徒然なるままにモラ逃げ【9】決心
少し間が開きましたが、いつも読んでいただきありがとうございます。今回はモラ逃げを決心した瞬間について書きたいと思います。(今回は無料記事にて公開させていただこうと思います)
『忘れる』という機能が備わっている私たちは、陣痛や産みの痛みすら風化させますし、良い思い出も悪い思い出も時間と共に少しずつ薄れていきます。
10年以上の生活の中で、何度も絶望したり、いっそ消えてしまいたいと思ったかしれませんが、『子はかすがい』とはよく言ったもので、この子達を守るために…と泣きながら踏ん張って2、3日…少しの反省の色や、全く違う嬉しいことなどが起こったりすると、その時の苦しみは薄れていくのです。
決して消えはしないのですが『離婚』を実行する強いエネルギーを持続し続けられないのです。
日常が落ち着きを取り戻すならば、多少窮屈でも日常にいる方がずっと楽ですし、
3人の子育てプラス、産んだ覚えのない長男にエネルギーを削られて、日々を過ごすことに無我夢中な状態での離婚の選択はものすごく高いハードルなのです。
そんな中、もうだめだと離婚を決意し、そのエネルギーを持続させられるだけの事件が起こります。
とある休日の夕方、当時8歳の悟と夫が世間話をしていました。
悟が年齢とともに軽口をたたいたり、あえて反抗的なことを言ったりという事が目立ち始めた頃でした。
「おいおい、パパのことバカにしてんのか?調子に乗ってるなよ?」
と、笑いながら悟の胸ぐらを掴み、持ち上げ、宙に浮いたのです。
じゃれているような、ふざけているようなノリで起こった出来事なので、浮いた悟は「パパ、すっげー」と言いながら笑っていました。
夫はこの時のことは覚えてすらいないと思います。
しかし、この一幕が私に離婚を決意させました。
夫は元々体育会系で、、お世辞にもお勉強が得意とは言えず、自分の思うようにならないことは力で制するジャイアンタイプとして育ったようです。
悟に宿題を聞かれても2年生の後半あたりから戸惑うことが増え、教えられなくなりました。
べつに勉強ができなかろうが体育会系であろうが構わないのです。私は体育が苦手でしたし、勉強は比較的苦にならなかったので補いあえばいいと思って過ごしてきました。
ただ一つ問題なのは、普段の会話中に、突然「俺をバカにしてるのか!」と激昂することが何度もありました。国語力の問題なのか、共感力の問題なのか、それは私に対してだけでなく、上司に対しても本人には言わずに持ち帰ってきて私に激昂したりするのです。
褒めてくださってるのに「俺をバカにしてるの!」と憤って帰ってくるのです。
悟との事もまさにそんな感じでした。
お互いに笑いながら、口元は笑ってはいましたが悟の目は明らかに動揺を隠せません。
悟は本が好きな子で、毎年多読賞に表彰されるほど読書をします。語彙も豊富です。
ギャングエイジの波とともに、やがてはパパを言い負かそうとする日がそう遠くない未来に待ち構えていました。
このままでは一年を待たずに悟に手が出る。
一度でたらハードルが下がり、気に食わないことは力で制しようとするようになる。
子どもたちを守るためには、もう離れる以外の選択肢は残されていない。
それが私が離婚を決心した瞬間でした。
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