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凛として潤い。

60歳を超えているだろうか、
いや年齢は関係ない。

彼女は細身で白髪混じりのショートカット、マフラーを首輪のように巻いている。
読書に没頭しており、ページへの眼光は鋭く、文意の思案ごと口元の表情が小刻みに動く。

今週火曜の帰路の電車で、僕の斜め前に座っていたご婦人のことだ。

僕は凝視していたわけではない。
それをすれば失礼だ。でも気になった。
彼女の何かが、僕の気を引っ張る。

背筋を伸ばし
読書に夢中になる彼女の姿は凛。
どこか頼もしい、
というより逞しい。

更には、彼女を覆うゾーンに
潤いや彩りがある。
単行本の大きさの本には
水色の布のブックカバー。
そこから気品が放たれている。

そして濃いグレーの布製の手さげから、おもむろに小型のステンレスボトルを取り出しゆっくり、ごくりと飲む。そしてまた本の中へ戻る。

何故このご婦人の佇まいに触発されたのか。

僕は36年の通勤生活の中で、電車での読書を怠ったことは殆どなかった。でもこの2ヶ月、イヤフォンでクラッシック音楽を聴くことしかしていない。

かの地の紛争に関わらず、厳寒の時期にはチャイコフスキーとラフマニノフの交響曲やピアノ協奏曲が恋しくなって仕方ない。毎冬、車中ではその雄壮で華美な音楽を聴きながら読書していたが、今年は、活字を追う気になれずにいた。疲れていたのか、単なる怠けか。

文筆に携わり文章修行をしている身として、このままではいかん、いかん、と内観しながらも、甘美なチャイコフスキーに逃げていたのだ。

たまさか乗り合わせたご婦人。
もう二度とお目にかかる事はないと思う。
というより、これからの僕は車中では読書に没頭し、周囲の特定の方を正視することはないだろう。

冴えざえとして季節に、
凛として彩り。

お名前も知らない方のことを活字にすることすら失礼かもしれないが、心からの御礼を申し上げたい。

「ありがとうございました。
明日に凛と向かう活力が、
身体を芯に響き、
きりりと蘇りました。」


今日もお読みくださり、
ありがとうございました!

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