短編「水晶」
創作JK百合「ハイコントラスト」より
#タイトルをもらって小話を書く でその昔書いた短編です。
タイトルは青ちょびれ様よりいただきました。
◆◆◆
キャラ紹介
◆◆◆
「雪の結晶は細かく見るとこうなっているんですよ」
理科の先生が語り、教科書には載っていないような大きな雪の結晶をスクリーンに映す。
透明でいて不透明な雪の結晶は、その環境下に寄って好き勝手に形を作るという。
1人として同じもののいない人間と違って、それはとても、うつくしかった。
「さっきの見た?すっごく綺麗だったね」
片付けもそこそこに、前の席に座る友人に声をかける。
手を伸ばせば肩を叩ける距離なのに、手を伸ばさない我儘をやってしまう。分かっていて、分かっているから、試したくなる。
「そうね」
黒髪ストレートがさらりと木製椅子の上を滑って、白い顔がこちらを向く。能面の方がまだ、表情豊かだ。
律儀に振り返る割にそれ以上のコミュニケーションを取ろうとしない彼女に、岸田鼓実は声を投げる。
「あんたみたいだった」
横顔がわずかに傾いて、ややあって黒い簾が声を出す。
「口説くのが下手ね」
「じゃあ教えてよ、口説き方」
恥ずかしがる姿が可愛いなと思うのは、今日だけで六回目。
「嫌」
「けーち。お堅いのー」
その丸い頬に触れられない指先で黒髪を摘む。
無視を決め込む彼女の横に立って、無言で三つ編みを編むことにした。
ポケットに入れていた大量生産されたヘアゴムを取り出し、終わりが可愛らしく跳ねるようにぱちんと留める。
「勝手になにを…」
触る前に跳ね除けないくらいに許してくれていて、触られた後に文句を言うくらいには甘えられている。
そう考えると、この時間はとても甘美なものに思えた。
「文学少女みたいでいいじゃん?」
「眼鏡が足りないわね」
「あたしのどーぞ」
憎まれ口を叩いても、決して反応しないてのひらが愛おしい。掛けていた丸眼鏡を渡してやれば、逃げるように美恵は外方を向く。
机の上に置いたまま、反対側に回って続きを編む。
二つ縛りの三つ編みは、セーラー服に白い肌の彼女をよく魅せていた。
「かっわいいー!」
「かわいくないって……」
心持ち声を大きくすれば、集まることが好きな女子が過敏に反応して、わらわらと二人の周りに集まってくる。
「田原さんかわいいじゃーん」
「似合うよ似合うよ」
「眼鏡似合うねー!目、いいんだっけ?これとかどう?ほらほら」
多勢に無勢で観念した美恵が、仕方なしに差し出された眼鏡をかける。
彼女とて、この小さな箱の秩序を壊したくないから、集団に甘んじる。
交わるくせに、混ざらない。水晶玉が浮かんでいるみたいだ。
(本当は嫌いなくせに)
半分本気の半分冗談な褒めそやし。それを真面目に受けて流してはにかむ彼女はとても不透明だ。
「美恵、かわいいよ。んー!」
やたらと近寄りべたつく女子の性質は、こういう時に便利だ。
耳の上、側頭部に口付けて顔を撫でると周りは笑い、彼女は戸惑ったように押し退けてくる。
「しつこい」
力が強いのは本気で離れたいと思っているから。それをする相手は鼓実ではないはずなのに、鼓実だからこそ本気の力を見せてくれる。
そういうのを、透明感といってもいいと思う。
「つづみんとたはらんって仲良いよね」
「でっしょー!小学校から一緒だからさあ」
「腐れ縁だわ」
「いーじゃん。今時、そういうのあんまないよ」
きゃいきゃいとはねる声が気分を上げる。昂揚感は、期待と背中合わせだ。
「……言われてみれば、そうかもしれないわね」
みんなの笑顔は目を滑っていくけれど、彼女のわずかな微笑みは零コンマでも釘付けになる。期待した分急降下して、落ちた瞬間に爆発する。
それでも割れない、かたい意思。
「次、移動でしょ?いこーよ」
一人の声にみんなが反応して、小さな集団がわらわらと流れていく。
「みーえ」
「なに」
その中に紛れるように名前を呼んで、返事のくる幸せに鼓実は笑う。
「やっぱりさ、美恵って、結晶みたい」
思いの丈を詰め込んで声にした言葉は、透明なまますうっと、彼女の中に消えていった。