都立高校で合同ライブ見学、の報告(長文)

一昨日に軽音楽部コンテストの東京都大会決勝の会場で、以前PA講座を承った学校の軽音部顧問の先生と顔馴染みの生徒さんにお会いしました。残念ながら同校からの決勝進出バンドは現れませんでしたが、学びの機会ということで訪れたのでしょう。あるいは仲の良い他校バンドでも出演していたのかも知れません。同校内で定期的に実施される、軽音部主催の合同ライブには、関東全域から数校のバンドが集まりますが、ライブ本編の後に親睦会の時間が設けられ、生徒間の交流が大きく広がります。私は、過去3回、その場において音響や運営の指導でお手伝いしてきました。

伺えば、翌々日、つまり本日8月11日にも第10回の合同ライブがあるとのことで、その日の予定が空いていた私は遊びに行かせてもらってもよろしいですかと打診し、二つ返事で快諾してくださいました。今年に入ってから関わりを持ち、最初は前年度のメンバー、直近は新入生を迎えた今年度の顔ぶれを前にと、足かけ2期に渡って講義等を実施してきましたので、もうしばらくは特に出番もなかろうと考えていましたが、ひとつ、私の中に芽生えた気持ちが足を向けさせたのかと思います。

というのも、都大会の記事で熱っぽく語ったあのバンドではありませんが、本校でも引退しつつある3年生の高校最後の夏を見届けたい情が育ってしまいました。昨年11月、全国の軽音楽部を支援する企業活動の外部スタッフ募集時に声をかけてもらい、業務内容を伺うに、これもまた天職ではないかと信じてしまい、私自身のコミット具合が本気としか言えないレベルで推移してきました。学外の一個人でしかない、公式にコーチ契約もない、ただの現役プロミュージシャン・音楽講師という身分でありながら、育ち盛りの若者に関与してしまったばっかりに、少なくともその学校の生徒であるうちは、関心をもってしまう、これは抑え込もうとすればできるのですが、敢えて情を野放しにして、可能なら「愛」をもって接することが、今の私の幸せの形であるように感じています。が、調子に乗ってないか不安です。

「私は、あなたの夢の実現のため、ここにいる」というのが私の生き方のモットーであり、ベースを弾くときの1音1音も、それを支えに発音されます。リズムを刻むとき、バスのラインを創生するとき、いついかなる時も、私がその音を出した瞬間に醸成する世界が、聴衆でもいい、共演者でもいい、誰かが「そうあって欲しい」と願うものを全神経で想像を巡らせ提出します。音楽は自由で、どのように演奏してもいい。だったら、私なら、持ち合わせる愛の全てを念じながら弾きます。

対人関係においては、言葉はナイフであり、失言が絶えず、また心無い一言を発してしまって難しい関係へと破綻を招くことがあり、終始後悔だらけの現実ではあります。表現の世界(音楽)でのみ、失敗を恐れずに情念を燃やすことができるけれど、対面指導や講義といった実仕事の中には恐ろしい罠(地雷)が潜んでいることを、これまでに痛感してきました。だからこそ学生との交流には神経を使います。向こうから呼ばれていない現場へ、こちらから伺いたいと申し出て良いものか、逡巡するのは大人ならではでしょう。

いつも通り、書き始めると止まらない、前置きの長さですのでこの辺で本題へ移ります。このように、自身を振り返らざるを得ないほど、本日も感銘を受けたものですから、どうぞお許しください。ここまで1414文字。

合同ライブをお手伝いしたのは3月が最後、6月に新入生を迎えた新体制で講義と実習を行って以来、久々の8月合同ライブは、3回抜けたことになるのかな…。

ステージは前日に組まれており、9時に来校するとサウンドチェックが始まろうとしていました。さっそくPA班からドラムの出音に関して、納得がいかないと相談が来ます。しかしそこで驚いたのは、著しく音質が向上していたところでした。以前だと設営して2トラックの音源を流したところでメインEQを試行錯誤してフラットな状態を、未練を残しながら、なんとか時間内に妥協点を探るという状態、その前提で各楽器の音作りをしました。

今回は、基本的に鳴っている音自体に嫌な癖がありません。質問者は専門学校の特別講義で丸一日教習を受けてきたと聞き、なるほど腕を上げたようです。キックにバウンダリーマイクを使うことが大きな変化で、以前はシュアの52だったかを、内側に入れてビーターを狙うというのが基本で、私の耳にはどうしても籠もって聞こえ、ヘッド面まで外へ出してみることをお勧めし、それも妥協でしたが、どうにか抜けの良い音に近づけました。

バウンダリーマイクを、中に詰めた毛布の上に乗せるだけですので、マイクスタンド不要でセッティングエリアを侵食しません。音作りも設営も非常に楽で、ドラムキット全体の、あるいは音楽全体の土台として理想的なサウンドが作れていました。その上で、毛ほど微妙なスネアの音色への不満でした。

プレイヤー持ち込みのスネアでしたので、生音を確認するとピッチが低いような気がして、チューニングを促します。プレイヤーが戸惑うので、緩いポイントを見つけてあげて少し締めます。それだけでダルな響きが消え、スネアらしいすっきりした鳴りが得られ、PA班も変化に満足しました。

見逃せないのは、その際、マイク(421)が打面と平行に近い角度になっており、志向性を形状に騙されていたようでした。マイクの長手方向の延長に打面が来るよう、マイクセッティングも直しました。先が平たいと、その面にダイアフラムがあるように思えるのも無理のないことです。

さて、さっそく色々と質問を投げてくるので、すぐに来て良かったと安心しました。私不在でも3回の経験が生かされたとなれば、彼等のやる気は本物です。サウンドチェックは問題無くすぐに終わりました。もっと追い込むというのも有りですが、このバンドだけではないので、その意味は薄れます(追い込むことの練習にしかなりません)。そこで、そのバンドがボーカルが1人だったので、コーラスの入るバンドに乗ってもらってはどうかと提案し、学内の別のバンドがステージに乗ります。全員がコーラスを取る曲を演奏してもらって、マイクがフル活用される状態で確認が取れました。ここまでとてもスムースです。

他校生が招き入れられ、mcが諸注意をアナウンスします。開演し、進行していくと問題が生じました。持ち込みの2段キーボードを弾きながらリードボーカルを取るバンドがあり、その編成は急遽変更されたものでした。キーボードのスペースが大きくマイクスタンドがうまくセットできません。正面遠くから妙な向きで口を狙うので、声をマイクに乗せるために不自然な姿勢が強いられます。加えて、スタンドの可動部の締め込みが重量に耐えかねて徐々にお辞儀していきます。

PA班の動きは機敏で、スタンドを予備のものへ交換しようと試みます。同じ位置から狙おうとしたのを制して、サイドからアームを伸ばすよう指示し、それでも垂れてくるのをスタッフが支えて歌いやすい環境を、なんとか作ることができました。マイクを生かしながらスタンド交換したのは、全て演奏中に行った為で、途中途切れることがあったのは申し訳ないですが、予期せぬトラブルへの対処というところで最善を尽くしました。マイクスタンドの立て方については、柔軟に変更できる発想を学んで貰えたようです。また、スタンドの個体差で、締め込みが甘いものは二群に控えさせることが必要かも知れません。スタンドも高価なものには理由がありますよね。

午後になると、腕自慢で、実際抜きんでて上手なドラマーが激しいロックを演奏し、バスドラムが前方へずれていきました。山台自体が大きく揺れ、オーバーヘッドのマイクスタンドなど、いつ倒れてもおかしくない様子でしたので、演奏直後から付近でスタンバイしました。

いよいよ山台から落下しかねない場所へずれてしまったとき、そこへ手を伸ばそうとした瞬間、背後からスタッフが走り出て、それを支えました。彼等はちゃんと警戒していたのです。演奏をストップさせないため、人力でバスドラムを支えるしかないのを、顧問自らが買って出て、スタッフは「先生にそんなことさせられない」と思ったか、交替を進言しましたが、むしろ先生の方が任せとけ、とばかりに両手でドラムセットを支えました。

演奏が終わって転換になります。普通ならば山台の上でドラムセットを元の位置へ戻すだけかもしれません。しかし一旦ドラムセットを撤去し、台の強度を確認しカーペットを敷き直してから楽器を乗せていきます。これらの作業は安全を確保する上で必定ですが気付きにくいことかと思います。先生が促したようですが、とても大切な流れですので感心しました。

結果無事ではありましたが、多少のマージンを取って、幾分後ろ目にドラムセットを置いたために、逆にシートの足がスペース不足に陥りました。3本足の1本が背中に来るようにしないと、万が一のけぞったときに体ごと落下する恐れがあります。背中方向に足があれば、真後ろへ椅子が倒れることはありません。そのための足場が不足してしまったので、そこはドラマーの挙動を注視し、万が一に備えるようにするほかありません。すでに転換に時間を取っていますので、再びドラムセットを置き直す提案は控えました。次回は山台を広くすることを検討してくださいました。

その後、あるバンドでは演奏中のベーシストのストラップが外れました。片側が外れ、続けてもう一端も抜けてしまったのだそうです。すぐその場に向かいました。プレイヤーが女子でしたので、スタッフとして控えていた女子に「付けてあげて」と促しました。ストラップは足元に畳まれて置かれていました。恐らくは彼女が拾って、そこへ丁寧に置いたのだろうけれど、プレイヤーがしゃがんで演奏を続けているので、手を出して良いのか迷ったみたいです。

やがてプレイヤーはサビでのコーラスをこなすために立とうと奮起します。ほら、やっぱり付けてあげて!と指示を出し、ボディの両側で別のスタッフと二人がかりで付けさせました。演奏終了後にプレイヤーから、ありがとうございましたと挨拶をもらいました。やっぱり付けて欲しかったよね?と笑いました。どうしていいか困惑するスタッフの女子もかわいいものです。

終演後にPA班と、このイベントのリーダー、舞台監督とでもいいましょうか、の二人に、どうしてこんなに音が良くなったの?と訊きました。楽音のバランスも真っ当で音楽的になっており、加えてハウリングなどの不快な症状はごく僅かしかありませんでした。94点くらい差し上げたいです。

バウンダリーマイクを採用したことと、PAスピーカーのツイーターが駄目だったので修理しました、とのこと。自分の手柄のようには言いません。しかしどう考えても、オペレーションが優れているとしか思えません。機材が2点、良くなっただけで(ギターアンプヘッドも1台替わっていました)こんなに、ちゃんとした出音に、簡単には仕上がりません。彼等の好奇心、向上心の賜物、そして口酸っぱく言った演者の気持ちになって、というのを実践してくれたのだと思います。

ステージ回りをこなす「ローディー班」も、誇りを持ってその役を務めた印象でした。彼等は起こりうるトラブルを予想しながら適切な場所にスタンバイし、予防的にも療法的にも速やかに処置していました。ギタリストがソロでオーディエンスを煽ろうと一段高い場所へ登るなどすると、すぐにケーブルのトラブルを懸念して背後をサポートします。プロじゃないか、偉い。

褒めたいことは枚挙に暇がありません。訪校した最後から今日までに2ヵ月、合同ライブ3回、もちろん他校の合同ライブへ参加し、コンテストにエントリーし、練習し、オリジナル曲を作り、楽器メンテナンス講座や、PA実習などを受けています。中身濃いです。そしてその成果は誰の目にも明らかでした。もう私の役目は終わりましたかね…、なんてね。アンサンブルやプレイの方をもっと見てあげたいですけどね…。ご要望があれば。

さぁ、まだまだ続きます。話題が変わります。

今回は関東圏の神奈川・埼玉・ホストが東京、に加えて沖縄からの参加バンドがありました。沖縄の高校生は3バンドが出演されました。経緯は以下のようなものです。

当校の顧問が2021年に、某コンテストの全国大会で目にした沖縄のバンドに惹かれ、顧問同士で仲良くなり、プライベートな旅行でも先方を訪ねたりして親交を深めてきました。「ティーンズロック」の沖縄予選で同校のバンドが優勝し、全国大会へ進むことを知って、その日程に合わせて合同ライブを開催するから参加しませんかと誘ったとのことです(簡単に言うと)。

決勝は昨日行われ、そのバンドは見事にチャンピオンとなりました。そのご褒美として、プロのお祭りである「ロックイン」に出演することが約束されました(9/22ひたちなか)。

優勝バンドを筆頭に、他の2バンドが来校したのにもストーリーがあります。その沖縄の高校、軽音楽部には75名以上が在籍するそうです。ティーンズの優勝バンドと同級生(彼等は3年生)のバンドは、お互いにライバルと認めてしのぎを削ってきました。どちらかが地区大会に優勝し、関東で行われる全国大会に進出したら、勝てなかったバンドは応援のために同行すると約束を交わしていたそうです。応援のため、と本土に来たけれど、東京でライブができることを大変喜んで、素晴らしいパフォーマンスを見せてくれました。

もうひとバンドは1年生です。卒業していく大好きな先輩達が遠征することになり、どうしても見届けたいと思いました。ライブでグッズを販売し、協力者を募って費用を捻出し、自費で同行することを果たしました。1年生ですからできたてのバンド。とあって本来オリジナル縛りですがカバー曲を演奏しました。沖縄は今、小学生のバンドが台頭してきており、低年齢層の軽音指向にムーブメントが起きているらしいです。この1年生バンドも、そうした波の中で情熱を持って活動を開始しており、それを裏付けるような力強い演奏を行いました。

合同ライブにはOBをはじめとする、「大人」のバンドがイベントを締めることが常でしたが、今回は沖縄勢がゲストのようなもの。日本一を前日に取ったばかりのバンドがトリを務めます。ゲストバンドと異なり、一エントリーですから持ち時間は同じですが、アンコールもあって、聴衆も満足、東京と沖縄の両顧問も夢を実現して感慨に耽っておりました。

このような活動の中に、部外者ではあっても温かく向かえ入れていただき、共に感動を分かち合い、楽しい時間を過ごさせて頂いたことに感謝しかありません。このご縁はこれからも大切にしていきたいと思います。高校軽音楽部の指導という、それがお仕事としてあるのであれば、私はどこへでも参り惜しみなく全てのノウハウを伝授する所存です。もちろん、正解のない世界であることは承知であり、なんにしても助力の域を出ることはありません。しかしながら、たった2ヵ月間に大きな跳躍を果たした学生達の躍進、躍動する姿を生で拝見し、大きな感銘を受けると共に、伝えたいことが伝わっていたような少しの満足も得ることができました。

次回8/22にも再訪を約束しています。軽音楽コンクールの全国大会に訪れる北海道の高校から合同ライブへの参加があります。たぶんまた、私のやることは何もないでしょうから、純粋にライブを楽しみます。仕事?褒めることだけ。ここまでお読みいただき誠にありがとうございました。6372文字!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?