ペダルコンプ for bassists その10 デジアナ

そろそろ具体的な話をしようと書き始めたものは一旦お蔵入りしまして、まだまだ呟きが続きます。機種選びの参考にしたい方、助けにならずごめんなさい。私はそこそこベテランなのですが、奏者の足元で、それがあることがどれほど重要であるかが今ひとつ理解できないので考え込んでしまっています。自分には不要と髙を括って思考を止めることは、それはそれでよくないです。何故みんな欲しがるのか考察すべきと感じます。

レコーディングして仕上がったもの、メディア(CDとか)を再生して聞こえてくるお気に入りアーティストの音を模倣しようというのは重要なモチーフでしょう。聴くことで美の基準が設けられ、それが良いと思えば近づけたくなるもの。レコーディングに用いられる仕掛けは楽器とアンプだけ有っても再現できません。そこで登場となるのがエフェクターです。

完パケの音楽に内包するエレキベースのサウンドにコンプレッサーの働きが関係しないケースは皆無でしょう。このプロセスは録音において行われ、ミックスにおいても行われます。仕上がったミックスにもマスタリングの段階で再度圧縮が行われるので、それだけで3度掛けです。その音楽を聴いている再生装置に、自身のベースを挿して鳴らしたときの彼我の違いには愕然とすることでしょう。

商用スタジオに常備されるプロ機としてのコンプレッサーは、もしかすると今や大半がプラグインに成り代わってしまったかもしれませんが、もちろん1960年代から連綿と使用を続けられる歴史的名器が稼働している現場は少なくありません。それらの機材の効果をシミュレートするペダルコンプが多く出回ってきたことが近年のトレンドとなっています。私がそれに気付いたのは、ここ10数年のことでしょうか。

76という数字はUrei1176インスパイアドで間違いありません。令和の初期なら実機をどこででも見かけました。今は珍しいスライダーとノブが無数に並ぶ巨大コンソールの脇に木枠のラックに入って数台、銀色のパネルが積み重なっています。そこには針式のメーターが鎮座し、黒いプッシュ式のスイッチをエンジニアがいくつか押していきます。ボーカルもベースもキックも、そこを経由して収録されていきます。

UreiがJBLの傘下に入りHarmanに買収され、いつの間にか消えたと思ったらUniversal Audioとして復活したというのは、少し間違いで、そもそもUreiの前身にUAがあったのでした。ビル・パットナムというエンジニアはUAの創業者であり、1176の設計者でもあります。FETを使うリミッターは、それ以前の真空管を動作させるコンプレッサーに対して優位性があり、Ureiブランドで出した1176が成功すると、それ以前にシェアを占めていたテレトロニクスの権利を買い、LA-3などの製品もリバイバルさせます。その元となったLA-2は1176と並ぶビンテージコンプレッサーの代表機種です。アメリカ人のビルによるUAからのUreiへ至る歴史がレコーディングにおけるプロセッシングの雛形を作ったと言えるかもしれません。英国にルパート・ニーブがいたように。

スタジオミュージシャンのリクエストかもしれません。ROSS、MXRに代表されるギター用ペダルコンプが使い物にならないと判断するベーシストが、スタジオ機器の音を足元に置きたいと願ったのでしょう。ORIGIN EFFECTSのCALI76シリーズはFETを使用し、1176の再現を狙って登場しました。

私は自分の手でUreiを操ったことがありませんので、その音を知っているとは言い難いですが、CALI76は日本に入ってきた直後に全機種試奏しました。オプションでLundahlのトランスを積んだ筐体の大きいものが、さすがに良かったです。とろっと濃厚な音に化けます。コンプの効きが強くて、あぁこれは録音用だなというのが第一印象。もちろんミックス時のアウトボードとしても素晴らしいでしょう。しかし演奏時に踏みたいとまで思えませんでした。ベースに特化した機種もあって原音を混ぜられるので、余程使いやすくアレンジしてあるのですが、トランス入りを知ってしまうと廉価版に思えてしまうのも無理して買うまでもないという結論を導きました。そうですね、10年前くらいまで稀にヤフオクなどで10万以下で見ましたが、もうそんな価格で手放す人はいないでしょうね。ペダルコンプの究極と言えるかもしれません。でかいやつを買っておけばよかった。

デジタルオーディオの世界で覇権をとったUAですが、その社史においてUreiもTeletronixも自身の製品ですから、現在UAFXシリーズに"1176 Studio Compressor"と"Teletronix LA-2A Studio Compressor"をラインナップするのは当然の成り行きでしょう。前者はFET、後者は真空管によってコンプレッションを与える方式をイミュレートしています。

そのどちらも興味が持てないのは、これは先入観であり未確定情報に過ぎませんが、DSPで処理しているであろうからです。ハードウェアとしてApolloをリリースし、膨大なプラグインライブラリーを誇る中で、獲得し得たテクノロジーをペダル筐体に落とし込んで単一機能の商品を作るなどお手の物です。悪いといっているわけではありません。ただなんとなく購買意欲が湧きません。音は素晴らしいかもしれません。これがリバーブとかなら全然デジタルでいいんですけどね。コンプは事実上プリアンプなんでね、アナログにこだわりたいところです。

自身で買ってしまった製品にDarkglass Electronics Hyper Luminalというモデルがあります。これが後継となる前の機種はSuper Symmetryと言い、たぶんそちらはVCAのアナログコンプでした。試奏したことがあり、ブレンドノブを原音に振ったときの、つまりバッファードバイパスの音が良くて、これに太さを付加するコンプというアイディアは有りだなと初めて思った機材でした。その好感触から、試奏せずに後継機を買ったもうひとつの理由は、SSLのBusコンプと1176インスパイアドのFETを含む3モードに惹かれたからです。ニーブのコンプをベースで試したかった。

Hyper Luminalはハイブリッドと自ら名乗り、VCAで信号検知するけれど音声圧縮はDSPで行っています。だからこそ3種の音色プリセットを用意できるのです。圧縮比の設定も4段階のスイッチによるもので、イミュレーションの選択に過ぎません。この場合も、だから音がだめとか、そういうことではありません。使い勝手は良く、音も良く、何が不満かと言われても答えられません。ただやっぱり面白みを感じないのです。いえ、ふーん、これがBusコンプか、なるほど〜、で終わりました。FETモードも同様。

試したことのないUAFXを勢い、けなしてしまったようですが、その意図はありません。私はコンプレッサーのデジ/アナについて敏感すぎるかもしれませんね。先入観に過ぎず、言われなければ気付きもしないかもしれないです。まぁでも、自腹で買うなら好きなものを選びたいです。

*ちなみにUrei、Universal Audio、Bill Puttnamのストーリーについては複雑なので理解が及んでおらず、解説を大幅に端折ったために誤りがあるかもしれませんことを、予めお詫び申し上げます。ご興味のある方は是非にお調べください。ほんの少し紐解くだけでも、とてつもない影響力を認めざるを得ません。

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