告訴できないらしい

またこの話で申し訳ないですが、フォローしているYoutubeの「リンテージチャンネル」が『喋るのが苦手な弁護士とマスクだけにこだわる司会者に囲まれて賠償を叫ぶ』というタイトルで新しい動画をあげました。クリエイティブ分野のプロが、先日の記者会見を考察しており、その眼力と例えのうまさが圧巻でした。もやもやが晴れる思いです。

たしかに。「法を超える賠償」と言っているだけで、来月から開始と、威勢のいい言葉を並べて、そのスピード感で正義を示そうとしていますが、裏を取れば、一日も早く(彼等にとっての)正常運行に戻したい必死さが見えます。先日私の「ブランド」とつけた記事では芸能人が生き抜くために、拘束を受けるのも辞さない覚悟で進んで事務所の傘の下へ入る心理について理解を示したつもりでした。しかし上記動画を見ると甘いことを痛感します。

今朝疑問に思っていたことは、被害に遭ったとされる方々の一部が組織を編成していますが、彼等を含む当事者は、なぜ個別に告訴しないのかでした。まったく法の知識が無いために、簡単に検索してみると、刑事裁判は被疑者が死亡していたら棄却されるのだそうです。なるほど、だから「法を超える」という表現が成り立つのか、やっと理解できました。

そもそも、被害者のひとりひとりの受けた傷は違うので、各個人が訴訟を起こして判決を得て、そこで提示された賠償額を超える金額を補償するのだと思っていました。それだけ手篤くと。しかしどうやらそうではなく、主犯者は故人であるから、本来負わなくてよいはずの責任を果たすという意味での「法を超える」部分なのだろうと捉えますが、いかがなものでしょうか。


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