ペダルコンプ for bassists その12 Tux

所有しているはずのFEAのDBCL(dual band-compressor limiter)がどれだけ探しても出てきません。実家を解体するときに残置物処理業者に託してしまったでしょうか。だとしたら悲しい。きっとどこかにあるはずだ、と捜索を諦めません。

他にOpti-Fet Compressorなる製品も加わっており、相変わらず興味深いプロダクトを作っていますね。これが持っていたものの中ではベストと言っていいかもしれませんが、最後に使ってから10年くらいモノを見ていないほど、普段使いにはしておりませんでした。欲しい音を作れる、そのためにノブが11と設定のためのスイッチが1つ。弾く楽器と現場のアンプとの間で、その調整を行って追い込むという状況はなかなかに得がたいものですから、次第に意欲が失われたに違いありません。ノブセッティングをメモリーできる機能などない完全アナログ仕様、コンプレッサーはノブの働きが相互に連動しますので、どれかひとつでも不用意に動いてしまったりすると出音は意図しないものに変わります。良い機材ではありますが、なんとなく気が進まない面もありました。

このようにコンプレッサーのテーマで、連日ひとりブレインストーミングのようなことを実施しているのは、これを必携と言っている人達、本当により良い音のために用いているのだろうか、という疑念が底にあるからです。私自身がその価値を見いだすために引き出しの全てを開けようとしてきました。もちろん、それは実機をチェックしてみることも意味します。裏でこそこそ所有機を並べていたのです。楽器店での試奏へも出向いてみました。

そうした、具体的な製品を参照しての考察も展開しようとしましたが、その準備への十分な時間がとれずに、概念的なトピックにとどめてきました。書きかけの原稿は下書き保存してありますので、いずれ加筆して掲載するかもしれません。

ところで、デジマートを初めとする各種楽器ポータルサイトの中からも情報を拾っているうちに、ひとつ気になる製品が現れました。日本エレクトロハーモニクスが輸入しているポーランドのアンプメーカーTaurusのコンプペダルTux MK-2というものです。

メーカーはまだ存続していると思いますが、輸入が途絶えているのか新品が流通していません。ひところベースアンプヘッドを使っていたこともあります。当時はInner Woodが輸入していたかと記憶しています。

気になったのでYoutubeでレビューを探すと、なかなか良い音のデモがあり、価格も手頃でしたので買ってしまいました。今朝届いたので鳴らしてみたところ期待を上回る良さでした。

光学式のオールアナログモデル、トゥルーバイパスでノブは4、設定スイッチが1、 on/offのフットボタンの他、作動を示すランプが1となります。ノブの名称がレベル、コンプ、レンジ、パンチというもの。キャラクタースイッチはソリッドとチューブを切り替えます。ランプはバイパスで消灯し作動時はスレッショルドを超えるとグリーンからレッドに変わります。外部電源のみで9Vから12Vが使用できます。まだ9Vでしか試しておりませんが充分に良い音です。結論から言いますと、コンプレッサーペダルをボードに入れる価値を十二分に感じさせる秀逸な製品であり、この音を知るとバイパスが寂しく感じて戻れなくなるほどです。

海外発信のYoutuberが数機種をまとめてデモする動画に、プレシジョンベースの音がベストだった、とコメントする人がいました。私も同感でした。バイパス音が一番良かった。ディテールがあってタッチが見て取れます。全ての機種が、その設定の具合もあるけれど、抑揚のない、息苦しい音に感じました。私がコンプレッサーをペダルボードに入れない理由を、この動画が端的に示しています。

ところが、おそらく初めてです。トーラスのコンプペダルは本当に音が良くなるので、あぁこういうプロセッサーなら必要だなと実感した次第です。

にわか知識ですが光学式はレシオが3:1近辺に固定という情報が頭に残っていて、それを適用するならばこのモデルの「コンプ」ノブはスレッショルドのはずです。日本エレクトロハーモニクスではそうなっていますが、メーカーの取説ではレシオだと書いてあります。操作してみると、ミニマムでコンプレスされていないような状態。これはスレッショルド設定が高いことでもレシオが1:1であっても結果は同じです。

マックスに振ってみると、これはもうジョークとしか思えないほど圧縮されます。音が出ない。無音ではないのですが。ハードピックしてもプスッとすかしっ屁みたいな音になります。ゴジラに踏まれたみたいな潰れっぷり。これってスレショルドを低くしただけではならないはずで、レシオが逆転してるのではないかという印象です。∞:1じゃなくて1:10みたいな感じ。でかい音ほど小さくなって、スレッショルドを下回ると戻ってきます。エキスパンダーでもないし、これをなんと呼んだらいいでしょう。言えることはひとつ、効きの幅が非常に広い。

パンチは英文取説(メーカー)によると「アタックレベル」となっていて、その解説にファーステストからスローエストとなっていますので、和文(代理店)の「コンプレッションが掛かるまでの時間」で正しいように思います。ただリリースを同時に動かしていそうです。それはハードコンプを掛けた時の戻り方で感じられることです。事実がアタックタイムを動かしているのであれ、実際の効果として、このノブを回していくことでコンプレッサーの効きが強まっているように感じられます。上記の変態的なサウンドはパンチノブもマックスにして起きる現象です。

もうひとつ「レンジ」というノブが特徴的です。英文ではバンド・スレッショルドと書かれており、和文では「コンプレッサーが効く周波数の幅を設定」と、色々な意味で取れるような説明です。これも回していくほどコンプレッサーが強く効き、ミニマムだとバイパス音に近づきます。

コンプレッサーのテクニカルな使用法に、サイドチェインの活用というものがあります。普通なら、変調させたいソースから音圧の多寡を検出して、その音に含まれるピークを抑制しようとする装置なのですが、別の(サイド)入力を設けて、そちらの信号でソースの出力をコントロールすることができます。

サイドチェインを備えたコンプレッサーが実現することの一つに「ダッカー」があります。ソースはBGMなどで、コントロール(サイドチェインへの入力)をアナウンスにすると、喋っているときのBGMのレベルが下げられ、話し終わるとまた大きくなる、ということを自動化させることができます。

音楽用途では、ベースの信号をサイドチェイン用に分岐させて、その信号にEQなどで抑え込みたい周波数帯を強調させておきます。これがトリガーとなるので、例えば高音域を強調する(低音域をカットしておく)サイドチェインを作っておけば、ベースの低音域のパルスにはコンプがかかりにくく、高音域のスパイクに対してのみ作動するような動態を作れます。

そもそも低音域ほど振幅があり、レベルがスレッショルドに達しやすくなるので、例えばスラップのプルを塩梅良く潰そうとすると、サムで叩いたときの低音弦には効き過ぎるというようなことになります。サムにフォーカスしてコンプの設定をするとプルの音を最適化できず、妥協を強いられることが、コンプは不要と見做す一因ともなっていました。

解決法の一つは冒頭に取り上げたマルチバンド化です。FEAは2個1のフルコントロールコンプレッサーなので、一切の妥協なく求める挙動を作れます。また人気のEBS Murticomp(True Dual Band Compressor)の名が示すようにMB modeがプリセットでそれを実現しています。その他にもBoss BC-1Xやt.c.electronic Spectracompは、DSPのプログラミングにマルチバンドのコンセプトが採用されており、それが「ベース用」を裏付けていると考えられます。

話を戻してトーラスの「レンジ」ノブは、恐らく内部でサイドチェイン用に分岐した信号を通すハイパスフィルターの周波数を可変させるものと思われます。これでコンプの動作点を作り、結果的にマックスにすると、ここでもコンプの効きが最大化される、ということは周波数を下げるだけでなくサイドチェインへの送りレベルも増加させる(上げるほどスレッショルドに当たりやすくなる)設計かと推測できます。

総括すると、レベルは単純なアウトプットボリューム(出力をブーストさせる)ノブに過ぎないだけで、他の3コントロールがいずれもミニマムからマックスへ向かって効きを強める方向で幅広く操作でき、その範囲内にベストサウンドを見いだすことができる巧妙なコンセプトで成立していることが解ります。3次元でパラメータを決めることで、単純に浅い・深いのみならず多彩な表現を実現しています。加えてキャラクタースイッチをソリッドからチューブに倒すと、コンプ回路の動作に起因する歪みを増やすことができ、ロウファイ(あるいはヴィンテージ風)な味付けが可能です。

私が知る限り、最強のアイテムではないかと感じさせられますが、今後現場で使用しながら真価を見定めたいと思います。12回続いたベーシストのためのペダルコンプ考察を一旦終わろうと思いますのは、ここに答えを見つけることができたからです。ギター用のペダルでもベースに使えるものがあるという仮説からスタートしましたが、ベースに向くものは以下の要件を備えたものになります。マルチバンド構成、あるいはサイドチェイン機能を搭載し、かつスレッショルドがベースの信号レベルに対応できる、このように定義して本稿を終わりたいと思います。



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