野間文芸新人賞ってどんな賞? 候補作も予想してみた
ごきげんよう。あわいゆきです。
8月が終わって、いよいよ秋が訪れようとしています。
食欲の秋、運動の秋、芸術の秋……いろいろな秋が私たちの生活を彩るなか、いちばんはなんといっても野間四賞の秋ですよね。
ですが、野間四賞についてそれほど知らない/そもそも興味がない人も一定数いるのではないかと思います。
というわけで今回は、来る野間四賞に備えて野間四賞のなかでも唯一候補作が発表される、野間文芸新人賞の紹介を簡単にしていきます!
そのうえでどの作品が候補に選ばれそうか、簡単な予想も記していきます。
なお、予想には私の主観と個人的な趣味嗜好が多分に混ざっています。あくまでも一個人の考えということで、なにとぞご理解いただけると幸いです。
そもそも野間文芸新人賞ってなに?
野間文芸新人賞は、一般財団法人野間文化財団によって設立された文学賞のひとつです。この「野間」は、財団を設立するきっかけとなった講談社の初代社長、野間清治さんに由来しています。実質的に講談社が運営している法人だといって、差し支えないでしょう。
また、野間文芸新人賞だけでなく、ベテラン作家に贈られる野間文芸賞、すぐれた児童文学に贈られる野間児童文学賞、出版にまつわるすぐれた表現活動を行った作家や団体に贈られる野間出版文化賞も存在。これら四賞をあわせて、冒頭にも記した「野間四賞」と称されます。
どんな特徴の賞なの?
野間文芸新人賞は、その名の通り新人作家に与えられる賞となっています。
ここでいう「新人」の定義は非常に曖昧なものですが、基本的に芥川賞を受賞している作家は候補作に選ばれません(昨年の遠野遥さんが数十年ぶり)。デビューからしばらく経っている作家は野間文芸賞のほうに選出されます。
候補作に選ばれるジャンルは純文学。対象作は前年9月〜本年8月に刊行された単行本、および純文学雑誌に掲載された小説。年間通して枚数・媒体問わず選ばれるため対象作は非常に多く、レパートリーも豊か。
また、候補作の推薦を有識者から募っているのも大きな特徴。編集部内で候補作の選定を完結させていないため、取りこぼしは少ないといえます。積極的に二作同時受賞をおこなっている(三島賞だとルール上、単独受賞のみ)のも印象強いです。
野間新人賞に芥川賞と三島賞を加えた三つの賞をひっくるめて「純文学新人賞三冠」とも呼称されることもあり、純文学ジャンルでキャリアを積むには避けて通れない文学賞のひとつになっています。
今年の野間文芸新人賞の展望
先述した通り、野間新人賞は実質的に講談社が主催しているため、候補作のうち2作品以上は講談社および『群像』の作品から選ばれる傾向にあります。過去には候補作の過半数が自社作品だった回もあり、講談社からどの作品が選ばれるかを考えるのは肝要。
また、野間新人賞で抜擢されやすいのは、芥川賞候補に選ばれたことがあるものの受賞できなかった作品、もしくは候補に選出されなかった有力作品です。芥川賞候補になりそうな作品を先んじて候補にするケースは少なく、近年だと千葉雅也さんの『デッドライン』のみ。先取りもそこそこみられる三島賞とは対照的といえます。
そして、「野間新人賞」が同時に発表されるからか、三島賞に比べるとベテラン作家の候補入りは少なめ。あくまでも相対的な話で、まったくないわけではないですが。
そうした傾向を踏まえたうえで、今年の大本命は高瀬隼子さんの『おいしいごはんが食べられますように』だったのですが……芥川賞をめでたく受賞されたので、一転して大混戦に。『群像』の新人作家さん掲載数が群を抜いて多いこともあり、非常に予想が難しくなっています。
それでも自社作品から選んでいくと、まず有力そうなのは小砂川チトさんの『家庭用安心坑夫』(講談社)ではないでしょうか。以前に紹介をしているのでこの記事では簡単な内容説明に留めますが、団地で主婦をしている小波という女性が、街中のいたるところでマネキン人形を見かけるようになるところから物語は始まります。そのマネキン人形は幼い頃に母親から「あれが父親」と言われて育った、廃坑を基にしたテーマパークにいるはずのものでした。いないはずの存在が目の前に現れる——それによって小波の現実と妄想の境界線は溶けていきます。〈現実〉であるはずの自宅から〈妄想〉の象徴とも呼べる廃坑の奥まで行ったり来たりを繰り返し、やがて現実と妄想が重なり合ったとき、小波の前には新たな景色が姿をあらわします。読者に解釈を要求してくるので非常に奥深い作品ですが、マネキンを担いで盗もうとしたりマネキンと鍋をつっついたり、シュールなシーンがやたらとあるため、さらっと読んでも面白いのも特徴です。
芥川賞では受賞した「おいしいごはん〜」に次ぐ二番手評価を獲得しており、この場でも一定の評価はされそうな予感がします。
そしてもう一作品、期待したいのはグレゴリー・ケズナジャットさんの『鴨川ランナー』(講談社)。京都に留学して日本語を学んでいる外国人男性が余所者として区切られ、周囲から「外国人として見られてしまう」違和感を鋭く言語化した作品です。現地の日本人に外国人を排斥する意図はなく、表向きは歓迎されていながらも疎外感を抱かせる手法が新鮮で、二人称「きみ」を用いた語りも相まって、日々を生きる中で抱いている「ずれ」が読者に直接届くようになっています。日本語をどれだけ身に付けても京都という土地に馴染むことができない、一種の諦観は胸を打つものになっていました。
刊行時期こそ一年近く前ですが、抜擢もありえるのではないでしょうか。
他者からの作品は、まず永井みみさんの『ミシンと金魚』(集英社)は野間文芸新人賞でも有力。認知症を患っている老婆カケイの支離滅裂な一人称で進行していく物語は、本来脈略のないはずの語りが緻密な構成によって先を読む手を促します。繰り返す夏からの移ろいやたくさんの「みっちゃん」、息子の妻が来訪するデイ・サービスに、同じ介護施設で紡がれる恋愛関係。あらゆるものを包括しながら問題提起につなげるのではなく、ひとりの女性の「人生」を描くことに徹底しているため、非常に力強い物語となっています。
三島賞では同時受賞がないゆえの次点評価で、選評でも受賞とほぼ同等の見方をしている方が多数いました。三度目の正直なるか。
雑誌掲載作からは、温又柔さんの「祝宴」(『新潮』5月号)も見逃せません。日本にも台湾にも属しきれず、「ふつう」になれない長女が父親に同性愛者だと告白し、それをどう受け止めるべきか悩む父親の姿が描かれています。
「カミングアウトされた側がどう振る舞うべきか悩む」作品は多く存在しますが、この作品は「ふつう」を求めてしまうルーツが日本/中国/台湾の複雑な歴史背景に起因しており、物語をより奥行きのあるものにしていました。父親が娘に「理解者」として振る舞えてきた背景に存在する相対的な金銭の余裕や、自らの出自はどこにあるのかを自問自答する姿勢、その果てにある「ふつう」とはなにかを改めて問いかける作品です。
もう一作品は非常に悩むところなのですが、話題性の高さから年森瑛さんの『N/A』(文藝春秋)はまたどこかで食い込んできそうです。安直なラベリングをする / される ことを拒んでいる女子高生のまどかを主人公にしたこの作品は、かけがえのない唯一無二の関係性や、自分だけの言葉を探そうと懸命にもがきます。
しかし周囲の人間は、そしてまどか自身の感情はそれを許しません。安易な理解による加害と被害が表裏一体となって襲い掛かってくる現代社会で、最終的に辿り着くのは「集団」に属する / 括りつける ことで軋轢をなくして円滑な関係性を築ける気楽さと、そこに流れ着いてしまう「個」の脆弱性です。生理を止めることで逃れようとしていた「女」の型に当て嵌まってしまったまどかが直面する限界には、ままならなさを抱かせます。
私の予想はこんな感じ。
◎永井みみ『ミシンと金魚』(集英社)
◯小砂川チト『家庭用安心坑夫』(講談社)
◯温又柔「祝宴」(『新潮』5月号)
△グレゴリー・ケズナジャット『鴨川ランナー』(講談社)
△年森瑛『N/A』(文藝春秋)
今回はあまり自信がないので、予想外の面白い作品が選ばれることに期待です。
候補作はおそらく9月下旬に発表されるはずなので、楽しみに待ちましょう。ぜひ野間四賞にも注目してみてくださいね。
それでは、ごきげんよう。
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