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「寝たきりの高齢者の医療に莫大な税金が使われていることに疑問を感じる」という言説の持つ危険性について考えてみた

1.「税金」について医療者から聞かれる言説

時に医療者からこんな声が聞かれることがあります。

「ICUで高齢者を治療するために莫大な税金を使っていることに違和感を感じる」

「寝たきりの高齢者の医療に莫大な税金が使われていることに疑問を感じる」

こういった言説が社会に与える効果について考えてみたいと思います。


2.大量殺人に通底する言説…?

まず、私たちが思い返すべきは、戦後最悪の大量殺人事件として知られる相模原障害者施設殺傷事件(津久井やまゆり園事件)です。
この大量殺人事件の犯人が語っていた言葉として以下のようなものがあります(報道で明らかになっているもの)。

「なんで税金を重くしてまで、障害者や老人を助けなくてはいけないのですか?」

「(障害者)ひとりにつき税金がこれだけ使われている」

「何人殺せばいくら税金が浮く」

前述の医療者からの言説と似ていると感じませんか?
共通しているのは、「医療・介護・福祉等に税金が使われている」という考え方です。

このような考え方や、それに基づく「寝たきりの高齢者の医療に莫大な税金が使われていることに疑問を感じる」といった言説が、ヘイトクライム・大量殺人にも通底しているということを、私たちは危機感を持って受けとめる必要があります。


3.言葉の使い方として間違っている

そもそも、「医療・介護・福祉等に税金が使われている」という考え方は、厳密な言葉の使い方からすれば誤りです。

「税金」は、法令の定めに基づいて国民が政府に支払うお金のことです。
『国民→政府』と移動するお金を「税金」と呼ぶわけです。
(住民が地方自治体に支払う住民税などもありますが、ここでは税金の代表的なものとして「国民が政府に支払う税金」を取り上げます)

一方、医療・介護・福祉に使われるお金は、『政府→医療機関・介護施設・福祉施設』と移動するお金です。
これを「税金」とは言いません。
言葉の使い方として、「国費」や「政府支出」と言うのが正しいでしょう。


4.『税金を財源としてみなす考え方』の道徳的意義

しかし、『「医療・介護・福祉等に税金が使われている」という考え方』は想像以上に巷に流布しています。
言い換えれば、『税金を財源とみなす考え方』と言ってもいいかもしれません。
言葉の使い方として間違っているのに、なぜこのような考え方が広まっているのか。
それは、この考え方に道徳的・啓発的な意義があるからです。

『税金を財源とみなす考え方』は、政府支出のあり方に関する道徳的なメッセージを含んでいる「例え話」であり、ある種の「レトリック」である、と言えます。
国費はある意味で「みんなのもの」であり、国という共同体の中で公共に資するものに使うべきです。
だから、税金を財源に例えて、「医療・介護・福祉等に税金が使われている」「公共事業には税金が使われている」というレトリックを用いれば、「みんなのもの」である国費を「無駄にしないように」「みんなのために使おう」というメッセージになり、道徳的・啓発的な意義があります。


5.道徳的意義を弊害が上回る

しかし、本来道徳的な意義があったこのレトリックも、現代ではその弊害の方が目につきます
時に、あたかも「税金」が最上位の絶対的な価値を持つ何かのように語られ、人の命や健康と「税金」を天秤にかけるような言説が現れたり、人の命よりも「税金」に価値を置く人が出てきたりします。
本来道徳的なレトリックであった『税金を財源とみなす考え方』が、倒錯の末に反道徳的な思想に帰結することがある。
それがヘイトクライム・大量殺人として表出しうる、ということではないでしょうか。
前述の相模原障害者施設殺傷事件の犯人の言説から、そのように考えられます。

したがって、現代においては、『「医療・介護・福祉等に税金が使われている」という考え方』『税金を財源とみなす考え方』は、その道徳的意義よりも弊害の方が上回っていると言わざるを得ません。


6.「税金」は何のためにあるのか

大事なのは、「医療・介護・福祉等に税金が使われている」という考え方はあくまで例え話・レトリックであり、厳密には事実ではないということです。
ある年度における政府の予算執行と税金の回収の仕組みを思い浮かべれば、政府が税収に頼らず支出可能であることがわかると思います。
政府はまずその年度に策定された予算計画に従って支出を行い、世の中に増えたお金を年度末等に「税金」という形で回収する仕組みになっています。
『「医療・介護・福祉等に税金が使われている」という考え方』は、前述のように言葉の使い方として間違っているだけでなく、事実として、「税金」が医療・介護・福祉に使われているわけではないのです。

では、私たちは何のために政府に「税金」を払っているのか
「税金」は、景気や物価の調整、および所得の再分配といった重要な機能を持っています。
国の景気や物価が安定し、健全な経済活動が行えるように、私たちは法令の定めに基づいて政府に税金を払う必要があるのです。
このように「税金」は非常に大切な国の仕組みですが、その目的はあくまで景気・物価の調整や所得の再分配等であり、医療・介護・福祉等に使うために税金を払っているわけではありません


7.現実と解離しているがゆえの「違和感」

「ICUで高齢者を治療するために莫大な税金を使っていることに違和感を感じる」

「寝たきりの高齢者の医療に莫大な税金が使われていることに疑問を感じる」

といった医療者の「違和感」や「疑問」は、そもそも『「医療・介護・福祉等に税金が使われている」という考え方』自体が現実と解離していることに起因するのでしょう。

もちろん、「違和感」や「疑問」を感じること自体は問題ではありません。
しかし、このような言説の広がりが、『人の命や健康と「税金」を天秤にかけるような発想』を喚起させることには注意を払う必要があるでしょう。
その積み重ねの先にヘイトクライム・大量殺人があるかもしれないからです。


8.医療に使ったお金は消えて無くなるわけではない

このような発想の背景には、「医療・介護・福祉等に使われたお金は消える」という誤解があるように思います。
これは明らかな誤解です。
医療・介護・福祉等に使われたお金は消えて無くなるわけではなく、医療従事者の給料(所得)になります。
そして、医療従事者が何らかの商品やサービスを購入すれば、そのお金がまた誰かの所得になります。
そうやって世の中をお金が循環していくわけです。
このような現実を鑑みれば、医療・介護・福祉等に国費等のお金が使われることは、ことさら非難されるようなものではないと思います。


9.最後に

「寝たきりの高齢者の医療に莫大な税金が使われていることに疑問を感じる」という言説の持つ危険性について考えてみました。
「税金」の目的や機能、その重要性をきちんと認識すると同時に、特定の言説が持つ効果、ある種の危険性に対して注意を払いながら、国や社会のより良いあり方を考えていきたいですね。

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