突然の降板

ある連続ドラマをやった時の事である。僕はプロデューサー。

ゲストに今でも人気の女性タレント(仮にAさんとしておこう)に出てもらう事になった。

ドラマの収録前に海外での仕事があるという事で、ゲストに出てもらう回の「準備稿」の台本を渡し、「出演OK」の返事をもらっていた。

僕が会社を出て、市ヶ谷駅に向かっていると、Aさんのマネージャーから携帯に突然電話がかかって来た。

「決定稿」をAさんが読んで、この「役」では出られないと言い出しているとの事。

Aさんを説得して欲しいというのだ。

その時思ったのが、「最近、ちゃんと俳優・タレントをマネージメント出来るマネージャーが少なくなったなぁー」という事。

「本人に訊いて、御返事します」

結局、本人に訊くのならマネージャーは要らない。マネージャーが「YES」と言ったら、どんな事があっても俳優やタレントをそうさせるのが「真のマネージャー」だと思う。

しかし、Aさんのマネージャーは本人の言いなり。市ヶ谷で彼の車に乗せてもらい、Aさんの泊まっているホテルに着くまで、彼は芸能界のウワサ話しかしなかった。

ホテルで、チーフプロデューサーと待ち合わせる。

CPとマネージャーが、Aさんと僕、二人だけの話し合いに任せるというかなり無責任な事を言うので、腹が立ったが仕方が無い。

Aさんが部屋から降りて来て、僕と二人、ホテルの喫茶コーナーに座る。

「ワインでも飲みましょう」と笑顔を浮かべる彼女。

僕は「準備稿」から「決定稿」になって、彼女の「役」がどう変わったかを懸命に誠意を込めて説明した。

「これでは私の『役』が立っていない(目立っていない)」彼女は僕にそう言った。

ワインの味が全くしなかった。彼女のスタジオ収録は明日だ。彼女が出演OKしなければ、明日の収録は中止。

少し話をした後、「部屋に戻って、少し考えさせて」と彼女。

僕はCPとマネージャーに彼女がまだ「OKしていない事」を報告した。

辺りは静かで、もう夜になっていた。明日は午前9時からの収録だ。

CPが監督に電話をかけ、「明日のAさんの収録は中止。後日、代役を立てて撮る」と。

その直後、マネージャーにAさんから電話がかかって来た。

「僕に部屋まで来る様に」との事だった。どうも彼女、電話で知り合いのプロデューサーに相談していたみたいだとマネージャーは言った。

僕一人、彼女の部屋の前に立ち、ドアをノックした。

ドアが開いて、彼女が現れた。
「私、ドラマに出るわ。OKよ」

しかし、現場はバラしているので、時既に遅し。

その事を僕は告げる。彼女は僕を部屋に引き摺り込もうとする。部屋の中でもう一度じっくり話し合いたいと言うのだ。

僕は彼女が握って離さない手を引っこ抜いて、ホテルの廊下を一目散に走って逃げた。

ドラマを作っていて、最も怖い経験だった。

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