ペダルコンプ for bassists その16 完結

ミュージシャン側の音作りは最終的に届ける音楽の形から逆算する必要があります。リスナーに直面し生演奏で聴かせるのか、メディアにパッケージしてリスナーの選ぶ環境でそれを聴いてもらうのか、この2択だけではないでしょうが、今ぱっと思いつくのは以上です。単純に前者がライブ、後者がレコーディングとします。同一空間に居るか居ないかで分けてもいいでしょう。

ライブについて、ミュージシャンの支配できる環境はステージ上までで、その先にPAが用意される場合(ホールからライブハウス、学校の視聴覚室などでも)、最終的なサウンドはそのオペレータに任せることになります。オペレータの基本的なスキル(というかルーティン)として、ベースにはコンプレッサーをかけることでしょう。最近のデジタルのPA卓は、各チャンネルストリップにコンプレッサーを装備しているでしょうから、それをいつも通りにプッシュすればいいだけです。このあたりの操作はDAWと一緒、というかそっちのテクノロジーが降りてきたもの、と見ることができます。一義的な目的はスピーカーへの過大入力を抑制し、保護することです。

レコーディングの場合、宅録かスタジオかで、誰がオペレートするかが変わってきます。どちらにしても現在はデジタルで録音しますので、レコーダーのダイナミックレンジに効率よく収めるためにコンプレッサーを掛け録りする、という理由は消失しています。恐らくはベース直でDIに入れて、それをダイレクトにHDへ取りこむような録音を行い、ミックスのプロセスで音を作るので問題はありません。

だだし、素の音を集めてきて、バランス良くまとめるだけでは音楽に聞こえない、普段好きで聴いている既存のトラックとはかけ離れたものになってしまうことを経験される方も多いことでしょう。ベースにコンプは無くてはならないものであり、オケに混ざると、それ無しでは見事に存在感を失ってしまうものです。

ライブであれレコーディングであれ、求める音色のためにコンプレッサーを使用することは当然にあり得ます。レコーディングにおいて、論理的には不要ではあってもビンテージ機材特有のローファイ感を足そうとして掛け録りを行うことは通例であり、まず生音をミキサー卓に起ち上げてスタジオモニターで鳴らした時点で、完成形に近いラフミックスを得る為の掛け録りはいたってノーマルなことであるし、スタート地点をそこに置くのは、より良い完成形を実現するための足がかりとして有効です。

となると、そうした作業で使われるプロ機へ送り込むベースの音は、無垢でピュアなものの方が良いのでは、と私なら考えます。素材を提供するにとどめ、料理はその道のプロに委ねる、という姿勢です。ライブ、レコーディング、いずれにおいてでもです。

従って、私は機材への関心があって、20近いペダルやラックのコンプレッサーを使ってきましたが、決してそのどれも常用するまでは至りませんでした。プレイするのにベースとシールドはいるけど、コンプは無いと困るというデバイスではありません。

ステージでコンプを掛けて演奏していると、曲調の変化に伴う音量のコントロールが不可能になります。近年の日本で流行るポピュラー音楽の大半が、音圧が一定しているという特徴を持っていて、例えば「全力」感を伝えようとするなら、もう最初から最後までマックスのボリュームで疾走します。私は、逆にこうした音楽を演奏する機会がまるでなくて、1曲の中で、初めは歌とピアノだけ、やがてドラムとベースが加わり、おしまいにはブラスやストリングスも入ってくる、というような編曲がなされていたりします。

終わりのほう、トゥッティなどとも言いますが、フル編成が音を出している時の音量感に合わせて、自分のベースのアンプセッティングを行ってしまうと、始めのほう、静かに鳴らすべき時にでか過ぎて「やばい」気分になります。バランスを考えて音量調整するのに、演奏の仕方で追随させるのは表現力の範疇にあって可能なことですが、機材セッティングで、つまりコンプレッサーで音圧を整えてしまうと演奏不能に陥るほど当惑させられます。弾き方で音量を調節したいのに、それが無力化されてしまう。

さて、このように活動してきたベーシストとして、足元にコンプレッサーを置く意味があるとしたら、それはなんでしょう。とはいえレコーディングでは、やはり使わないでしょうね。宅録であったらペダルではなく高級機を使いたいです。

結局、機材の本質である音量調整というところでは利用したくないのですね。補正という言い方はできるでしょう。コントラバスのG線など、存在感のある太い音が出せますが、エレキベースではどうしても細くなりがちです。G線で5フレットから9フレットあたりまで、全然普通にベースラインとして使用しますが、コンプレッサーを上手に使えばそのあたりに頼りがいのある太さを加えることができます。

あとはもう、演奏スタイルになってきます。タッピングにコンプは有効で、次はスラップでしょうか。しかしスラップに掛ける場合に落とし穴になるのは、ローが強く出るためにコンプが掛かりすぎになってしまいがちなことです。動画でコンプレッサーのデモを上げている方々の多くが、スラップのサムで低音弦を連打するとき、潰されてパツパツと実体のない音になっているのをデメリットとして指摘することなくスルーしている例が見受けられます。

スラップ時にのみコンプが掛かるようなスレッショルドの設定をすべきですが、それでもローが削れてしまう。ローエンドのピークで発動しないようにする仕組みがサイドチェインを利用するやり方です。インターナルにサイドチェイン機能を設けて、トリガー信号のローカットが可能な機種が現れていることが福音で、私はこれで常用してもいいと考えることができました。

できればカットする周波数は連続可変で柔軟に選べるといいです。とある機種は120Hzに固定されており、無いよりはマシですが、自分の使用している楽器に対して最適解であるかどうかは不鮮明です。

同様に、圧縮動作はアタックにかからないよう、遅らせられる方がベースには優利で、アタックノブが装備されている機種が狙い目でしょう。アタックまで潰してしまうと演奏していて息苦しくなります。ただ、音色としては絶対駄目ということはなく、ミックスのプロセスでこうしたセッティングはありです。奏者としては、アタックを残しておいた方が弾き易いのは事実です。

サイドチェインのハイパスフィルターが連続可変で、アタックタイムを変更できる、この2点と、アクティブベースの大きな入力に耐えるヘッドルームを備えている、という3点がベーシストが買うべきコンプレッサーのガイドラインになります。もちろん好きな音がすれば何を使われても良いですが、私から機種選びについてアドバイスを送るとしたらこのようになります。結果、お高いものになってしまうかもしれません。予算が出なければ入手しやすいもので、まず使ってみることは悪くありません。不満がなければそれで充分です。ただ、繫がなくてもいいか、という気分になるかもしれません。それはそれで立派な学習と言えるでしょう。

このテーマはここで完結します。全16話となりました。多くの方にお読みいただきありがとうございました。

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