『天路の旅人』沢木耕太郎(新潮社)を読む

私が目標とするノンフィクション作家、沢木耕太郎さんの最新刊です。

 今年2月に購入していましたが、業務多忙で読む暇がないまま、3月からブックライター塾が始まってしまい、5月下旬に終了したものの、これまた卒塾のご褒美に取っておいた村上春樹さんの「街とその不確かな壁」に取り掛かってしまい、他に読むべき本も多かったため、ようやく今日、読み終えました。

アマゾンの書籍紹介文
第二次大戦末期、敵国の中国大陸の奥深くまで「密偵」として潜入した若者・西川一三。
敗戦後もラマ僧に扮したまま、幾度も死線をさまよいながらも、未知なる世界への歩みを止められなかった。その果てしない旅と人生を、彼の著作と一年間の徹底的なインタビューをもとに描き出す。著者史上最長にして、新たな「旅文学」の金字塔。

 この物語は、序章で、沢木さんは本書の主人公、西川一三さんに会い、その8年間に及ぶ長大な旅について話を聞くところから始まります。そして、第1章「現れたもの」では、作品のイメージが湧かずいったん取材を中断したにも関わらず、まるで西川さんが望んでいたかのように、切れたと見えた糸が繋がっていった書籍化への道程が記されます。

 第2章「密偵志願」は、西川さんの生い立ちから書き起こし、旅立ちまでの経緯を追っており、本格的な中国西北部からチベット、インド、ネパールに至る冒険行の叙述は、第3章「ゴビの砂漠へ」から第13章「仏に会う」までとなります。第14章「波濤の彼方」、第15章「ふたたびの祖国」で日本への帰国、終章「雪の中へ」で大団円を描き、565ぺージの長編が完結します。

 内容は読んでいただくとして、最も心に残った箇所は第15章の一文です。
沢木さんは、いつものように、淡々と、言葉を紡ぎます。

 「帰ってきた(戦後の)日本は異国のようだった。懐かしの日本、よき日本は失われ、損なわれ、破壊されていた。人間らしさが失われていた。これまで旅してきた国や地域の「後進社会」の方がはるかに人間的だと思えた」

 その「はるかに人間的な後進社会」の例は、第13章にあります。

 「ひとりのネパール人が手招きし、貧しそうな小さな家に招き入れてくれた。今夜はここで休みなさいと言ってくれる。主人が羊の臓物を煮たものを丼のようなものに盛ってくれた。
カマドの周りでは、妻と3人の子供たちが取り囲み、贓物が煮え上がるのをじっと待っていた。それをまず西川のために盛ってきてくれたのだ。西川の眼から涙が流れてきた。そして、ああ、仏だ、初めて本当の仏の姿を見た、と思った。翌朝、西川はわずかな金を置こうとしたが主人は受け取らなかった」

 私の眼からも涙が流れてきました。(了)

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