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1000日チャレンジ 912日目 「A LITTLE HISTORY OF SCIENCE」(若い読者のための科学史)CHAPTER 7 Science in Islam

ゴールまで88日

★BMI:23.0

「A LITTLE HISTORY OF SCIENCE」(Bynum, William著;Yale University Press;2012年)を原著で読み進める(全40章)

◎CHAPTER 7 Science in Islam
★主な内容
預言者ムハンマドの教えを信仰するイスラム教は、ムハンマドの死後、中東から北アフリカさらには欧州の一部までに広まる。9世紀から10世紀頃の中東では多くの写本の研究が盛んになった。その中には、アリストテレスやユークリッド、ガレノス、古代 ギリシャの思想家の著作も含まれていた。このイスラム圏での研究が、後にヨーロッパに逆輸入されて、古代の思想家たちの考えが受け継がれることに貢献している。イスラム圏では、インド・中国の科学も取り入れられた。アラビア数字もインドからもたらされ、中東・イスラム圏を経て欧州に拡がることになる。また、彼らは大気圏の高さや、光の反射などにも興味をもったし、天体観測も行った。ペルシャのアル゠トゥーシーシリアやイブン・アル゠シャーティルの研究成果は、後の文学者コペルニクスに影響を与えたほどだ。医学の分野では、9~10世紀のアル゠ラージーは天然痘に関する詳しい観察を遺した。10から11世紀のイブン・シーナーは、医学だけでなく哲学者としても活躍をした。彼は著作『医学典範』は400年にわたって欧州での医学の教科書となった。この時代の科学や哲学をリードしたのはイスラム圏であった。イスラム圏には、先進的で賢い支配者 が出現して、研究活動が尊重された。 それらに指導者たちは、研究資金の援助や、信仰に関わりなく優秀な学者を招くこともあった。

★単語
straddle
;両足でまたがる、mouthful;正しい言葉、algebra;代数、qur'an;コーラン、tolerant;寛容な

★フレーズ
Roman numerals
;ローマ数字

※House of Wisdom;知恵の家;イスラムのアッバース(Abbasid, アバシド)朝の第7代カリフ(アル・マムーン、AD786~833年)がバクダッドに建てた。ギリシャ語の著作をアラブ語に翻訳する活動を行っていた。
※アル゠ラージー
;「864ころ‐925か932;中世イラン屈指の哲学者,医学者。テヘラン南の古都レイ(ライ)に生まれ,同地やバグダードで病院長を務めた。哲学者としては徹底した理性重視と平等主義をとり,イスラム思想界では異端児の趣がある。彼の説く永遠の原理とは,造物主,普遍霊魂,第一質料,空間,時間の五つであり,無からの創造が否定され,預言者などは〈悪霊にとりつかれたただの人〉と断じ去られた。このような預言者攻撃や秘教的解釈(ターウィール)を排した理性主義の立場は,当時のイスマーイール派の面々から激しい論争を挑まれた。」(ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典より引用)
※イブン・シーナー;「980‐1038;ラテン名はアビセンナAvicenna。アビケンナとも呼ぶ。イスラム哲学者,医学者。ブハラ近郊に生まれ,ハマダーンで没した。幼少のころから天才を発揮し,18歳の時には形而上学以外の全学問分野に精通し,医師としても名声が高まった。やがてアリストテレスの形而上学研究に手を染め,ついに独自の存在の形而上学を完成した。彼の父がイスマーイール派の同調者であったため,彼自身もこの運動に共感をもっていた。多くの諸侯の知遇を得たが,若年の天才に対する世間の嫉妬やイスマーイール派との関係のため,時に王侯の宮廷で高位を得ることもあったが,絶えず身の危険を感じながら放浪の生涯を送った。」(平凡社世界大百科事典 第2版より引用)

知らないことばかり。アジアの文化を欧州に、欧州の文化をアジアにつなぎ発展させたイスラム圏の人たちは、中世の科学・哲学の継承・発展に貢献したのだと理解した。


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