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「怖くないよ」

年長さんの子どもに、目薬が処方された。軽いアレルギー症状が見られたからだ。
早速その夜から目薬をさそうとすると、これがまあ、うまくいかない。
ゴロンと寝転ぶまではいいものの、目をこれでもかと固く瞑る。「痛くないよ」「怖くないよ」と声をかけ続けるも、手で顔を覆って抵抗し、終いには暴れて逃げ回る始末。

病院ではお利口に座って視力検査などをこなし、先生の説明も一緒に聞いた年長さんだが、家では目薬ひとつで「こわいの」「いやなの」と最終的に泣き出してしまい、親も途方に暮れてしまった。先生には「1日3回から、徐々に様子を見て回数を減らしてね」と案内されたが、このままでは1回だって点眼できそうにない。無理強いしても次の抵抗が激しくなるだけなのは火を見るよりも明らかで、それでは意味がない。

言葉で懸命に「痛いことじゃないよ」「さっぱりするよ」と説明するも、「今痒くないもん」「痛くも痒くもない」と【私には目薬は必要ありません】アピールを始めて、いつまでも平行線になってしまう。

完全に嫌になって涙目の子どもと、うまくいかなくてむしゃくしゃしている私。初日はどうにもならずに諦めた。
寝る前に、一か八か、「明日、お母さんの目薬をさしてくれる?」と頼んでみた。【目薬を入れてもらっている姿】の見本も見せられるし、怖くない、痛くない、ということを実感できるかもしれないと思ったのだ。並行して、何か簡単な方法はないかと調べてみた。いくつか出てきたが、目を開けていることがかなり難しそうだったので、「目を瞑ったまま瞼のきわに垂らして瞬きをする」と言う方法が一番良さそうだった。

翌日、唐突に向こうから「お母さんの目薬やるんじゃないの?」と声をかけられた。他のことに気を取られていたので「あとでね」と言いたいのをグッと堪えて、今がチャンスと2人で手を洗い、それぞれの目薬を用意する。
年長さんは心なしかワクワクして、目薬のキャップを外してスタンバイしている。
私がゴロンと寝転んで、「この辺から……」と説明しようとした時には、もう私の眼球のほんの少し上に目薬の影が見えた。

怖い。

「怖くないよ」と5歳さんを説得していた自分を思い出して、ちょっと笑いそうになった。なんだこれは、めちゃくちゃ怖いじゃないか。
「もう少し上だよ」と声をかけると、今度ははるか上の方にセットする。やけに目に近づけてきたり、逆に遠ざけたりするので、一体どこに当たるのやら想像もつかなくて、思わず口と鼻を押さえた。なるほど、なぜ子どもが口元を手で覆い隠すのか理解できなかったが、こういう心境だったのか。
目薬が痛くないことは重々わかっている私でも、やってもらうのはとんでもなく怖い。目薬に慣れてない5歳児が耐えられないのも無理はなかった。

年長さんが私の眼球に見事目薬を命中させるのに、2〜3回の失敗はあったが、思ったよりすんなりとできた。今度は年長さんの目に目薬を入れる番だ。

交代で寝転んだ年長さんは、ギュッと固く目を閉じて口と鼻を押さえている。本音を言うとやっぱり目を開けて欲しかったのだけれど、まずは目薬が肌に当たってもなんともないことを実感してもらう方が良い。

目のきわにそっと目薬を落とす。いい場所に収まったと思う。
「パチパチしてみてくれる?」と尋ねると、ゆっくりと目を開いた。
黒黒とした長いまつ毛が、目薬をしっかりと弾いたのがわかった。まつ毛の働きとしては最高に優秀なのだけれど、今回はそれでは困る。困るのだけれど、「もう入った!!」と主張する年長さんに「もう一回」は通じなかった。

以降、毎日互いに目薬を指している。
「ゆーっくりごろんしてください」
「ゆーっくり、おくちをおさえてください」
と私に向かって指示しながら、全く慎重さのかけらもなく出し抜けにボチョン、と点眼する年長さんは、ギャハハハハ、とご満悦だ。
どうやら新しい娯楽を提供してしまったらしい。

一方の年長さんは、一向に目を開けて点眼する気配はない。毎回、顔がシワシワになるほど固く目を閉じている。
しかし、点眼される恐怖を味わった母は、もう、「怖くないよ」「大丈夫だから」なんて、気軽には言えないのだ。

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