ドラマの美術打ち合わせ

台本が上がって来て、早々にやる打ち合わせを「美打ち(美術打ち合わせ)」という。参加するのは、プロデューサー、監督、助監督、製作部(ロケ場所を探すセクション)、美術部、撮影部、照明部、録音部、記録などなど。

予算の事もあるので、シーン毎にプロデューサーが「ロケ」か「スタジオのセット」かを決める。

そして、監督に対して、いろんな質問が飛び交う。

例えば、劇中に出て来る「新聞の記事」「雑誌の表紙や記事」「パソコンの画面」のアップが映るかどうかなど。

映る場合は、助監督がその原稿を作成して、美術部に渡す。それを元に、美術部が本当の新聞や雑誌を作っていくのである。

助監督は原稿作成の際、実際に存在しない「新聞社名」「雑誌名」であるか、必ず確認する。かつては電話帳で。今はインターネットで。

ドラマの設定で、その新聞や雑誌が「悪い印象を与える記事」を載せた場合、現実にある新聞や雑誌の名前を使っていると、トラブルになる可能性があるからだ。

もちろん、記事の中の「写真」を撮るのも助監督の仕事。

記事や表紙を撮る場合はこの様な作業が派生するので、助監督は「美打ち」で、アップを撮るかどうかを監督に確認するのである。

パソコンの画面は助監督とドラマに特化したパソコン画面専門業者が打ち合わせをしつつ、作業を進める。

「美打ち」で話し合われるものに、「消え物」がある。

「消え物」とは、食事のシーンで出される料理の事。
俳優さん達が食べて、消えるので、「消え物」と言う。

「すき焼き」にするか、「刺身」にするか、「鍋」にするか。

「消え物」は、その役のキャラクターを決める重要な要素。
貧乏な家族のドラマなのに、ステーキを食べているのは、やっぱりおかしい。

「消え物」を作るのは、美術部の「小道具さん」。
彼らはドラマの度に「消え物」を作っているので、料理が得意で作った料理は美味い。

僕も助監督時代、その日の撮影が終わったら、缶ビールを持って「小道具さん」の所へ行き、「消え物」の残りをアテに、美術部と飲み明かしたものだ。

もちろん、大きな宴会のシーンが出て来た場合は、「小道具さん」が料亭などに発注して、持って来てもらい、スタジオのセットに並べる。

「監督、〇〇をどこで忘れますか?」

助監督が訊く。メイクさんが訊く事も。

「忘れる」も大事な撮影用語である。

〇〇に何が入るか?

いろんなものが入るが、例えば「俳優さんが喧嘩のシーンで負った傷」(傷を作るのはメイクさん)。或いは、「喧嘩のシーンで汚れた真っ白で裂けた服」(担当は衣裳さん)。

ドラマではなく、日常生活では「治るのに何週間もかかる傷」も、ドラマでは、数シーンで傷は治っている。

いつまでも、俳優さんの傷を残して、元々の顔に戻るのを遅らせる事は得策ではないからだ。

「シーン44で主人公の傷は『忘れましょう』」と監督は指示する。こういう風に「忘れる」は使う。

「えらい事やらかしました!」

セカンド助監督(衣裳担当)をやっていた時、衣裳さんが慌てて僕の所に駆け付けて来た。

ヒロインがエプロン姿で家の階段を駆け上がるシーン。一階のセットと二階のセットが別に建っていた。

一階の撮影の時にはエプロンをしていたヒロイン。
しかし、二階に駆け上がって来るシーンで、衣裳さんはヒロインにエプロンをつけ忘れたとの事。

そのシーン、監督も既にOKを出している。

記録さん(シーンとシーンの繋がりを記録する女性)に確認してみると、

「えっ、そうだっけ?」

三人で密かに撮影済みのVTRをチェック。確かに一階ではしていたエプロンが二階では無くなっている。これは非常にまずい。

もう、そのセットは撮影が終わって、取り壊されていた。
もう、そのセットが編集までに建つ事は無い。

僕は背筋が寒くなった。衣裳さんも記録さんも顔が真っ青だ。三人は呆然としていた。

「僕がこのシーンの編集をしている時、立ち会います。そのシーンが来たら、監督の気を逸らして、『繋がりミス』に気付かない様にします」

編集に立ち会うのは、ビクビクものだった。

「どうか監督が気付きません様に」
祈る様な気持ちだ。

この作戦は成功した。監督には申し訳ない思いでいっぱいだったが、反面、僕はホッとしていた。

そう。この時、衣裳さん、記録さん、僕。

僕ら三人はエプロンを「忘れた」。

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