見出し画像

【短編小説】 彼女の正体

ある女の疑惑

仕事を終えた後に真っ直ぐここに来るのもすっかり習慣になってしまった。
彼とのお付き合いも、もうすぐ3年になる。いつものように智也のマンションに立ち寄って、郵便物をチェックする。
智也はいつも残業するから、帰ってくるまではまだ数時間もある。この時間がたまらなく寂しいのだけど、毎日頑張ってるおかげで最近は営業成績も良くて上司から褒められてるみたい。

ただ、最近智也の様子がおかしい。
もしかして浮気してるかも。
外でご飯済ませてきたり、夜誰かに電話してる事が多くなってきた。しかも何だか嬉しそうにニヤけている。
問い詰めたいけど、私にそんな勇気はない。嫌われたくないし、重たい女なんて思われたくない。

だけどこのままじゃいけないと思い始めたある日。
私は衝撃の光景を目の当たりにする。

「あれ?智也?」
その日は日曜日で、いつもなら智也は遅くまで寝ているはず。智也のためにご飯を作ってあげようと買い出しに来ていた私だったが、お店に向かうその視線の先に智也を見つけた。

隣にいた人影に驚いてうっかり身を隠してしまったのだが、あれは明らかに女性。
しかもたまたま出会った…とか、知り合い…というよりも、2人の距離感や向け合う視線は恋人同士そのものだ。

「智也ったら…やっぱり浮気してたんだ!」
裏切られた悲しさと、悔しさと、憎悪が溢れ出てくる。
こうなったら…

私は浮気の証拠を掴むために2人の後をつけることにした。


智也の休日

俺は智也。
若干ブラック気味な会社に入ってしまって毎日残業ばかりだ。ここ最近は家と職場の往復ばかりになってしまっている。
楽しくもない仕事だが、最近営業がうまく行って契約も取れるようになってきたおかげで少しはやりがいを感じている。

プライベートでもあまりパッとしない毎日だったのだが、佳奈彼女と過ごす時間だけは仕事の疲れも忘れてしまうほど俺にとっては癒しのひとときだ。
仕事のせいで急にデートをドタキャンしても文句も言わない。
そう言うとそっけなさ過ぎて寂しい気もするのだが、「会いたいけど我慢してた」って差し入れ持ってきてくれたり、「もう少し電話していたい」なんて甘えてくれたりもする。
だから無理してでも佳奈のために時間を作ってあげたい。

今日は1日休みが取れたから、久しぶりに佳奈とゆっくり過ごせるんだ。いつもは疲れて昼まで寝てしまうことが多い。しかも昨夜は今日のために遅くまで仕事を片付けていたから、早起きするなんて正直体は重いけどそれ以上に気分がいい。
さてどこへ連れて行ってあげようかな。

智也は完全に浮かれていた。早く佳奈に会いたいと早る気持ちを抑えながらも、予定よりも随分と早い時間に待ち合わせ場所へと向かっていた。


佳奈の心配

佳奈は朝から鏡と睨めっこしていた。
どうも前髪がうまく決まらない。あと少しで約束の時間になる。焦れば焦るほどますますうまくいかなくて悲しくなってきた。
きっと智也は、「かわいいね」って言ってくれるけど、私がこれじゃ嫌なのだ。
いつでも精一杯に可愛い私でいたい。今日は特に智也がせっかく1日私のために時間を作ってくれたんだ。

なんとかワックスやスプレーを駆使してセットを終わらせて、にっこり笑顔を作ると、急いでバックを掴んで家を飛び出す。
今なら走らずに待ち合わせに間に合うはずと今日のために買ったサンダルを履く。

待ち合わせ場所に急ぎながらも、ふと智也の最近の様子を思い返す。
なんだかいつもと様子がおかしいんだよなぁ。
ふとした時に、何か思い詰めたような、何か悩みがあるような…少し曇った表情を見せる時がある。

私には話してくれない感じだし、一緒にいるといつも通りだから単に疲れが出ているだけなのかもしれない…
私の勘違いならいいのだけど。

遠くに笑顔で手を振る智也の姿が見えた。
そうだ、今日は久しぶりの1日デートだった。智也が疲れているならどこかゆっくりできるところで楽しむのもいいかも。
映画…だとお話しできないから、景色のいいところで甘いもの食べるのもアリかな。
佳奈は手を振り返しながら、智也に駆け寄った。


疑惑が確信に変わる時

智也と並んで歩く女性を睨みつけながら、後ろから見つめていた翔子。
智也がその女性を「佳奈」と呼んでいるのが聞こえ、振り返る佳奈の横顔をみて、翔子は目を見開いた。

翔子は、佳奈に会ったことがある。
佳奈は智也の会社の近くにある銀行で働いていた。一度その銀行を訪れたときに窓口で対応してくれたのは紛れもなく佳奈だった。

そういえば…
智也の家のポストにも一度だけ、差出人の名前が「佳奈」と書かれていた手紙が入っていたことがある。
ただその封筒が銀行のものだったので、何かの書類だと思い込んでいた。
まさか佳奈が浮気相手だったとは完全に盲点だった。

「どうして…?」

いや…違う。
智也は騙されてるんだわ。あの佳奈って子に。
今だってほら、すこし困っている顔に見えるわ。昨日だって残業して疲れてるはずなのに、こんな朝早くから連れ回していったいどういうつもりなのかしら。

そう思うや否や、翔子は二人に近づくなり佳奈の腕を掴んだ。


真実

突然腕を掴まれて、驚いて振り返る佳奈。

「いったいあなたどういうつもり!?」
すごい形相で怒鳴りつけた翔子の勢いに、驚く佳奈の表情は引き攣っていた。

何が起こったのか理解できずに、
「なんのことでしょうか?…あなたは?」
と佳奈は震える声で恐る恐る尋ねた。

「とぼけるんじゃないわよ!」

腕を掴む翔子の手に力が入り、思わず痛みで佳奈の顔が歪む。
すれ違う人たちも、何事かとチラチラ振り返りながら通り過ぎていく。

智也は翔子の腕を掴んで、佳奈の腕から引き離すと
鋭い目つきで翔子を見つめた。

「何してるんですか?」

智也の声を聞いて翔子の目つきが一気にトロンと垂れ目になり、
甘えた声に変わる。
「ごめんなさい…でも、どうしても許せなくて…
 だって…こんなことって…。酷いわ。
 だけどあなたのせいじゃないってわかってるから!
 この女のせいなのよ!!」

佳奈はなんのことか分からずに、掴まれていた腕をさすりながら二人を見比べていた。
智也は佳奈をかばうように翔子の前に立つと、できる限り冷静を装いながら慎重に話しかける。

「失礼ですが……人違いではないですか?」



よろしければサポートお願いします! いただいたサポートは今後の活動費や、他のクリエイターの皆様のサポートに使わせていただきます!