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政治や社会は何の要素で変化するのか。ワイマール共和国から学ぶべきこと【私が注目する人間の避けがたい衝動について】

ここのところ、政治がらみの記事を多く書いているなと感じています。東京都知事選挙が契機でしたが、あまり意識していませんでしたが、個人的に強い関心があるのが、「政治や社会は何が起こると変わるのか」という点を最近、自覚しました。

政治については、与党の劣化は底なし沼ですが、負けず劣らず野党も酷いというのが私の理解で、政党政治は出口なしともいうべき状況は、何をきっかけに変化が起こるのかは一つの注目点です。

そんな視点をもつと、この番組はとても示唆的な番組でもありました。

ワイマール共和国は、歴史の授業で得た断片的な情報しか持っていませんでしたが、それをつなぎ合わせるように状況を理解できたように思います(断片でもよいから知識を持つことは重要で、教育の果たす役割の大切さを実感します)。

先進的なワイマール憲法をもつ当時の理想的国家が一瞬にしてファシズム国家に転落するプロセスは、多くの人に共有されるべき歴史的教訓だなと感じます。

そして同時に、国家にとって大衆の動向はその命運を握るものであり、大衆の熱狂は時に恐ろしいものであるともいえるとも思っています。

当時のドイツ人の誰が、わずか数年後のナチスの未来を予測できたでしょうか。

この番組を観て理解しておきたいと思ったのは、「破壊」は想像以上に容易で、一瞬にして可能なものであることです。

緊急事態条項の濫用やナチスの焚書も破壊ですし、ヨーロッパへの侵略も広義の破壊工作。ユダヤ人虐殺は言うまでもありません。

番組は、アメリカ亡命に追い込まれた作家トーマス・マンの言葉
「今日起こっていることは、15年の不満と絶望が行き着いたものだ」を紹介しています。

この国の失われた30年は、その不満と絶望が積み重なる時間としては十分でしょう。
人々は政治に経済に不満と絶望を蓄積させています。そこに、破壊という危険な誘惑がいろんなところに待ち構えていると感じています。

破壊は時にカタルシスを伴うので、大衆は熱狂しやすい。他都市に住む私には、大阪で起こっているのは、破壊でしかないのではと思っていますが、大阪の熱量を見る限り、そのような考えが主となるような雰囲気はないようです。

破壊が正当化されるきっかけはほんの些細な事。この番組が、サブタイトルに「バタフライエフェクト」をつけていることは、スタッフの方たちの実感でしょう。

人間には、避けがたい破壊衝動があることは、歴史をみても明らかでもある。そんな危険な因子を深く自覚し、破壊を標榜する人物や組織に最大限の警戒を持つべきだと思っています。

創造的破壊という言葉もありますから、破壊のすべてが悪いわけではない。しかし、創造は破壊の比ではないくらい、大変なことも事実ではないかなと思います。

時勢の流れを得た人たちの言葉はしっかりと注目し、かつ精査すべきではないかなと思っています。
それは、個人的には、悪い方へ社会が転換する危険のあるフェーズに入っていると感じるからです。

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