ラジオ体操

おとといは友人を訪ねて知らない街を散歩した。マンションを出て3回左に、1回右に曲がれば、もとの場所にきちんと帰れる街。
仕事中の友人があまりに眠そうなので「ラジオ体操をしたら?」と提案したら、今朝したという。こちらから提案したくせに驚く。跳んだり跳ねたりするラジオ体操は、マンションではハードルが高いと思っていたから。
子どもの頃、夏休みに公園のラジオ体操に通ってスタンプを集めて…… という思い出は私にはない。初めてラジオ体操をしたのは、20代後半で勤めた工場の朝礼だった。それは発電所の検査をする部署だったけれど、私は発電所のことなんてつゆほども知らず、任されることといえば、右から来た書類をファイリングして左に送るような雑務だけだった。
その頃はまだ結婚をしていて、うっすら離婚を視野に入れつつも、「子どもができれば」「東京に帰って、やりたい仕事ができるようになれば」といくつかの可能性を唱えながら日々をこらえていた。
将来に希望があるわけではない。いまの日常をやり過ごすためにVBAを学び、プールに行き、料理のレパートリーを増やし、映画を観ていた。日々を無駄だと感じないために必死だった。
朝のラジオ体操の時間には、小さな妄想をした。会社の体育祭のラジオ体操で、何百人もの社員の前でお手本として体操をするという妄想。実際のところ社内には、体育祭のようなものは年に何回もあったけれど、そのときに全体でラジオ体操をするようなことはなかった。でもそんなことはどうでもよくて、少し高い台の上でいかに美しく身体を回すか、いかに軸をぶらさずジャンプするか、どんなふうに動いたら「あの人のラジオ体操すてき」「いったいどこの人だろう」と他部署の人に言われるか、そんな想像をすることが毎朝私の心を引き上げた。
突然そんなことを思い出してしまって、時間差で恥ずかしい。でも正直、当時の私がいちばんきれいだったんじゃないかと思う。きれいだねと誰も言ってくれなくて、自分で言うために一生懸命だった頃。

初めて歩く街

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