見出し画像

12年が経ち

ゴミを出して部屋に戻り、朝ドラの放送を見て、また衝撃を受けてしまったので書き始めました。15分間で12年が経過してしまい、小学校入学の日から18歳のるいへ。ここまでの総集編のような、あるいは走馬灯を見ているような時間でした。

いろいろな説明は、今日のところはまだ置き去りにされていて、あのタイミングで主題歌が始まって、その歌詞の意味を知りました。歌い出しは母が娘に向けた思いでした。

親である自分にとって、私の命であるとまで言わしめる、対象であるその本人からI hate youと浴びせられる対面のシーンは、ここで生まれた感情がずっと続くことを示唆しています。

しかし、安子はそのような視線で親を見たことはありません。このような憎悪を想像したこともありません。お互いの愛が、当たり前に、そこにあるものと信じて疑ったことはありません。

なぜ抗うことのできない悪い潮流に乗ってしまったのでしょうか。次々と不幸の連鎖に飲み込まれますが、それは創作ならではなのでしょうか。私には、このドラマで起きていることが、この世代の人達には、多かれ少なかれ現実であったように思われてなりません。また、より複雑になった今の世でも同じかも知れません。

それはそうと、朝ドラをちゃんと見ようとしたきっかけは、落語家を目指す女の子を主人公にした『ちりとてちん』でした。理由は単純で落語が好きだからです。あと、ヒロイン役の貫地谷しほりさんは、映画『スウィングガールズ』で印象に残っていました。スタートから2週目くらいから見始めたように思います。

ちりとてちんが、最終話まで見た初めての朝ドラで、これは侮れないと認識するに至り、振り返りたくてその後発売されたDVDボックス(Blu-rayはまだ無かった)を発売と同時に買っており、初回限定のノベルティともども大切に保管しています。

もちろんご存じの通り、ちりとてちんの脚本を担当された藤本有紀さんがカムカムエヴリバディも書いておられます。ウィキペディアで藤本さんを調べてみても、手掛けられた作品は、それら以外は見事に一本も観たことがありませんでした。というわけで、脚本家の方について深掘りをする知見が全くありませんので、ここまでにします。

衝撃は、ついに深津絵里さんが姿を見せたことです。叔父役の方よりも年上に見えてしまう姪のるいでした。

深津さんについて、覚えていることを書いておきます。私が一年間アメリカに住んで、帰国した年のこと、夕方くらいの時間帯にテレビを点けると、彼女が主演した『恋ノチカラ』の再放送、2話目をやっているところでした。広告代理店を舞台にしていたので、大学でそうしたことを専攻したため、ついつい見続けて関心を持ち、そこからラストまで楽しく見ました。小田和正さんによる主題歌も、私の世代には強力なフックになりますね。しかしそれまでは、深津絵里さんのことを存じませんでした。

初回を見なかったことは、その後も気になっており、さらなる再放送の機会を逃さず完走を果たしました。好きな俳優として意識していながら、映画『寄生獣』(2014年)『永い言い訳』(2015年)を拝見するくらいで、キャリアを追うまではしておりません。久しぶりに、こうしてテレビ画面で見ることができるのを楽しみにしています。

恋ノチカラでは、もうひとつ強い印象を持ちました。深津さんの勤める代理店が軌道に乗るきっかけとなった「楠木文具」の社長として出演された志賀廣太郎さんのことです。平田オリザさんの青年団に所属され、桐朋学園でも教えられていた名俳優で、昨年春に71歳で亡くなられました。

友人がアルバイトする居酒屋の常連であり、その店では度々カウンターでお目に掛かりました。私はミュージシャンの…と紹介されており、演劇が好きだったために、お仕事にまつわる話は遠慮しながら、時々、あの作品は、などと感想を述べさせて頂いたこともありました。志賀さんの出演された作品は、それこそ星の数ほどあり、私が観たものを列挙することはしませんが、ひとつふたつ上げれば、2013年の『ほとりの朔子』2015年の『幕が上がる』などを鮮明に覚えています。私の知る志賀さんのお人柄は、楠木文具の役の通りで、朗らかな優しい方でした。

さて、どんどんトピックが違う方向へ流れていきましたが、カムカムエヴリバディは、やっぱり藤本脚本は素晴らしいとしか言いようがないと確信したことや、ついに深津さん登場ということで、志賀さんのことまで思い出してしまった、というありきたりの朝について記録しました。恋ノチカラだって2002年ですから、あれからほぼ20年、こっちの世界も時が過ぎるのは途轍もなく早いようです。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?