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「鳩になった絵描き」に寄せて

 「鳩になった絵描き」は、少し前までカクヨムおよびエブリスタにアップしていた作品です。執筆当時、イスラエルによる――という言い方が不適切なら、シオニストによるジェノサイドが始まっていたかは記憶にありませんが、少なくとも、ロシアのウクライナ侵攻が始まってからはかなりの時間が経っていました。
 「戦争反対」という言辞ほど無力なものを、もしかすると知らないかもしれません。そうして、その実感は日増しに強くなっていきます。ましてや、「戦争反対」を掲げる物語の無力さに至っては猶更、と言っても差し支えないでしょう。それでも、その無力さに挫け、「鳩を描く」のをやめてしまったとき待っているものはなにか。おそらくそれは、戦争よりももっと恐ろしいもののような気がします。
 「鳩になった絵描き」というタイトルで物語を書こうと決めたとき、実を言うのなら、絵描きはほんとうに鳩になり、世界に平和を伝えるために飛び回る、という展開になるのではないかという予断がありました。そうならなかったのは、おそらくですが、この世界の野蛮を俯瞰する存在でなく、この世界の――私たちが生きる世界と地続きの世界の野蛮さに対して、ほとんどあっけにとられながらも、地に足をつけて生きざるをえない人間を書くべきだ、と思ったからです。祈ること、その祈りを他人事にしないこと、そのためにはいろいろな方法があると思いますが、今回私が選んだのは、私とほとんど私と同じ速さで歩き、ほとんど私と同じ位置に目を有つ人物を、なんの魔法もかけずに描くというやり方でした。はたしてそれが正しいやり方なのかはわかりませんが、それでも少しでも世界が平和になりますように、というこの祈りが、伝わったのならば、これほど喜ばしいことはありません。

(甫邑)

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