個人タクシーの楽しみ

普段からタクシーによく乗る。
季節にもよるけれど、多いと1日2~3回。少ないとたぶん、週1。

乗る理由はものすごく簡単で、「移動がめんどくさいから」に尽きる。自分にはおそらくワーカーホリックの気があり、毎日朝から晩まで仕事を詰め込んでいることが多い。締め切りが1日に数本重なっていることも珍しくない。だから帰ってからも仕事ができるように、出かけた先では体力を消耗したくないのだ。

あとは体調面の問題もある。暑いところに出るとすぐに体に熱がこもるし、エアコンの効いた電車に乗ると冷えすぎて腕が痛くなる。寒い日は文字通り、骨の髄まで冷えて体が動かなくなる。

要するに、自分は貧弱なのである。こんなに貧弱さとは程遠い顔立ちをしているのに、厄介だ。おまけに運動も嫌いなので、日常生活においては、とにかく何事も楽をしたい気持ちが強い。(おそらく上記のいくつかは、筋トレや運動で解決するのだろうが、そういう問題ではない)

そんなわけで、普段からタクシーによく乗るのだ。そして乗る回数が多い分、愉快な運転手さんに出会うことも多い…気がする。人生の先輩たちと十数分だけ同じ空間で過ごし、普段なかなか聞けない話も耳にするこの時間が、密かに好きだ。

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先日乗った個人タクシーの運転手さんに聞いたのは、「個人タクシーの魅力」だった。

彼はもともと人と話すことが好きで、不動産会社の営業マンを長くやっていたという。しかしあるとき転職し(転職の理由は聞き漏らした、不覚だ)、幼稚園バスの運転手になった。そして、その後再度転職してタクシー会社に勤め、現在の個人タクシー運転手に落ち着いたそうだ。

(ちなみに幼稚園バスの運転手を辞めるきっかけは、「乗客と会話ができないから」だったという。そりゃあそうだ、乗せるのは年齢一桁のちびっこばかりだものね。)

彼曰く、個人タクシー運転手の魅力は「年金をもらいながら働けること」だそうだ。「おい、結局カネかよ!」と思ったのは、秘密だ。

話を戻そう。
年金をもらいながら働けるとはどういうことか?尋ねてみると、こう返ってきた。

「個人タクシー運転手は、75歳までできるんだよ。タクシー会社に入ると65歳で定年になっちゃうけど、それより10年多く働けるってわけ。つまり、年金も給料ももらえる期間があるってことね。」

ふむ。

「年金なんて今、もらえても月10万強でしょ。それだけじゃ生活できないとか、やることがないからって定年後に働く人っていっぱいいるんだよ。けどさ、それぐらいの年齢でできる仕事っていったら、警備員とか交通誘導みたいな外で働く仕事ばっかり。この暑さで熱中症でやられる危険もあるのに、日給で数千円でしょ。やってられないじゃん?」

うむ。

「私は個人タクシー運転手として今、1日の売上ノルマを2~3万円にしてるのね。だいたい達成できてるし、この前、新幹線が止まったとき(※)は名古屋から大阪までお客さんを乗せていって、片道7万円の売上だったよ。その仕事だけで2~3日分の売上達成になるわけ。ノルマが達成できたら早く帰るときもあるし、『今日は達成できなくてもいいや』と思ったら早じまいする日もあるしね。」
※台風で東海道新幹線が止まってしまった2023年6月3日のこと

ははあ…。

「おまけにタクシー会社に入ると、どんだけ売上がよくても一旦、全額を会社に納めなきゃならないの。で、そのうちの何割かが給料としてもらえる仕組みなんだよね。でも個人タクシーは、売上が全額、自分のところに入ってくる。だから毎日が給料日だし、年金支給日はボーナス日みたいなもんなんだよ」

そういうことか。

「まあ私はまだ年金受給してる年齢じゃないから、今のは先輩運転手から聞いた話なんだけどね。でも、そんな老後が待っているかと思うと、悪くないでしょ」

いや、まだもらってないんかい!

…とツッコみたくなる気持ちを抑えつつ、なるほど年金をボーナス扱いできる老後は確かに魅力的だろう。よく見るもんなあ、あっちい昼間に外で汗ダラダラ流しながら働いてるおじいちゃんとかさ…。(本当は定年退職後に働かなくてもいいだけの年金がもらえのがベストなのだろうが、そのへんのデリケートっぽいネタには触れないでおく)

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その後も会話は続き、途中で「自分も個人事業主で、ライターをしている」と打ち明けてみたら、さらに盛り上がった。個人タクシー運転手になるにはどういう手順を踏むのかを事細かに教えてくださり、書き入れ時の12月に仕事ができなかった話で笑わされ、よく見る個人タクシー運転手になるためにはそんなにもハードルがあるのか!と驚き……気づけば、目的地に到着する。

街中でよく見る個人タクシー運転手には、個人事業主ならではのメリットだけに限らず、高齢になるにつれて生じるおカネの問題を解決できる、という一面もあるようだ。もちろん個人事業主には違いないから相応の努力は必要なのだろうけど、世知辛くも納得のいく、面白い話が聞けた。

支払いを済ませて下車しようとすると、もう一言、投げかけられた。

「あなた、文章を書いてお金がもらえるなんて、素晴らしいスキルだよ。それにまだ若いし、私と違って未来がある。いい社長になってくださいね!」

ああ、いい運転手さんだった。次はどんな運転手さんに出会い、どんな話が聞けるだろうか。

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