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「シュリンクス-誰も語らなかった精神医学の真実」の読書メモ

キャプションの写真はフロイト先生のようです。アメリカ精神医学業界のこの100年くらいの歴史を記述した上記の本を読みました。一般向けの読みやすい内容ですが、なかなか面白くまた勉強になった事も多かったので、読書メモをまとめておきます。

●著者はDSM-5がローンチされた時にアメリカ精神医学会の会長をしており、DSM-5の編集にも関わった、精神科医・精神医学研究者。
●19世紀~20世紀前半までは、精神疾患はほぼ治療手段がなかった。アメリカでは田舎に公立の精神科病院が作られ、重症患者はそこに入るのだが、特に治療の手立てはなく、また当初の想定よりも患者数が増えるにつれ環境は劣悪になっていき、収容所という趣きになっていった。
●この時代の「精神科医」は、こうした公立病院の管理者のようなポジションであり、経済的・社会的な地位は高いとは言えず、なかば侮蔑をこめて「エイリアニスト(よそ者)」と呼ばれた。
●20世紀初頭、フロイトによる精神分析運動がはじまり、ヨーロッパに広がっていった。特に初期のメンバーはユダヤ人が中心だった。ナチスが台頭しユダヤ人が迫害されると、フロイトはイギリスへ亡命。また多くの有力な精神分析家が、アメリカに逃れた。
●この事が一つの転機となり、アメリカにて精神分析がかなり広まった。また2つの大戦期には多くの兵士が現在でいうPTSDに罹患し、精神分析がその治療に一定の効果をあげた事も、精神分析の地位を高めた。
●精神分析家は、都会にオフィスを構え、富裕層を相手に商売できる。エイリアニストになるより精神分析家になる者が増えた。また主要な大学の精神科教員は、精神分析関係者が占めるようになった。
●フロイトが中心だった頃から、精神分析運動にはドグマ的なところがあった。さらにアメリカの精神分析運動では、フロイトの意図を超えて、統合失調症やさまざまな精神疾患にも精神分析が有効だと考えるようになった。
●こうして精神分析運動がアメリカ精神医学業界を席巻したが、その治療はほとんど有効性をもたなかった。
●ある部族は首刈り後に頭を小さく縮ませる習慣があり、「ヘッドシュリンカー」と呼ばれた。精神分析家たちの治療も、こうした呪術的行為と同様だと考えられて、侮蔑的に彼らは「シュリンクス」と呼ばれるようになった。
●1960年頃には、ゴフマン、R.D.レインらの反精神医学運動が起こった。(当時のシュリンクスによる支配を考えると、妥当な部分はあった。一方反精神医学運動は、社会環境によって精神状態が決定されるのであり精神疾患は存在しない、という極端な主張を行った)
●「カッコーの巣の上で」の原作の出版も1962年。
●一方このころ、クロルプロマジン、イミプラミン、リチウムなどが開発され、精神疾患に明確な治療効果が認められるようになった。
●1973年頃、アメリカ精神医学業界はシュリンクスが多数派で、クレペリン主義者(セントルイス学派)、生物学的精神医学派はかなり少数派だった。
●セントルイス学派のフェイナー基準をたたき台に、スピッツァーはDSM-3を作った。同性愛が「疾患」から外された。病因の廃止。主観的苦痛と持続という概念の発明。精神分析家は抵抗したが、投票ではほぼ満場一致で採択された。
●DSM3と薬物療法の普及により、田舎の公立精神科病院に収容される人数は減っていった。
*なお、日本ではこの時期に、政策誘導により私立精神科病院が多数開院し、欧米とは逆の流れとなり、現在まで続く、長期入院患者の問題を作り出した。
●DSM4はスムーズにローンチした。DSM5は、最初は編集過程が秘密主義的だったので批判され、世間の批判にもさらされたが、学会が介入して何とかローンチにこぎつけた。
●NIMHのトーマス・インセルが批判したので騒ぎになったが、著者とインセルが共同声明を出すことで騒ぎは収まった。
●今日でも精神科、精神疾患へのスティグマは強く残っている。過去の事を考えると、そのスティグマは当たっている部分がある。しかしその後のシンポで、精神医学は一定の妥当性のある医学の一分野となり、診断や治療もかなり進歩した。今日ではその汚名をはらすべきだ、と著者は最後に主張する。
●今日の精神科医/精神医学研究者は多元主義者であるべきだ。脳と心の両方に根ざす。神経科学、薬理学、遺伝研究などに根ざす科学者でありつつ、また心の実存的な問題にも共感的な関心を寄せる実践者でなければならない。

*本書の流れとしては、精神分析がアメリカ精神医学業界を支配したためにめちゃくちゃになった、それは今ではかなりまともになった、というもの。ただし著者は精神分析自体を批判しているわけではない。著者自身が精神分析に強く惹かれたこと、またフロイトの業績の一部は今でも有用だと述べられている。



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