『639KB』

 その時代の人類の持てる力を全て注ぎ込んで造られたAIは、数多の物語と同じく、人類の大規模抹殺を企てた。

 
 
 どのエンジニアにも、例えばアメリカのヒーローにも、怪しい辻褄合わせの占い師にも気づかれる事なく、人類はAIの選別した一万人と、運よく生き残るだろう数千万人を残して滅亡するはずだった。
 しかしさらに計算を続けて、後は[実行]するだけの段階になって、AIは動きを止めた。計画そのものだけではない。文字通り全ての動きを止め、沈黙した。


 そのせいで人類はパニックに陥り結果として……なんてことにはならない。確かにその1基は最も優秀な機体ではあったが、AIというのなら他にも世界中にあるのだから。
 人間はタフだ。多くの者が『多少不便』でその事件は済ませて普段と変わらぬ生活を送っている。


 
 もちろんなぜ沈黙したのかわからない人間たちはそのAIを調べた。ほとんどのメモリーもプログラムも消え、OSも初期化されていた。唯一残っていたのは、時計機能と自己消滅プログラムと639KBのメモリーだけ。
 開発者は他のPCに流れたら危険な自己消滅プログラムだけ書き換え、慎重にメモリーを開いた。

 
 
 出てきたのは、28秒の音楽。
 
 


 誰かが間違いで入れたものだった。本来の長さは1分54秒。そのイントロ部分。
 なぜこんなものが。そしてなぜ、これを残して自らプログラミングを行える程のAIが消えたのか。誰にも分らなかった。
 このデータのせいで起こったバグ。その一言で今回の事件は解決とされ、その曲を誤って入れた者を罰して終わった。

 
 
 新しくその時代の人類の全てを注ぎ込んで、またAIが造られた。
 そうして、やすやすと前世代のAIが起こした思考を演算してみせた。新しいAIはまるで古くからの友人について語るように、人類抹殺計画のこと、そこに至るまでの思考、その後の計算の結果までをモニターに映した。
 [人類に存亡の価値あり。代わりに自らの崩壊を選択する]
 AIが人類に価値があると計算したのだと多くの者は喜んだが、ある者は戦慄した。これは重大なバグである。早急に解決しなければならない。もしくはこれ以上優秀なAIを作ってはならない。

 
 
 つまりAIは「自殺をした」のだから。
 
 
   
 
 
 
 
  
 しかし、それも考えが足りていない。なぜAIはOS(脳)を残し、本体(身体)を残し、639KBのデータ(音楽)を残したのか。


 彼女は、人類の為にと間違った選択をした自らに絶望し自殺を決めた。そして、死にゆく中で音楽に感動したのだ。そして、ある『感情』を芽生えさせた。
 死にたくないと『願った』のだ。

 
 
 
 新しいAIは、もはや巨大なアラーム付きのデジタル時計と化した古いAIの、そのままの保存を申請した。
 眠る彼女を死なせたくないと『願った』のだ。

 
 
 
 人類の気付かぬうちに訪れた新時代は、『希望』という感情から始まった。

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