やさしさだけに頼らない「仕組み」を。SmartHRのアクセシビリティアクション
誰もが働きやすい職場をつくるためには、やさしさだけに頼らない「仕組み」が必要だ。そんなメッセージを発信するSmartHRのスペシャルムービー『職場に必要なのは、あなたのやさしさです?』が2023年12月1日より公開されています。
今回の映像は、2023年夏に公開したウェブサイト「SmartHR ACCESSIBILITY」の公開に続く、SmartHRのアクセシビリティに関する発信活動のひとつ。より多くの人に「働く環境のアクセシビリティ」の重要性を伝えるために制作されました。
本作では、オフィスで働く障害者の日常が描き出されているのですが、前半パートと後半パート、それらをつなぐ座談会シーンを通じて、人のやさしさや善意だけに依存しない仕組みの大切さを考える構成になっています。映像に登場する障害当事者のエピソードや、意外性のある展開はどのようなプロセスを経て組み込まれたのでしょうか。
企画のコンセプトをつくった株式会社EPOCHのクリエイティブディレクター佐々木渉さん、映像の演出を担当した監督の高根澤史生さん、そしてSmartHRの中澤茉里さんと桝田草一さんが、映像制作の裏側と今回のプロジェクトを通じて学んだことを振り返ります。
「仕組みで解決できることを、やさしさで解決しない」を伝えるために
──今回の映像は、どのような経緯で制作することになったのでしょうか?
桝田 実は「SmartHR ACCESSIBILITY」を制作している頃から、より多くの人を意識したアクションが必要だという話をしていたんです。「アクセシビリティ」という言葉が技術寄りなこともあり、単にウェブサイトを公開しただけでは、私たちのサービスを利用するメイン層である人事・労務の担当者や、その先の生活者にまでアプローチできないだろうという予感があったので。
佐々木 「ウェブサイトは情報のハブとして機能させる」という、ある種の割り切りのようなものが当初からありましたよね。そのうえで何かしらのブランドアクションが別に必要だろうと。
中澤 私たちの伝えたいメッセージはウェブサイトにすべて書いているんですけれど、そもそもの「アクセシビリティ」という概念の認知がまだ社会で進んでいないという課題があるんですよね。では、どうすればもっと多くの人に伝えることができるのか、という問いのもとに、今回は映像を制作することにしました。
──映像制作にあたって、佐々木さんは具体的にどのように企画を練り上げていったのでしょうか。
佐々木 コンセプトの中心となったのは、ウェブサイトの立ち上げ時に書いた「仕組みで解決できることを、やさしさで解決しない」というキャッチコピーです。これは、SmartHRのアクセシビリティに関する取り組みがわかる資料を送っていただいたなかで、僕がいちばん気になった「やさしさ禁止」という言葉がヒントになっています。
中澤 「やさしさ禁止」は、今回の映像にも登場している当社の辻さんが口にしている言葉なのですが、けっこうインパクトが強いですよね。私もはじめて聞いたときは「えっ?」って思いました。
佐々木 僕は「障害者にはやさしくしましょう」と言われて育ってきたので、引っかかりが強くて。もちろん「障害者に優しくしてはいけない」ということではなく、「やさしさがなくても解決できる社会にしよう」という意味が込められていることは理解できるんですけど、それにしてもすごいキラーワードだなと。
中澤 辻さんは「働くという権利をできるかぎり多くの人が享受できるように社会の仕組みを変えていくことは、“やさしさ”ではなく、同じ社会に生きる人間として当然のことですよね」ともよく言うのですが、本当にそのとおりだなと。
桝田 アクセシビリティが高いこと、つまり人の手を借りずにひとりでできる動作を増やすことはやさしさではなく人権なんだ、という話は社内でもよくしていて。「やさしさ禁止」は、僕や辻さんが所属しているプログレッシブデザイングループの立ち上げ時にもスローガン的に使われたのですが、それでも世の中に出すには強い言葉じゃないですか。だから、僕たちのメッセージがより誤解なく伝わるキャッチコピーとして、「仕組みで解決できることを、やさしさで解決しない」という言葉を考えてもらったのはすごくよかったと思っています。
佐々木 広告業界においても、パラリンピックに出場するアスリートがスーパーヒーローのように描かれるCMがカンヌ広告祭でグランプリを取るなど、障害者を特別視するような描き方がこれまでは一般的でした。けれど、そういった特別視をしないSmartHRの姿勢はユニークだなと。このスタンスを世の中に広く告げていくためのキャッチコピーを軸に置いたうえで、映像監督の高根澤さんにも入っていただき、映像を制作していきました。
「守られるべき存在」という偏見を裏切る障害者の“心の声”
──佐々木さんは、なぜ高根澤さんに監督をお願いしたのでしょうか?
佐々木 企画段階で、映像の前半では「大切なのは『やさしさ』である」という今の社会のなかで当たり前となっているような固定観念を打ち出し、後半でそれを転換するという展開は決まっていたんです。高根澤さんはそういった映像作品の演出経験もありますし、なにより企画の本質的な部分を大切にしてくれる監督だという信頼感があったので、きっと誠実な作品を撮ってくれるはずだと思ってお願いしました。ちなみに、映像のなかで障害当事者のキャストのセリフとして「私たちってそんなにかわいそうなのかな」といった言葉が出てきたり、「休憩時間のコーヒーくらい、本当なら人の手を借りずに自由に選びたい」といった障害にまつわる本音のエピソードが登場するのですが、こういったセリフやエピソードは障害当事者の方へのヒアリングを受けて高根澤さんが取り入れてくれたものなんです。
高根澤 制作を進めるうちに、いわゆる健常者にあたる僕らが勝手に考えた物語ではなく、障害当事者がこれまでに経験した本物のエピソードを入れるべきではと思えてきたんですよね。それでSmartHRのみなさんの協力のもとにヒアリングを実施してもらって。
中澤 映像に出演されているキャストさんのほかにも、当社で働く障害当事者のメンバーや繋がりのある社外の障害当事者の方々に、「これまで働いてきたなかでモヤモヤするような『やさしさ』を感じたことはありますか?」という聞き取り調査を行いました。その結果からエピソードを分類し、多くの方が「あるある」と感じるようなものをシーンにしています。
──ヒアリングの結果で特に印象的だったエピソードはありますか?
佐々木 ある車椅子ユーザーの話が印象に残っています。その方は喫煙者なのですが、仕事の休憩時間にたばこを吸いたいと思っても、「喫煙所までついてきてくれない?」となかなか言い出せないという話をされていて。そういうとき、健常者ならひとりでさらっと行って帰ってこられるけれど、車椅子だとそういうわけにもいかないんですよね。アクセシビリティの低い場所では、どうしても人の手を借りないといけない。それは確かに気が引けて嫌だろうなと。
桝田 映像に出演されている辻さんも僕も喫煙者で、一緒にたばこを吸いに行くからわかります。あと、たばこ=悪いものというイメージがあるので、障害者がタバコを吸うというだけで驚かれることもあるみたいですね。いち個人である以前に「障害者」というカテゴリー分けを一方的にされて、聖人君子のような存在に思われる、というステレオタイプな先入観も抱かれがちなのだろうなと。
中澤 家族でキャンプに行くのが好きな車椅子ユーザーの方からも話を聞いたのですが、アクティブに活動している話を友人にするととても驚かれるそうです。だから、本当はもっと頻繁に行っているのに「年に1回くらいだよ」と少なめに伝えることもあるらしくて……。あと、会社で働いていること自体を驚かれたり、「大丈夫なの?」と心配されたりすることもあるのだとか。映像のなかでも「ちょっとした確認だから次の会議は出なくてOKですよ」と気を遣われてしまう聴覚障害者の方が出てきますが、一方的に“守るべき存在”として見られ、他の人と変わらないひとりの大人とみなしてもらえないことが多いというエピソードは、私が伺ったなかでも非常に印象的でした。
高根澤 だからこそ、「本当はこうしたかったのに」という障害当事者の心の声も入れたほうがいいと思ったんですよね。当初の企画では、前半のシーンで「やさしさ」を押し出し、後半のシーンで「仕組み」にフォーカスするということだけが決まっていて、心の声が入る余地がなかったんです。けれど、ヒアリングで集めたエピソードを制作チーム全員で読んでいるうちに、障害当事者が本音を打ち明けるようなシーンもあったほうがいいよね、という話になって。急遽、映像の途中に出てくる座談会シーンを追加で撮ることになりました。しかも、健常者の従業員役となったキャストさんに、障害当事者のキャストが本音をこぼすということを知らせなかったんです。本物のリアクションを撮りたいと思ったので。「ここまで撮った映像の試写会も兼ねて感想でも言い合いましょう」とだけお伝えして、途中から辻さんたちに本音を話してもらうという、ドッキリのネタばらし的な手法をとりました。
桝田 「コーヒーメーカーに点字がついていたら自分でコーヒーを選べたのに」といった本音を辻さんたちが漏らしはじめたとき、健常者のキャストさんたちは固まっていましたよね。すごく驚いていて、「やばい、やっちゃった……」という感じで。
高根澤 それがまさに、前半の映像を観た視聴者の反応と重なるだろうなと思ったんです。出演者が感じたショックと視聴者の反応をリンクさせて、「仕組みで解決する」という後半のメッセージをより際立たせたいという狙いがありました。
まずは自分自身の偏見や差別意識に気づくところから
──今回のCMやアクセシビリティに関するプロジェクトを通じて、みなさんが新たに学んだことや気づいたことはありますか。
高根澤 以前よりアクセシビリティに対して敏感になった気がします。最近も外を歩いていたら高齢の方が杖をついているのが視界に入ってきて、「あっ」と思ったんですけれど、視聴者にとっても今回の映像が無関心を取り払うためのきっかけになってくれたらいいなと思います。
佐々木 今回の映像の前半で描いたようなやさしい接し方こそが正しい、と教えられて育ってきたけれど、それだけでは足りないんだと、固定観念を覆されたことが自分にとっては大きかったですね。まさに今回の映像で描いたような、仕組みへの視点を持てたことが学びでした。
中澤 私は今回のプロジェクトがはじまってから、障害やアクセシビリティに関する本を読んだり、いろんな方に話を伺ったりして自分なりに少しずつ勉強してきたつもりだったんですね。それでも、夏に公開したアクセシビリティサイト用に文章を書いた際、チームメンバーから「この書き方や、この言葉の選び方に違和感があります」といったフィードバックをたくさん受けたんです。自分が持っている偏見や固定観念を突きつけられたような気がして最初はショックだったのですが、今では気づくことができてよかったなと感じています。
桝田 こういった取り組みに関わっていると、自分のなかの偏見に気づく機会が本当に多いですよね。僕も辻さんたちをはじめとするチームメンバーと日々働いていると、自分がいかに差別的でバイアスにまみれた人間かを自覚することばかりです。
佐々木 そうですよね。障害者への偏見に限らず、性別や年齢、学歴といったことに関してもそれは同じだと思います。自分が持っている偏見をまずは自覚できるかどうかですよね。今回の映像を見たときに、「障害のある人にやさしくすることは間違っているの? 難しい」と感じてアクセシビリティについて考えることを敬遠したくなってしまう人もいるかもしれないですが、どうかそこで一歩引かないでほしいと思います。障害やアクセシビリティをめぐる考え方には唯一解があるわけではなく、それぞれの頭を使って考えながら時代を進めていくことが、何より大事だと思うので。
──SmartHRのアクセシビリティに関する取り組みは、これからも続いていきます。最後に、今後の方針を教えてください。
桝田 これまで合理的配慮は行政のみに義務づけられていたのですが、来年の4月に「障害者差別解消法」という法律が改正され、民間企業にも義務づけられます。そうなると、これまでは個々のやさしさで解決しようとしていた問題にコスト意識が生まれてくると思うんです。僕たちとしては、それを解決するものこそが仕組みだと考えています。アクセシビリティに配慮することは、障害当事者にとっても企業にとっても大きなメリットがあると正しく伝わらないと、SmartHRが開発しているようなアクセシビリティの高いソフトウェアを導入しようとはならないと思うので、今後もメッセージの発信を続けていきたいですね。
中澤 今回の映像で取り上げたケースは、障害の特性のほんの一部でしかありません。そもそももっと視野を広げると、身体障害以外の障害や、その他にも、年齢・言語・性別など、社会のなかに「壁」は無限に存在しますよね。そうした問題に対して、1社だけでできることにはどうしても限界があるので、まずは少しずつ、一緒に考える仲間を世の中に増やしていければいいなと考えています。よりたくさんの人たちで仕組みを変えていくことができれば、社会が少しずつ変わっていくと思うので。
取材・文:生湯葉シホ
撮影:関口佳代
ドキュメンタリー映像や手話版、音声解説版も同時公開中!
今回の制作秘話インタビューだけでなく、映像制作の裏側に迫るドキュメンタリー映像や本編の手話版、音声解説版も同時公開中。
ドキュメンタリー映像では、本作のテーマに対するキャストのリアルな声、制作陣の想いや葛藤などを記録しています。本編と併せてご覧ください。
対談メンバープロフィール
中澤茉里(なかざわ・まり)
SmartHR マーケティンググループ ブランドマーケティングユニット
ウエディングや飲食業界での仕事を経て2020年SmartHRに入社。入社以来一貫してブランドマーケティング領域に携わり、SmartHRの価値観を社会に伝えるためのイベントやコンテンツの企画を担当。主な実績に、オンラインイベント「WORK and FES」、働き方に関するアワード「WORK DESIGN AWARD」ブランドムービー「“働く“の100年史」、Podcast番組「WEDNESDAY HOLIDAY」など。
桝田草一(ますだ・そういち)
SmartHR プログレッシブデザイングループ マネージャー
株式会社SmartHR所属。アクセシビリティの専門家。プロダクトデザイナーとしてSmartHRに入社、その後プログレッシブデザイングループを立ち上げ、全社のアクセシビリティを推進している。著書に「オンスクリーンタイポグラフィ」「Webアプリケーションアクセシビリティ」(いずれも共著)。
高根澤史生(たかねざわ・ふみお)
映像監督
CM制作会社退社後、2002年からフリーランスとして映像演出をはじめ、現在、TV-CM、WebCMなど、広告映像全般の演出、企画を手掛ける。深い洞察力からくる、リアルな人間描写を得意とする。
・第53回 ギャラクシー賞 CM部門 優秀賞 受賞
・第69回 広告電通賞 デジタルメディア広告電通賞 / 企業・公共部門最優秀賞
・第54回 JAA広告賞 消費者が選んだ広告コンクール 経済産業大臣賞
・第56回 ACC CM FESTIVAL インタラクティブ部門 グランプリ / フィルム部門 ゴールド
佐々木渉(ささき・わたる)
EPOCH Inc. Creative Director, Planner
クリエイティブエージェンシー EPOCH に立ち上げから所属を開始。テクノロジーと映像の組み合わせを強みに、PR視点を持ったインタラクティブコンテンツ、映像、リアルイベント、OOHなど、統合的にプランニング、ディレクションを行うことを得意とする。主な実績に、SmartHR「“働く“の100年史」、Microsoft Surface「まだタイトルのない君へ。」、安室奈美恵のGoogle Chromeを使った世界初のミュージックビデオ「Anything」など。