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ギニアビサウに行ったら、クーデターが起きた。でも別のことでもっと驚いた。

西アフリカにギニアビサウという国があります。

セネガルの南隣の国で、「ビサウ」とは、この国の首都の名前です。

で、ここでもナント!ポルトガル語が話されています。

ちなみにテレビなどでお馴染みだったオスマン・サンコンさんの
生まれ故郷のギニア共和国は、
このギニアビサウの東側と南側のお隣さんで、
こちらはフランス語圏となっています。

ギニア共和国ギニアビサウ共和国
なんとも紛らわしい…!

そういえば、アフリカには他にも
コンゴ共和国コンゴ民主共和国
などという、
これまた紛らわしい2か国もあったりしますが…。

ちなみに、実際紛らわしいので、
アフリカ葡語圏では
サンコンさんのギニア共和国にも
首都名を付け足して、
Guiné Conacri (ギネ・コナクー)」
というのが標準化しています。

このギニアビサウ共和国という国、
1974年にポルトガルから独立して以降、
今までに、未遂1回を含めて
9回もクーデターが起きているという、
なんともびっくりな近代史を抱えた国です。

私が初めてこの国の存在を意識したのは
1998年のこと、
この時はカーボベルデにいたのですが、
ギニアビサウでクーデターが起きて、
ポルトガルの軍艦がポルトガル人を救出しては
取り敢えずカーボベルデに連れてくる
ということを繰り返したため、
私の泊まっていたホテルもてんやわんやで
大変だった時のことでした。

それについては、こちら ↓ でもちょっとだけ書いております。

そんなギニアビサウを
実際訪れたのは2012年のことでした。

3カ月のステイの予定だったのですが、
着いてわずか2週間で、
見事またクーデターが起きまして…、

急遽兼轄の日本国大使館がある
セネガルへ避難、

更に2週間程様子見をした後、
結局は早期帰国となったのです。

が…、

クーデターが起きて驚かなかったと言えば嘘になりますが、
なんたって、この国でクーデターといえば、
火事が江戸の華なのと同じようなものですから、

「なんとまあ、この国のクーデターに縁があるんだろう!」

といった驚きの方が大きくて(苦笑)、

本当に唖然とするほど驚いたのは、全然別のことだったんです。

その驚いたというのが、急遽退避した際に見てしまった

空港のトイレ

でした。

というのも、「あそこだ」と言われてドアを開けると、

それはそれは、だだっ広い空間に、
仕切りも何もなく、
便器だけが5~6基(もっとだったかな?)
並んでいたんです。>爆!


流石にあんなに驚いたことはありませんでした。

というか、宝島社の「VOW」か何かでロシアのトイレとして
そういうものがあるのを見たことはあったし、

アフリカのポルトガル語圏といえば、
冷戦時代、ずっと東側諸国の支援を受けて
代理戦争をしていたわけですから、

冷静に考えれば、こんなことだって
あり得るといえば、あり得るんでしょうけれど、

実際目の前にその光景があって、
しかも
それを利用せざるを得なくて…、

となると、

やっぱり「びっくり」のスケールが違うものです。>笑

しかも、
構造上、当たり前だといえば当たり前なのですが、
鍵もなく、

どうしたものかと悩んだ挙句、

流すための水の入ったプラスティックの桶が置いてあったので、
それをドアの前まで押していき、
取り敢えず素早く開いてしまうことがないようにして
慌てて用を足して、とっとこ
逃げるように出ていきました。>笑

ああ、驚いた!


20年以上通ったアフリカ各国での経験の中でも
1位、2位を争う
「ビックリ」な経験でした!


今日もお読み頂き、誠にありがとうございました!

障子をつき破るネコ

あらま、びっくり!

※ 「障子をつき破るネコ」は、こたつぶとんさんの作品です。


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