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膝がぶつかって二回謝るおばさんのはなし

私はコミュ力というものが欠けている。

とにかく電車に乗っていた。23:00だった。
椅子に座ってうつむいて、目を閉じて。
乗り換えまで残り数駅。

その時、前に立っていた女性の膝が「ガクン!」と折れた。

「ガッツ!」と膝と膝がぶつかる。ほんとです。ガッツ!といいました。
痛い。そーとー痛い。
おそらく相手も、そーとー痛い。
頭の上から「すみません…!」と声がした。40~50代くらいの女性の声だ。
目を開けて真っ先に目に入ったのは、彼女の赤いパンプスの足。

顔を上げて、「大丈夫」と言うべきか。
顔を伏せたままで、「平気です」と言うべきか。
何も言わず、首だけ振るのか。

どれもできなかった。
こういう時、どうしていいかわからない大人です。
痛いのは事実。
怒るほどではないけど、ムカついてもいる。
声の主が明らかに年上(でも年配ではない)で「しっかりせえよ」とも思っているし、妙に赤い、バレエシューズのようなパンプスに戸惑いもある。

ああ、要素が多くて、身のやり場がない。
膝の痛み。疲れた体。パンプスの赤。エナメルが目に刺さる。

うつむいたまま、ぼんやりと膝をなでる。
すると、ちょっと間ののち、その女性はまた「すみません」と申し訳なさそうに謝った。投げやりでもなく、儀礼的でもなく、大げさでもなく、実に適切なボリュームで。

いい人なんだ。
この人、多分いい人なんだ。
日々ちゃんとコミュニケーションをして、適切に生きてるんだ。
こういう人を見習って、私も人と人とのつながりを大切にしなければならないな。
そう、素直に感じることができました。


私は彼女を尊敬し、そのまま無視した。


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