ダイレクト・インジェクションについて少し

昨日DIに触れたので、それをお題に少しお話ししてみようと思います。DIはdirect injectionの頭文字ですが、フルで発音してみると私の脳は自動車の直噴エンジンを思い浮かべてしまいます。たしかに「ダイレクト・インジェクション」で検索するとwikipediaはディーゼルエンジンの手法をガソリンエンジンに投下した三菱の技術を想起させる内容で詳しく教えてくれます。

一方、ミュージシャンの世界で言うそれは、「ダイレクト・ボックス」という検索用語となっており、読んでみると興味深い情報を得ました。きっかけはThe Beatlesであったと。ベースのラインレコーディングの始祖なのかもしれませんね。どこからつついても偉大な人達です。

またYoutube上にも商品比較の動画が全世界から発信され、いつのまにかベーシスト必携アイテムとなっているのに隔世の感があります。現場の感覚とは少しずれているように思うのは、やっぱり私が昭和の人間だからでしょう。

DIボックスの効能についてはwikiの記事が優れているのでお読み頂くとして、今お話しした、ちょっとした(世相への)違和感を語ることにします。

DIボックスが存在する現場とは、ライブ/コンサート会場とレコーディングスタジオです。家庭で使用するケースではレコーディング環境に準じていると言えましょう。我々ミュージシャンは、時と場所、持参する楽器の必要範囲を聞かされて仕事場へ向かいます。そこに同じように招集されるエンジニア(あるいはオペレータ)の方々が、バンドの音を調理する道具の一つとしてDIを持ち込みます。

ベーシストとしては、持ち込み、あるいは備品のベースアンプで、自分の音を出せるようセッティングを進めますが、そこにはあらかじめDIボックスと、そこから分岐してベースアンプへ入力するための、短めの、大抵はカナレのシールドが1本用意されています。楽器から、ある場合はペダルエフェクツなどを経由して、普通に鳴らすにはアンプへ入れるべきアウトプットを、そのDIボックスの「インスト入力」へ挿し、「スルーアウト」端子に差し込まれて用意されている、この短いシールドからアンプの入力へと導きます。これで、DIボックスが何するものかわからずとも、アンプから音が出せて、とりあえずの配線が終了します。アンプに行く前の音がPA、あるいはレコーディングのミキサーに送られ、音響エンジニアの方が客席に向けて送り出す、あるいはレコードに刻みつける音の素材として、こちらの音をいじれるようになります。その操作は、こちらが繫いだアンプの出音には影響しません。というのが、まずルーティン

私たちミュージシャンは、楽器選びも趣味のうちとばかりに、細部までこだわりの行き届いたアイテムで身を固めていますので、まずDIからアンプへ繫ぐシールドがカナレだったことに最初に微妙な気持ちになります(私自身は好きです。家でもたくさん使っています。全然いやじゃありません)。そしてDIボックスが我が国のBOSS製だったりすると、うーん、大丈夫か?と条件反射してしまうのです。(上に然り)

こだわりまくって最上級の音が出せるよう武装してきたのに、そこらの汎用品がボトルネックとなって、努力の結晶が過小評価に終わるとしたらやりきれない気持ちになりますね。

ボスよりもルパート・ニーブ・デザインがいいだとか、プロはみんなアヴァロンだとか、情報の溢れかえっている現代、際限なく作られる定点比較の動画や、掲示板コミュニティでの玉石混淆のコメントで攪乱された脳が、本人の検証を経ずに製品の序列を形作っています。もちろん、そうしてマーケットが盛り上がるのは結構なことです。

私もDIは持参することが多いですが、あくまで予備と心得ます。突然ヴァイオリンがエレクトリックだったのでそっちに必要になったとか、台数が不足する時ってあるんでね。そういうとき自分のを出します。エンジニアサイドをちょい助けるような感じですかね。ま、そうでなくてもアンプの裏側に入力したその信号を脚色せずに(折り返して)取り出せるDIアウトを備えていることが多いですから、最初からアンプ裏にマイクケーブルを挿してスタンバイしている現場もあります。

なんでこんなことを言うかというと、PAにはPAの担当者(レックでも同様)がおいでになっているので、そこはミュージシャン不可侵で行くのがお互いのためと思うからです。私はDIから以降はそちらの領域だと思うのです。

もっとも、これ使ってくださいのお願いを快諾してくださる方も今は多いですかね。昔、PAさんて、結構恐いことが多かったですが、気さくな方が増えた印象です。それが未知の機材であった場合、かえって喜ばれる時もあります。まぁ、一種の老婆心で書いているのですが、お互い仕事の成功のために仲良くやっていこうと、そのために相手のプライドを損なう我が儘は控えようと、常に念頭に置くわけです。

その上でですが。私自身もPA屋のまねごとをしておりましたので、一家言あります。

PAへの送りで一番懸念されるのはノイズが乗ってしまうことです。そもそも、だから平衡にします(バランスのことです)。それがノイズキャンセルの構造だからです。DIでバランスにすれば、まず対抗手段の一つは施しています。しかしノイズの原因は多岐にわたり、それでは防げない、またはそのために発生してしまうノイズもあります。

たとえばトランス。トランスの仕組みそのものは、これまで説明しておりませんが、入力と出力(トランスの場合1次側と2次側と言います)は絶縁されています。繋がっていないんですね。1次側の信号を2次側がトレースして発生させます。そこで産まれたものがその先へ行くのです。ですから、1次側まで来ている(信号に乗った)ノイズは2次側へ伝わらないことになるのですが、トランス自らが発生源となるノイズが2次側へ乗ることがあります。そうならないような、処置が、その機材にしてあるかどうか。そこがポイント

アンプの裏から平衡の信号は取れると度々申しておりますが、アンプが行っている大仕事のせいで、このラインアウトにノイズが乗ってしまうこともあります。そうなりますと、DIボックスという独立した部材を省いたことを責められてもおかしくありません。逆に言えば、アンプから取れるのに(アンプメーカーの信念で手抜き無しのも多々あります)、わざわざアンプの手前で信号を分岐させる意味はそこにあります。起こりうべきノイズ発生を迂回する施策、それこそがDIボックスの意義だったり…

90年代のステージでのセッティングではこんなことをやっていました。足元にはボリュームペダルやチューナーと、フェイザーかコーラスを置いて、DI機能を持ったブースター/バッファーを繫ぎました。平衡のライン信号をアンプの上に置いたdbx社の160X(スタジオ用コンプレッサー)へ入れて、そのアウトはTC1140へ、この2台を使うのが流行でもありました。私の場合は、バランスでやったということです。

こちらの方と同じですね!
https://ameblo.jp/hisatoshi-kato/entry-10617284962.html
ほんと、よく見る組み合わせでした。

TCのアンバランスアウトから、たぶんCarvinだったと思うけど、ベースアンプヘッドのパワーアンプインへフォンケーブルで接続して(ヘッドはパワーアンプとして使い)アコースティックの2x10と1x15のスタックを鳴らしていました。自己満足の世界ですが、ノイズに強く、鮮度の高い音が出てました。

で、あれ?と思われるでしょうけれど、PAの送りはどうしたかというと、ブースター/バッファーには当然アンバランスアウトがありますので、そこからPAさんが用意するDIボックス、カントリーマンとか、に挿した音と、10 インチスピーカーに向けて立てられたマイクの音をミックスして、あとは好きなようにやってもらってました。外音は私の管轄外なので、とばかりに。

巷ではコンプレッサーという機材もベーシスト必携になってきましたね。私は上述と同じ理由で、コンプレッサーを使用して音造りを行うのはオペレータの領域、つまり音楽全体の中でしか煮詰められない、全体像を見る中でしかセッティングできないと思っています。実はEQも同様です。ですので、自分が弾くために、聴いて心地いい鳴らし方にそれらを使う場合、DI以降、アンプ側で行います。コンプレッサー搭載ヘッドアンプというのもありますが、批判はおありでしょうが、私見ではそれが正しきコンプレッサーの位置と思います。私が90年代に行っていた配線も、外音には自前のコンプ、EQは掛からないようにしていました。レコーディングにおいて、これは「付け録り」になってしまいますので、やはり避けた方が良いでしょう。完成させる音楽に、エフェクト込みで、音色への主張を通したい場合、ミックスダウンに立ち会ってリクエストを伝えるのが筋だと考えています。(ほんと何ぶん古い人間です)

付け録りと、ついうっかり言ってしまい、もうひとつの事例もお話ししたくなりました。過去、最高の音質で録音して頂いた時の、エンジニアさんのチョイスです。自前の機材は足元のボリュームペダルだけ、それをJ48だかの、向こうが支給するDIに挿しました。その先です

伺ってみると、ベースからの信号はクラシックNeve1073を積んだBrent Averillをフロントエンドに、Focusrite ISAでEQをかけ、Tubetechでコンプレッサーを掛けた「付け録り」でProtoolsに直で入れていました。型番はうろ覚えです。

ニーブを肌身で感じたのはこの時です。まぁやっぱりねぇ、ベースにはこれですわ。言葉で表現できません。より上を行ける機材は、もちろん知る方は知っているでしょうけれど、私の経験の中では至上でした。とろけます。

一応「付け録り」ではありますが、各パートが収録を終えてミックスへと至り、そこで味付けがなされるのですから、ここでもほどほどフラットということになります。ですから、私はミュージシャン側は素材提供と思っておりますので、コンプ、EQは、ステージで鳴っているスピーカーの暴れを制御するためのもの、と認識しています。ステージ上の人員配置による特有の共鳴などを押さえ込むのに使う、というのが本筋とわきまえる立場の人間です。

DIに関連して、少々逸脱したところで終わりますが、またパワーワード出ました。ニーブです。トランスにもからめ、明日また少し語れればと思います。ここまでお読み頂いてありがとうございました。

追記:いよいよ本当に宅録文化花盛りです(配信ライブとかもね)。その意味で、優れたDIボックスの3つや4つ、所有することは意義深いですし、マイクプリアンプとの併用などもテストすれば面白いことこの上ない、機材パズルの有意な遊びが際限なく繰り広げられます。このような時代背景にベーシストたるもの、コンプ、EQ(プリアンプ)、DIを所有するのは、ごく自然な流れですし、持っているからこそライブでも使いたいのが人情。こうしたトレンドを十分に理解しているつもりです。売り手が煽るというような表現も含ませてしまったり、少しばかり批判めいた論調に気分を害された方がいらしたとしたら、なにとぞご容赦ください。














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