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はじめに(スポーツバイメカ編)

 はじめまして。私はこの(2023年)3月まで某大学の大学院でスポーツバイオメカニクスの勉強をしていました。ただ、最終的に博士号をいただくことはできずに、在学期間の満了により退学することになりました。ですので、専門家ではなくただの素人です。
 
私がこれまで取り組んできた内容を聞けば、少しスポーツ科学の世界に通じた方でしたら、内容の観点から見ても、出来栄えの観点から見ても、「そんなんじゃそりゃ学位なんか取れないでしょうね」と納得してしまうようなものだったと思います。このように研究者としてのキャリアという点では見事に挫折したわけですが、それでも、私がこれまで考えてきたことが面白く、そして重要なものであることということは今でも強く信じています。
 
そこで、これからこの場をお借りして、スポーツバイオメカニクスについて自分が学んできたこと、考えていることを中心にすえて、スポーツバイオメカニクスという学問がどう面白いのか(そして時にはどう難しいのか)ということについて発信していきたいと思います。
 
 これから書きたいこと、勉強したいことはたくさんあるのですが、そうしたものの多くは、これまで私が大学で勉強してきたことの中に既に含まれています。そこでまずは、これまで私がどのようなことを考えてきたのかということについて、40回ほどかけて連載してみたいと思います。
 
私がこの連載で読者の皆様にお伝えしたいことは、スポーツバイオメカニクス研究の方法論的基礎(研究をどのように行えば良いかについての基本的な考え)には、再考すべき、そして知的に非常に面白いトピック(論点)がたくさん存在しているということです。
 
 
 
 この連載およびその後に書きたいと思っている諸々の内容について、どういう人たちに読んでもらいたいかということについて触れておきます。読者としては、主に以下の三類型の方々を想定します。
 
①学問としてのスポーツバイオメカニクスに関心を持たれている方々(現在進行形で研究に従事されている方や、これから学びたいと思っている方など)
②スポーツ選手や指導関係者で、バイオメカニクス的な動作(技術)分析に関心を持たれている方々
③自然科学よりのアプローチと人文科学よりのアプローチが並存し得るような問題に関心を持たれている方々
 
①学問としてのスポーツバイオメカニクスに関心を持たれている方々へ向けて
(既に勉強されている方はご存じの方も多いかと思いますが)バイオメカニクス的な動作解析研究において身体の動きを記述するための方法論、そこから筋が発揮している力あるいはトルクを推定するための方法論については、既にある程度の整備がなされています。バイオメカニクス的動作解析の教科書とされるような体系書においても、上の点についての解説にたいていは多くの紙幅が割かれています。
 
他方で、そうして算出された諸々の力学量についてのデータを元にさらに優れたスポーツ動作・技術とはいかなるものかという点について考察を発展させる方法論については、相対的に整備が遅れており、個々の研究者による個人的洞察力に頼っているというのが現状ではないかと思います。次回からの連載では、両者の間に存在するギャップの正体とは何なのかという点について、一つの仮説のようなものを提示してみたいと思います。そしてさらに、そのような問題認識を前提としながら、今後スポーツバイオメカニクスという研究分野が、どのような問題に取り組んでいくことが望まれるかという点についても私なりの見解を述べてみたいと思います。
 
また、より一般的な話としては、スポーツバイメカニクスの方法論について考える上で有用となる、スポーツバイオメカニクス分野以外の領域における情報をある程度整理して提供するということが、皆さまに対して私が果たすことが可能な貢献ではないかと考えております。
 
現状のスポーツバイオメカニクスの方法論のみだと行き詰まりを感じられている方は実は結構多くいらっしゃるのではないかと思います。にもかかわらず、新しい解決策を講じることにチャレンジするということにはなかなか至っていないものと推察します。それは、バイオメカニクス分野の外側に広がる広大な領域のどこに私たちが一歩先に進むためのヒントが転がっているのかについて、見当をつけるのが非常に難しいという事情があるからではないかと私は考えています。
 
この辺りの問題について、情報の収集と論点の整理という作業を通じて後方支援できたらなと考えております。
 
②スポーツ選手や指導関係者でスポーツバイオメカニクスに関心を持たれている方々へ向けて
主に二つの点から興味を持っていただけるのではないかと考えています。一つは、バイオメカニクス的分析が提供する知見と、選手や指導者が有している経験則的な信念との間で良いバランスを取る上でのヒントとなる考え方を提供できるのではないかと思います。
 
スポーツバイオメカニクスに対する期待の一つとして、スポーツ実践の場にはびこっている迷信的な誤りを正すということがあるのではないかと思います。そして、勉強熱心な選手や指導者の方の中には、科学的知見に基づいて練習内容や指導内容を立案するということがパフォーマンスアップに向けた効率的な取り組み方だという信念を持たれている方も多いと思います。私自身もスポーツ指導者の端くれとして、大筋としては同様の信念を持っています。
 
しかしここで、科学的知見と自分自身が抱いている経験則的信念が食い違った場合にどうしたら良いかということが問題になります。
 
スポーツバイオメカニクスが提供する知見が常に正しいものならば、自分自身が抱いている信念を修正すれば良いということになるでしょう。しかし、もしそうした知見に誤りが含まれることがあるとしたら、場合によっては、科学的知見に基づく主張に流されずに、自分自身の考えを貫いた方が良いというケースがあり得るということになります。
 
私が危惧するのは、科学的知見の方が誤っており自身が抱いている信念の方が正しいというケースに出会ったときに、科学的知見の方が誤っている可能性を適切に考慮することはそれほど簡単ではないということです。特に勉強熱心な人ほど、「自分がこうだと思っていたことは、実は思い込みだったのかもしれない」と考えてしまうのではないでしょうか。
 
次回以降連載する内容の中には、スポーツバイオメカニクスが提供する科学的知見とされるものの中に、実践的には誤った考えが含まれる際のいくつかのパターンについての考察が含まれています。もちろん、これらについて知ったからといって、個別具体的なケースにおいて、ある知見を信頼すべきかどうかについて自動的に判断が下せるようになるわけではありません。しかし、こうした局面において、各人が注意深く判断を下すうえでの助けにはなるだろうと思います。

 もう一つ興味をもって頂けそうな点として、次回以降の連載の中には、スポーツ技術を分析する際の基本的思考枠組みとして役立つものが含まれていると考えています(ただし実状を率直に申し上げますと、この点についてはまだまだ試作段階な部分も多々あります)。
 
選手の方も指導者の方も、ある技術を習得したり、あるいはある練習をしたりする意図や目的は何なのかということを考えることがあるかと思います。この点と関連して、私がこれまで重点的に考えてきたことは、バイオメカニクス的動作解析研究において、ある技術が良いものである理由を説明したり、あるいは、ある技術を良いものであると正しく評価したりする(逆にいうと、良くない場合には良くないと判断する)ためには、どのような思考枠組みを持っている必要があるのかということです。
 
実は、このことについて考えるのはとても大変なことでした。何故かと言うと、これまで先人たちによって整備されてきたバイオメカニクス的動作解析の方法論、あるいはより一般的には科学的に厳密な実験研究には、実はこうした問いに答えるのがそれほど得意ではないという側面があるからです。そのため、自分で一からいろいろなことを考え直してみるということが必要でした。
 
私たちは日常的なスポーツ指導の場では、ある技術を使用することの目的や意味について、常に正しいとまではいえないまでも、まったく見当外れとも言えない程度には良い信念を持つことが出来ている(場合もある)のではないかと私は考えています。もし仮にそうだとしたら、スポーツ指導の場において暗黙裡になされている技術的分析とはどのようなものだろうかということを考えてみることによって、ある技術を使用したり習得を目指したりすることの意味について学問的に分析するためにはどうしたら良いかという疑問に対するヒントが得られるかもしれないと私は考えました。
 
このような発想から、自分自身がスポーツ指導をする際に考えている事柄をより明確に言語化するということを一つの重要な手段として、上記の問題に取り組む上で必要となる思考枠組みの整備を試みてきました。
 
そして、このような取り組み方をしてきた結果として、私自身がスポーツ指導者として考えを整理したり、練習の方針を立てたりする能力が高まったと感じています。
 
一つ目の点と同様、二つ目の点についても、個別具体的なケースにおける「正解」を直ちに提供できるようなものではありませんが、スポーツ実践の現場において、各人が自分の頭で問題を整理する際の補助として、あるいはそうした思考力自体を向上させるための頭の体操的な教材として有益なものを提供できるのではないかと考えています。
 
③自然科学的/人文科学的双方のアプローチが並存する問題に関心をお持ちの方々へ向けて
 真面目に勉強をしてみたいと思い立った時に私が最初に関心を持った学問分野は社会科学でした。特に社会科学が興味深いと感じたのは、それが一部の自然科学において可能であるような現象の正確な予測能力を得ることが原理的に難しいようだということでした。それ以来、常に私にとって最も大きな知的関心事だったことは、科学的アプローチによって文句のつけようのない正確な予測を得たり、対象を思うままに操作したりすることが難しい問題に対して、どのように取り組むのが良いのだろうかというものです。
 
私はスポーツバイオメカニクスを非常に面白い問題領域だと思っています。その理由の一つは、私の見たところでは、スポーツバイオメカニクスが実はそうした問題の一例だからです。
 
特に興味深い点は、スポーツバイオメカニクスは、ニュートン力学という、正確で信頼できる科学的知識の権化とも言えそうな理論を、その基盤として活用しているにもかかわらず、実は正確な予測や操作を可能にするような知識を獲得することがかなり困難だという側面があるということです。
 
そして、よくよく考えてみると、実は、(非数学的だったり非実験的だったりといった)非自然科学的な思考を行うことが、その発展のために非常に重要な役割を担う必要があるというのが私の見解です。
 
このような問題認識を前提として、スポーツバイオメカニクスにおける方法論上の諸問題とはどのようなものであるか、その問題をどのように前進させたらよいのかということについてこれまで考えてきました。
 
 スポーツバイオメカニクスという学問分野の特徴を要約するならば、物理的なものと意味的なものが複雑に絡み合っており、したがって、高度な計算や計測技術を用いるといった先端自然科学的アプローチと、人間的な意味や目的について解釈するといった、人文科学的あるいは哲学的とでも言った方が良いようなアプローチとを上手く協調させる(あるいは両者の関係性についての適切な認識を形成する)必要がある問題領域であると言えるでしょう。
 
こうした特徴を共有している学問領域は実は意外に多いのではないかと思います。それだけでなく、機械学習技術など、我々の日常生活の中に高度な数理的技法が深く浸透していっているこの時代においては、学問と直接は関係していない方々にとっても、この問題は現実的関心を持たずにはいられなくなっているのではないでしょうか。スポーツバイオメカニクスにおける方法論上の諸問題を考察するということは、こうした問題意識を抱えた多くの人に関心をもって頂けるテーマなのではないかと考えています。
 
 


いろいろと背伸びしたことを言ってみましたが、一つの読み物として面白いものを書いていきたいなと思っているので、読者の皆様も、肩肘張らずにお楽しみいただけますと幸いです。

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