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振り返ったらちゃんと足跡だらけ

「あぁ。私、21年間生きてきたんだな〜」って感じる瞬間が、ここ数日たて続けに2回あった。

偶然か必然か。たて続けに2回もあると、なんだかこれは神からのお告げのような気がして。これは記して置いてみたいとnoteに。

同じ言葉だけど、全然違う感情を味わった不思議な2日間だったので、あえて2回に分けてお送り。

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ep.1

最近、“就活”をしていく中で、改めて私は誰を幸せにしたいのかに向き合ったときに、

自分の幸せにしたい対象が偏っている。

という事実が突然受け入れられなくなった。

この問いは今までも何回か向き合ってきているもので、今までは普通に「あ。私が幸せにしたいのはこんな人たちなんだ」と思っていた。

でもなんだか急に、突然に、自分の幸せにしたい人たちが限定的であることに悲しい虚しい寂しい気持ちに。

私は幸せにしたい人を取捨選択してるんだ、、と、ネガティブ思考にはまり、このままじゃ良くない。と友人たちに泣きついた。

ちなみにこういうとき私が泣きつく先は決まっている。長期インターン時代の同僚で、今でも親交が続いている3人の友人たちのところだ。
大好きでとても信頼している友人たちで、普段はくだらない話をすることも多いが、私とは違う角度を持っているので、よく相談にものってもらう。感謝。

そして相談の結果、かえってきた答えはざっくり2つ。
「人間、みんな違うんだから好き嫌いがあって当たり前。」

「それ自分のメンタルモデルの作りたい世界と矛盾してるからじゃない?」
だった。

(メンタルモデルの詳細については↓から。私は欠陥欠損モデル)

どちらもしっくり。納得。

そして冒頭のセリフに戻る。

「あぁ。私、21年間生きてきたんだな〜」

2つの返答を聞いて、地球上どこ探しても私と同じ経験、同じ21年間を歩んできた人っていなくて、当たり前だけど、私って唯一無二なんだと再認識した。

私の歩んできた21年間が、私の幸せにしたい対象を左右していて、なおかつ私のメンタルモデルを形成してる。

でも、それってとっても素敵で、それでいて残酷。

だって私は、私の21年間のお陰で幸せにしたい/できる人たちがいる。でも、21年間のせいで作りたい世界をどうやっても裏切る。

頭では、私が幸せにしたいと感じる対象に対して、幸せにしたいと感じない人がいること、その逆もあることは分かっている。

人間、十人十色。みんなちがってみんないい。

それで世の中は成り立っているし、人間とはそういうものなのだ。でも、やっぱり悲しくなる。

たぶんこの気持ちは一生感じるものだろうし、解決するつもりもないけれど、振り返ったら当たり前のように私の足跡でベタベタな私の人生が愛おしくて憎らしなと思った瞬間だった。

たぶんこれからも私は、欠陥欠損モデルの作りたい世界と自分の歩んでいる現実世界との狭間でもがいていくんだろうなぁ。
今の私にはまだこの気持ちをどうすることもできないけれど、いつかこれも私の人生なのだと楽める日が来るといいなぁ。

まあ、兎にも角にも人生って難しいですね。

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(あ、「THE MENTAL MODEL」はまじで良本なのでおすすめです!)

言語化に時間かかりすぎてep.2いつだせることやらって感じ。
でもちゃんと書きたいなぁ。

#女子大生 #呟き #メンタルモデル #欠陥欠損





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