモミールにもよい影響がありました。知らない地に一頭だけでやってきて、どこかそわそわしていました。しかし、仔馬が生まれ群れになったことで、落ち着きが出て来ました。張り合いをもって仔馬をお世話する様子に、飼い主としても一安心でした。

ところで、幼い仔馬をそばで見るのは、とても楽しい経験でした。つねに母馬のかたわらにいて、母馬がどこに行くにも後をついて行く姿はとても愛らしい。一方、仔馬ながら原っぱを全力で疾走する時は、さすが馬だと惚れ惚れする速さでした。また、生まれた時から人に囲まれて育ったクローバーは、実に人懐っこい。人の姿を見ると、遊んでと近くにやって来ます。男の子でやんちゃな所もありますが、愛嬌ある仔馬は牧場のアイドルとなりました。周囲も放っておきません。地域おこし協力隊のSさんが我が家を訪ねて来ました。「秋のイベントで仔馬を子供たちに見せたい。協力してほしい」との依頼です。クローバーはしっかり仕事も運んで来る孝行息子なのでした。

親子の逃亡

事件もありました。ある日の深夜、寝ていると突然警察官が訪ねて来ました。話を聞くと「馬の親子が集落を徘徊している」とのこと。慌てて集落を探しまわっていると、ご近所さんの庭で呑気に草を食べている二頭がいました。後から見ると、どうやら出入口のゲートを倒して、柵から出て行ったようでした。幸い事故や大きなトラブルにはなりませんでしたが、逃げ出すと一大事です。冬になって農作業が落ち着くと、しっかりとした柵や出入口に作り変える作業を始めました。

なお、家の横にある馬小屋と耕作放棄地にある放牧場は、歩いて六、七分の距離にあります。朝になると馬小屋から放牧場に二頭を連れて行き、夕方に馬小屋に連れ戻すことを繰り返していました。ですが、毎日となると少し大変。放牧場にも馬小屋を作ってそこにずっと馬を置けないか考えるようになりました。

農作業も落ち着いた12月、近くの道を車で走っていると、目についたものがありました。国鉄時代の鉄道コンテナです。さび色に塗られたコンテナは百年でも持ちそうなほど頑丈で、馬小屋にもしっかり使えそうでした。そのコンテナがあったのは近くにある鉄くず屋さん。そこで倉庫として使われていたものですが、オーナーであるFさんにお願いし、鉄くずのお金で譲って貰えることになりました。

2020年 コンテナと人がやってくる

コンテナ休憩所の誕生

1月、トレーラーに乗ってコンテナが放牧場にやってきました。コンテナを大型クレーン車で吊って、基礎となるブロックの上に降ろし、無事完成。他では断られた難しい仕事を受けてくれたのは、土建屋のMさんとその仲間たち。任務を終え、軽くなって颯爽と去っていくトレーラーを、「ありがとう」と手を振って見送りました。

これで馬小屋が出来て一安心のはずでした。ところが、肝心の馬が頑としてコンテナに入らず。コンテナに上がるスロープを馬が登ってくれなかったのです。馬に詳しいきこりのR君に聞くと、馬にとって足の骨折は致命傷。怪我をしかねない高い所には簡単には登ってくれないことがわかりました。結局、馬小屋としてコンテナを使うことは諦め、後で別に馬小屋をつくることになりました。

コンテナ馬小屋計画は見事に空振り。しかし、コンテナは中に入るととても開放的で居心地のよい空間でした。扉を開けると、遠くに立山連峰が見えます。解体される近所の空き家から貰ってきたロッキングチェアに座ると、なんとも贅沢な気分に。馬小屋ではなく、休憩場にすることにしました。

馬たちは相棒

3月のはじめ、我が家に三女が生まれました。ところが、三女は生まれたその日にダウン症であることが判明。病院から家に戻った時、突然の予期せぬことに心は整理がつかず波打っていました。夕方、お世話で馬小屋に行くと、馬たちが寄って来て、なぜだか鼻でこちらの顔を優しく触ってくれます。毛繕いをしながら馬を触っていると、不思議と気持ちが落ち着いてきました。

馬たちのおかげで少し平静になると、ダウン症の娘を馬と共に育て、娘が大きくなったら馬のお世話で活躍する、未来像も浮かんできました。その日、馬たちは心の友でしたが、生まれた娘にとっても将来大切な相棒になる予感がしました。

人が集まる

その年の春は、コロナで学校が休校。放牧場に置いたコンテナには、学校が休みになった娘や近所の子供たちが、集まって遊び場としました。原っぱや廃屋から拾って来たものをコンテナに並べ、秘密基地遊びをしていたようです。また、障がいのある子を専門に預かる学童施設とダウン症の三女の縁でつながり、施設の子供たちもグループで遊びにやってきました。

夏になると、サイクリング中にコンテナや馬を見かけ、立ち止まる自転車乗りの人たちが現れました。その一人であるAさんはサイクリングで通るたびに声をかけてくれ、差し入れの飲み物やお菓子を片手に、おしゃべりする仲に。サイクリングで遊びに来たY夫妻は、後日椅子を沢山寄付してくれ、休憩所づくりに一役買ってくれました。自転車乗りの面々は風と共に現れ、いろいろなものを運んで来ます。

秋には、たまたま大学時代のつながりがきっかけで、農林水産省のSDGsプロジェクトに参加し、SDGsを啓発するオープンファームイベントを開催しました。東京から移住して近所で雑貨店を営むIさんにオープンカフェを出してもらったおかげで、イベントには多くの人が訪れ大賑わい。原っぱでは子供たちが走ったり、虫を取ったりと元気に遊んでいました。耕作放棄されたただの原っぱだったころを思えば、一変したその日の賑わいには感慨深いものがありました。

白雪牧場の日常

ところで、カモミールとクローバーの親子は乗馬で人を乗せたり、特別な芸をするわけでもありません。親子で仲良く草を食べながら一日をのんびり過ごしているだけです。

それでも、牧場から少し離れた所に住むあるおばあちゃんは、親子馬の様子を眺めに毎日歩いてやってきます。そして、置いてあるエサを馬たちにあげることを一日の楽しみにしています。道で会うと、その日の馬たちとのやりとりを語ってくれますが、その様子は実に楽しそうです。

ごくたまに人で賑わうこともありますが、近くの人が散歩に来て、のんびり暮らす馬たちと平穏なひとときを過ごすのが、白雪牧場の日常です。

幸せの牧場

白雪牧場は、耕作放棄地から始まったポニー牧場です。でも、振り返れば、耕作放棄地を開墾した時は芋畑としてはじまり、馬たちがやってくることは、想像もしていませんでした。白雪牧場は、さまざまな縁やちょっとした出来事の積み重ねで生まれた産物です。これからも思いもよらない変化があるかもしれません。

ただ、変わらない原点として守っていきたいものもあります。牧場コンテナの片隅には牧場のあるべき理想として、ドイツ・ローデンブルグの城門に書かれたある一文を掲げています。

「歩み入るものにやすらぎを、去りゆく人にしあわせを」

Peace for those who walk in, Happiness for those who walk out.

この文にあるような、馬と人が紡ぐやすらぎと幸せの場であり続けたらと思っています。これからも白雪牧場に幸あらんことを。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?