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 ※ショックを与えるような内容を含みます。閲覧の際にはご注意ください。

 





 165cm。45kgになりたい。できれば40kgがいい。もしかしたら、ゼロになりたいのかもしれない。
 

 負けないコツは、勝てる勝負しかしないことだ、と言われているらしい。
 「産まなきゃよかった」と幼時のわたしを床に投げつけたファンキーな保護者は、その原則を忠実に実践したひとりだった。(体格が互角になった)子どもに手を上げる代わりに、体重で張り合い始めたのだ。自分の服を持ってきて「要る?あなたには着られないだろうけど(笑)」と言われたことは、それなりに思い出深く記憶している。
 それと同時に、”食べさせる”人でもあった。食卓には手作りに拘った料理が並んでいたが、それはわたしの望む量よりも多いのだ(無論、それを言うと不機嫌になる)「市販の物より美味しいでしょ?」と言う姿に「この人は沢山食べさせることで自己肯定感を保っているんだな」と気づくまで、わたしはなんて贅沢なことで悩んでいるんだろう、と自分を責め続けていた。

 
 めちゃくちゃ食べちゃうんです、と電話越しに言えたのは、大学生活を始めて暫くした頃だった。久しく会っていない他校の先輩は、「そっか」と黙って話を聴いていた。
 一人暮らしを始めてから、コンビニで甘い物を大量に買って体に詰め込むようになったこと。逆に罪悪感で絶食する日もあること。やめたいのにやめられなくて、自分が嫌になること……。
 「いつか落ち着くよ、絶対」と先輩は言った。勿論可能ならプロに頼るべきだけど、と前置きをして。散らばるプラスチックの包装を見ながら、頑張ってみます、と答えた。


 <え?……いやどういうこと?>同期が混乱している。そりゃそうだ。
 全然食べないのを心配して<冷凍パスタとか家に置いときなよ、カップ麺でも何でもいいから食べて>って言ってくれたのに、「……食事が嫌いで、いや嫌いというか……」なんて返したのが悪い。
<事情は把握、すぐどうこうできない事なのは分かった> それは多分そう。ありがとう。
<誰かと食べたらちょっとは罪悪感減るかな> 減ると思う。
<倒れるリスクが少なくなるような生活をして欲しくて、一人暮らしだからなおさら> ……善処します。
<あなたは私にとって大事な人なので>
 

 「昔、機嫌がよかったのかタルトを丸ごと買ってきてもらったことがあって」
  初めて家に遊びに行くと、その人は「甘いのが好き?」とカクテルを作ってくれた。カウンターみたいな形のキッチンには、色とりどりのお酒が並んでいる。
 「でも、私たち兄弟じゃ食べ切れなくて、2人でそう言ったら不機嫌になって」
  カシャカシャ、と音がして目を上げる。バースプーンを混ぜる動きって、とても綺麗だと思う。わたしがやったら一瞬で失敗しそう。
 「話は飛ぶんですけど、ずっと人の好意や関心そのものが怖いんですよね」
 「なんていうか……断ったら怒られるんじゃないかとか、正解の答え方ができてるかとか、全部がこわい」
 「タルトさ」
 「え?」
 「わたし1ホールくらい余裕で食べれるから」
 「……はい」
 「呼んでよ、全部食べる」
 「なにそれ、最高じゃん」
 「サイコーだからね」

 
 「それはどちらかと言うと……薬物療法以外の領域ですね」と精神科医は言った。
 「”まともに”食べられない」こと、そしてその機序を医療機関に話せるようになったのは、今年に入ってから……何ならごく最近のことだ。案の定の答えに、そうですよね、と返しながら笑ってしまう。
 「ひとまずは薬物療法を中心に、という方針なので……そうだなあ、認知行動療法のワークブックとか」……そういうことはそちらの方が詳しいと思いますが、と表情の読めない顔で付け加えられた。否定も肯定もしようがない。
 「……考えてみます」
 「焦らずいきましょう。では、お大事に」


 ひとりで暮らし始めて今日で3年半らしい。
 目の前には今も二択が現れる。何かを食べて自分を嫌いになるか、カロリーを極端に制限してフラフラになるか、だ。
 食事に連れ出してくれる友人たちには本当に救われている。人となら、ある程度罪悪感なく食べられるからだ。
 今後40kgになりたい、と喚くのかもしれないし、認知行動療法のワークブックを開くのかもしれない。
 ……残念ながら明日も、ゼロにはなれなさそうである。
 

※本noteはフィクションです。

 


サポートエリアの説明文って何を書けばいいんですか?億が一来たら超喜びます。